第78話「環の遷移」第二部
ヒュオオオオオ……
数日が経過しても、霧は晴れる兆しを見せなかった。それは濃密に居座り、世界を青白く、幽霊のような色合いに染め上げている。それは古の大樹の巨大な樹皮にこびりついた菌糸の残骸が映し出す、不気味な光景だった。
目がくらむような高度の希薄な空気。それに加えて、息が詰まるほどの濃霧が肺を苛む。
ゼェ……ゼェ……ヒュー……
若者たちの呼吸は、痛々しい喘鳴と、苦悶の唸り声へと変わっていた。彼らは顔に布を巻きつけ、肺を焼く空気を少しでも浄化しようという頼りない試みを続けながら進んでいた。頭上に広がる巨大な天蓋の中、曲がりくねった道を――いや、それは空中に架かる道路そのものである巨大な「枝」の上を歩いていた。
そして、天へと無限に伸びる巨木の幹に近い、枝の分岐点に差し掛かった時。破壊の規模が、その全貌を現した。
「感じるわ……ここ、マナが濃い」
ダイアンヤが呟く。布越しのため、その声はくぐもっていた。(あたしの肌がピリピリする……)
「『アレ』と戦った場所から、そう遠くないな」
テセウキはミッカに歩み寄りながら、かつて激闘が繰り広げられた方向を睨みつけた。
「全くだ」
レグルスが同意する。彼は枝の隆起した部分に登り、その鋭い瞳で主幹を見回した。そこに刻まれた戦闘の傷跡は深かった。塔ほどの太さがある枝がへし折られ、木材には残忍な穴が穿たれている。それはあの大狩人が、巨猿へと変貌し、爪を突き立てて登った爪痕だった。
「お前ら、ここで随分と派手にやったもんだな」
「あの穴!あそこからデカいのが登ってきたのか?すっげぇ!」
ミッコが叫んだ。背景にある幹の傷跡を見上げ、その瞳をキラキラと輝かせている。
「あの上の方も見ろよ」
レグルスが指差す。「葉の間に不自然な空間がある。まるで樹冠の一部がごっそり抜け落ちたみたいにな」
「ねえねえ!あそこってさ、あの巨大なキノコの頭があった場所だろ?」ミッコは体の前で拳を握りしめ、ワクワクと体を震わせた。
「ちょっと見に行ってみない?」
ダイアンヤがミッコの隣に並び、その好奇心に伝染したように提案する。
「どう思う?」
彼女は「ドラゴの子」と「職人」を振り返った。言葉による返答はなかった。二人は同時に視線を逸らした。その顔は純粋な肉体的苦痛で歪んでいる。目は疲労で濁り、その姿勢は「これ以上の運動は無理だ」と全身で叫んでいた。
「……やめといた方がよさそうね」
仲間たちのあまりに悲惨な状態を目の当たりにし、魔導師は敗北を認め、シュンと肩を落とした。
◇
彼らは大樹の幹を目指し、行軍を再開した。眼下の沼地へ降りるための道、あるいは裂け目を探すために。霧は無慈悲だった。まるで彼らを窒息させようとするかのように、刻一刻と厚みを増していく。
ズル……ズル……
ミッカの足取りが重く、引きずるような音を立てる。残っていた僅かな血の気も失せ――突然、彼女の足が崩れ落ちた。
ガクンッ!
「ミッカ!」
「ミッカ姉!」
膝をつき、激しい咳の発作に襲われる彼女に向け、少年たちが叫び声を上げて駆け寄る。だが、最初に動いたのは職人だった。自身の疲労を無視し、彼はバックパックから見覚えのある物体を取り出した。あの大狩人との戦いで、「樹液の子ら」が体内の不純物を抽出するために使用していた木の仮面だ。
素早い動作で少女の顔を覆っていた布を取り去り、その木の仮面を彼女の顔に押し当てる。反応は即座に、そして強烈に訪れた。
ゴボッ!オエッ……!!
ミッカの喉から湿った重い咳がほとばしり、嘔吐の痙攣が続く。吐き出されたのは胆汁ではない。黒く、濃密な粘液――まるでタールのような粘着質の物質が、木の魔法によって肺の奥底から強制的に吸い出されたのだ。
ミッコが姉の横にかがみ込み、心配そうな表情でその顔を綺麗な布で拭う。一方、テセウキは使用済みの仮面を、まるで汚染されたゴミであるかのようにポイッと軽蔑を込めて投げ捨て、すぐに新しい布を友の顔に巻く準備をしていた。
レグルスが捨てられた物体へと歩み寄る。屈み込み、それを拾い上げて観察した。原住民が使っていたものと酷似しているが、少し小さく、顎まで完全には覆わず口と鼻だけを覆う形状だ。
「なんだ、これは?」
彼は手の中で木片を弄びながら尋ねた。
「詳しくは分からん」テセウキは嗄れた声で答えながら、ミッコが「ドラゴの子」を立ち上がらせるのを手伝った。「戦ってる時にあいつらから渡されたんだ。呼吸した不純物を吸い出すらしい」
ミッカは弟に「もう気分は良くなったから」と囁き、まだ足は震えていたが、独力で歩こうと気丈に振る舞った。
「必要になるかと思って頼んだら……」テセウキはバックパックのサイドポケットを開けた。中にはその木製パーツがぎっしりと詰まっていた。「二十個くらい押し付けられた」
全員がその量に驚き、袋の中を覗き込む。
「少なくとも、不純物の問題はなさそうだな」レグルスはそう言い捨て、使用済みの仮面を地面に戻した。
「でも、ミッカちゃんはまだ病気よ」ダイアンヤが眉をひそめる。「代謝を早める魔法をかけましょうか?残りの毒を出す助けになるかも……」
「前の時、それで余計に疲れただろ」ミッコが首を横に振り、即座に遮った。
「私、大丈夫です……」
ミッカがか細い声で気丈に振る舞おうとする。
「お前は病人だ。無理をするな」
レグルスが割って入り、彼女の前に立ちはだかって道を塞いだ。その口調は真剣そのものだ。
「俺も、喉と胸が痛い」
テセウキが認めると、全員の視線が彼に集まった。彼は喉の奥で何かが引っ掻いているかのように、首筋をさすった。
「だが、ミッカはあの戦いで大量の胞子を吸い込んだ。俺もあの場所を出てからは平気だったんだが……今、症状が戻ってきてる。あの巨大キノコが破壊されたとはいえ、胞子はまだこの空気に染み付いてるんだ。ここで呼吸してるだけで、病気がぶり返してる」
「なら、一刻も早くここを抜け出さないとね」
ダイアンヤは決意を込めてそう言い放った。
◇
古の大樹の巨大な幹に接近し、数回の「戦略的休憩」――今やミッカだけでなく全員に行き渡った木の仮面を使うための休憩――を挟んだ後、一行は低い位置にある枝の集合体にたどり着いた。そこは、最後の降下を開始するのに理想的なポイントに見えた。
テセウキの構造的な助言に従い、レグルスが冷却された溶岩と火山岩でプラットフォームを形成する。それは明らかに、以前の戦いで「樹液の子ら」が即興で作ったエレベーターに着想を得たものだった。五人が乗れるだけのコンパクトな岩の塊。その側面からは石のアームが伸び、巨大昆虫の爪のように大樹のデコボコした樹皮を掴みながら滑り降りていく。
ズズズズズ……
降下は、驚くほど順調に進んだ。岩が木を削る音だけが響く、緊張した沈黙の二十分間。だが、湿った地面に足が着いた瞬間――
ドサッ!
レグルスが崩れ落ちた。彼は浮き出た木の根に膝をつき、立ち上がろうともしない。顔は青ざめ、目まいか、あるいは竜の魔法の酷使によって胃が裏返っているようだ。
彼らを迎えた光景は、テセウキの記憶にある暗い鏡像のようだった。かつて水竜を狩るために沼地へ降りた時の記憶が蘇る。大樹の根はあらゆる方向から黒い水の中へと没し、泥の深淵へと消える細く危険な道を作り出していた。
「樹液の子ら」の領域に似てはいたが、ここは墓場だった。黒い水の広がりの先には、死に絶えた灰色の巨木が、忘れ去られた巨人の骸骨のように乾いた姿でそびえ立っている。
「襲われる可能性は?」
ミッコが尋ねた。
「化け物によるわね」
隣に立ったダイアンヤが答え、油断なく影を見回す。
「あの怪物……」
テセウキが呟く。淀んだ水面を見つめる彼の背筋を、あの狩りのトラウマがゾクリと駆け抜けた。
「お前、随分と参ってるな……」
地面に這いつくばったまま、レグルスがくぐもった声でからかう。呼吸を整えようと必死だ。
「出発する前に、木の老婆に聞いておいたの。ここの生物について少し教えてくれたわ」
ダイアンヤは不安を隠すように、教師のような口調で説明を始めた。「ここで木々が死ぬのは、『這いずる膿疱』が繁殖するからよ。奴らが作り出す粘液が垂れて水に落ちる。根がその毒素を吸収して、木を汚染して殺してしまうの」
「這いずる膿疱って、あのネバネバした生き物のことですか?」ミッカが尋ねる。
ダイアンヤは頷いた。
「だから、木が死ぬと、樹海のこのエリアはしばらく無人になるの。木の上にいる限り、モンスターの問題はないと思うわ」彼女は言葉を切り、油のような沼の表面を疑わしげに見つめた。「ただ、この水の中に何が棲んでいるかは……あたしにも分からない」
「とにかく、水を避けるのが最優先だな」ミッコが決断を下す。彼は地面の友を振り返った。「レグルス兄貴!」その声は明るく、ドラゴの子が安全な道を作ってくれるという期待に満ちていた。
しかし、今にも気絶しそうな少年の惨状を見て、ミッコはシュンと萎んだ。
「……忘れてくれ」
「元素魔法は使えないのか?」
テセウキが代替案を探る。
「下から土を引き上げることはできるけど……」ダイアンヤが変数を計算する。「時間がどれくらいかかるか分からないし、この沼の本当の深さも不明だわ」
「水面を凍らせるのはどうですか?」
今度はミッカが提案した。
「凍っていたとしても、この水との接触は避けたい」
テセウキは即座に却下した。譲る気配はない。レグルスが動かないまま、四人は敗北感と共に溜息をついた。
「……これを試すには、いい機会かもね」
ダイアンヤが呟く。彼女は左腕を上げ、手首に生きたブレスレットのように巻き付いている小さな根を見せた。
「あいつらの魔法か!」テセウキが気づく。
ダイアンヤは手首を口元へ運んだ。根はその意図を感じ取ったかのように即座に開花し、小さな葉が現れて魔導師の唇に触れる。彼女は息を吹き込んだ。
ヒュオオオオ……
『木の葉の笛』が響く。それは哀愁を帯び、同時に振動する音色だった。
ゴゴゴ……
足元の地面が震えた。少年たちが呆気にとられて見守る中、根の木材が生命の呼びかけに応える。大樹の繊維そのものでできた道が水面上へと伸び始めた。数メートル進み、そして止まる。
「ハァ……ハァ……これ、見た目より……キツイ……」
ダイアンヤは膝に手をつき、冷や汗を額に浮かべて喘いだ。
「何もないよりはマシだ」ミッコが励ます。「でもこのペースじゃ、向こうに着くのは明日になっちまうぞ!」
「ここでキャンプなんて、絶対に御免だかんな!」
テセウキが嫌悪感を露わにして周囲を見渡し、抗議した。
「わ、分かってるわよ……」ダイアンヤが息も絶え絶えに文句を言う。
ミッカは友が再び試みるのを見守った。笛の音が響き、根が抗議するようにギシギシと音を立てて少し動く。その消耗は誰の目にも明らかだった。
「新しい道を作るんじゃなくて、あの浮いてる根っこを使って案内するだけにしたらどうだ?レグルス兄貴のプラットフォームみたいにさ」
ミッコが太い根を指差して提案する。
「試す価値はあるわね」
ダイアンヤは顔の汗を拭い、同意した。彼らは指し示された根に乗った。ダイアンヤは精霊魔法を使って推進させ、沼の上を滑るように進む。しかし、進みは遅い。彼女は常に息を整えるために止まらなければならず、魔法が彼女の生命力を削り取っていく。
その時、ミッカの視界にアルマが現れた。その実体はダイアンヤの横にしゃがみ込み、他の者には見えない姿で、好奇心深そうに観察していた。
『ミッカ、試してみろ。』
アルマが幽霊のような顔を姉に向けて尋ねた。
「アーニャちゃん」ミッカが呼びかけ、消耗しきった魔導師の注意を引いた。「お姉ちゃんが、私にやってみてって」
「……うまくいくかも」
ダイアンヤが力なく答える。エネルギーは枯渇していた。ゆっくりと、彼女はミッカに腕を伸ばした。ドラゴの子がその装飾品に触れた瞬間、根は魔導師の手首から解け、まるで熱を求める蛇のようにミッカの手首へと絡みついた。
ミッカは手首を口元へ運ぶ。躊躇いながら、彼女は吹いた。
ピーヒョロロ……
『木の葉の笛』が鳴る。今度は少し違う、より甲高い音色だった。足元の木材が震え、命令に応えてさらに数メートル前進する。すでに道のりの半分は来ていた。あと少しだ。
「本当に……これ……簡単じゃ……ないですね……」
ミッカは長い呼吸の合間にそう言い、肺にかかる魔法の重みを感じていた。
「でしょう?」ダイアンヤが疲れた笑みを浮かべて同意する。
「魔法使いってのも楽じゃないな……」
テセウキは二人に同情して首を振った。さらに数メートル進んだところで、二人の少女は疲労で気絶寸前だった。それが、レグルスの限界だった。
ガバッ!
ドラゴの子が跳ね起きた。忍耐の限界だ。遅々として進まない状況に苛立ち、彼は根を**ダンッ!**と踏みつけた。彼の手からマグマが噴き出し、即座に固化して、残りの距離を埋める荒々しくも煙を上げる橋を作り出した。
ジュウウウウ!
彼はその上をズカズカと歩き、力技で残りの道程を終わらせた。
この横断に二時間近くを費やした後、ようやく彼らは対岸にたどり着いた。遥か頭上では、太陽がまだ大樹の天蓋を突き抜こうと試みており、沼地に控えめな光を落としている。
若者たちは数分間の休息と昼食をとり、前方に待ち受ける闇に立ち向かう前に体力を回復させた。
「あと、もう少しね」
ダイアンヤは死の森を見つめて言った。
◇
「あと、どれくらい……?」
テセウキが引きずるような声で尋ねた。肩を落とし、鉛のように重い足を引きずりながら、純粋な意志の力だけで歩いている。
「もう何時間も歩いてるぞ……」
「もうすぐ着くはずです、テセウキくん……」
ミッカが囁くように励ますが、彼女自身の声からも疲労の色は隠せない。
「ここは暗すぎるぜ……」
ミッコが目の前の空気を手探りしながら言った。「鼻先すら見えやしない。計算じゃ、もう日が沈む頃なんだが……」
彼らはその「木の墓場」を行進し続けていた。そこは漆黒の深淵だった。樹海の旅人を導くはずの菌類の生物発光さえも奪われた場所。ここでは、闇が絶対的な支配者だった。
一行は、この暗闇の中で迷子にならないよう、ほとんど互いにくっつくような密集隊形で進んでいた。緊張感は肌に触れるほど濃密だ。さらに、ある「禁忌」が彼らの精神を削っていた。――いかなる光も灯してはならない。
「時間を言えたとしても、誰も時計なんて読めないだろうな」
レグルスがしわがれた声で呟く。
「シーッ! 声が大きいです!」
ミッカが咎めるように、鋭く息を吐いた。
「音が奴を刺激するとは思えんが……」レグルスは抑えた挑戦的な口調で返した。「なぁ、ダイアンヤ?」
「光と魔法だけよ」
魔導師は素っ気なく答えた。繰り返される不満に、彼女の忍耐も磨り減っている。「音は奴にとって無意味だわ」
「早くここから出たいよぉ! 怖いんだよ! 闇のエレメンタル、怖いよぉ!」
テセウキが小声で泣き言を言った。
永遠の闇に沈んだこの墓場は、闇のエレメンタルにとって完璧な生息地だった。
ダイアンヤは、炎や発光魔法の行使を厳しく禁じていた。それは蛾を火に引き寄せるように――いや、捕食者を獲物に引き寄せるように、その怪物を呼び寄せてしまうからだ。だが、その指示は若者たちの心に冷たい恐怖の種を植え付けるだけだった。彼らはあらゆる影の中に、その実体の圧迫感を感じ取っていたのだ。
「あっ、見てください!」
突然、ミッカが叫んだ。
彼女が前方を指差す。視界の限界、その奥に、若者たちの目は奇跡のようなものを捉えた。背景に浮かぶ、小さな発光点。
号令など必要なかった。彼らは走り出した。
タタタタッ!
乾いた枯れ枝の上を、急ぐ足音が響く。進むにつれて、環境が変貌していく。灰色の不毛な木材が生命に道を譲り、菌類や苔の柔らかな輝きが戻ってきた。光は近づくにつれて、より強く、鮮明になっていく。
そして、ある音が彼らの耳を打った。こんなに早く聞けるとは思っていなかった音。それは天上の音楽のように響いた。
ゴオオオオオオ……
それは、水が激しく落下する重低音の轟き。
ついに光が彼らの顔を照らし、闇は背後へと消え去った。
彼らは息を切らし、目の前に現れた光景の壮大さに足を止めた。
ザザザザ……ッ!
眼下では、長く彼らに寄り添ってきた沼の黒い水が終わりを告げ、自由落下へと身を投じている。数メートル先、地平線を切り裂き、既知の世界と虚空とを隔てるように、巨大な瀑布が広がっていた。
「環の境界……」
ダイアンヤが、畏敬の念を込めて呟く。
轟音は耳をつんざくほどで、音というよりは骨で感じる振動だった。深淵から立ち上る冷たい霧が顔に当たり、汗と死の森の腐臭を洗い流していく。左右に無限に広がるその液体の壁を前に、彼らは自分たちが豆粒のように小さく感じられた。
滝の向こう側に目を向けると、水しぶきの霧の上に、遠く灰色の峰々がそびえ立っているのが見えた。
疲れ切った、しかし勝利に満ちた自然な笑みが、彼ら一人一人の顔に浮かんだ。
(私たちが、第十環を制覇したんだ!)
おはようございます、こんにちは、こんばんは、わるです!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし物語を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと幸いです。皆様の応援が執筆の大きな励みになります。
またねー!! ヾ( ̄▽ ̄) Bye~Bye~




