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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環:『樹液の子ら』
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第75話「サイクルのエレメンタル」

 ドゴォォォォォン……!


 巨大なキノコの傘、その残骸が古樹こじゅの天蓋へと降り注ぎ続けていた。途方もない質量の欠片が、太古の枝に衝突するたびに砕け散り、破滅の雨となって降り注ぐ。


 パラパラパラ……


 胞子で飽和した霧は、崩壊していく残骸の塵を吸い込み、さらにその密度を増していた。風が微細な粒子を運び、粉砕された有機物を霧と融合させ、視界を遮るほぼ固形に近いカーテンを作り上げている。空気は窒息しそうなほど重い。腐った植物の肉から漂う黄土色の悪臭と、喉を刺すような金属的な味。まるで大気そのものが静電気と錆で帯電しているかのようだった。


 ヒュオオオオッ!


 遠くから響く風切り音に導かれ、小さな木製のゴンドラが霧を突き抜けて降下してきた。それが安定するよりも早く、一人の少年が外へと飛び出す。


 ダンッ!


 テセウキは巨大な枝の上に重々しく着地した。周囲では胞子と瓦礫の嵐が吹き荒れている。日焼けした褐色の肌はすすにまみれ、額のバンダナは汚れ、ツナギは「古の世界」に足を踏み入れて以来、ボロボロの布切れと化していた。背中のバックパックが激しく揺れ、冷たく黒いカービンの金属が背骨を叩き、剣の鞘が狂ったリズムで足を打つ。


(どこだ……どこにいる!?)


 絶望が視界を曇らせる。彼の目は前方のただ一点に釘付けになっていた。崩落した瓦礫が作り出した不規則な山。無慈悲な風が、そこから灰色の塵を螺旋状に巻き上げている場所。


「うおおおおっ!」


 ザザザッ!


 彼はその山へと身を投げ出し、膝で滑り込みながらブレーキをかけた。即座に両手が動き出す。切り傷も汚れも無視し、パニックに突き動かされるまま、瓦礫を一つ、また一つと放り投げていく。


 ガッ!バッ!


 そして、その指が灰の中に眠る黄金を見つけた。


「ミッカ……ッ!」


 胸を激しく上下させ、安堵の涙が汚れた頬に筋を作る中、若き職人は瓦礫の墓場から金色の髪の少女を引きずり出した。


 ズルッ……


 彼女は意識を失っていた。呼吸は今にも切れそうなほど細い。青いチュニックと革の装具は、どす黒い血と戦いの汚れで染まっている。


 一秒も無駄にせず、テセウキはバックパックから「樹液の子ら」に託されたマスクを取り出した。このアーティファクトが彼女の顔を覆うのは、これで三度目だ。効果は劇的だった。


 ビクンッ!


 ミッカの体が激しい痙攣けいれんを起こす。


「ゴホッ、ゴホッ……!!」


 喉の奥から、しゃがれた深い咳が響いた。彼女はテセウキに支えられながら横へと倒れ込み、マスクが外れると同時に、体が拒絶した不純物を吐き出した。


 オエェッ……


 ミッカは気道に詰まっていた黒い汚泥と瘴気しょうきを吐き出す。肺に入ってきた空気は、薄く悪臭を放っていたが、それは紛れもなく「生」だった。彼女は顔を上げた。霧の濃さと目眩めまいで視界は歪んでいたが、徐々にその像が結ばれ、目の前の若き職人の顔を捉える。


 意識の回帰を処理する時間さえなかった。


「よかった、ミッカ……!」


 ギューッ


 テセウキは声を詰まらせ、彼女を押し潰すような勢いで抱きしめた。


 ミッカの右手が震えながら持ち上がる。指先からチュニックの袖の下に消える皮膚まで、その腕は彼女自身のどす黒い血で染まっていた。ズキズキと脈打つ痛みをこらえ、彼女は傷ついた手を少年の背中にそっと添えた。


「か……った……よ……」


 その声は、かすれた、ゆっくりとした嘆きのようだった。


「ああ、勝った!勝ったんだ!」


 少年は抱擁を解き、彼女の肩を強く掴んだ。勝利の笑みが二人の唇に浮かぶ。傷つき、疲れ果て、ミッカの顔は疲労の地図のようだったが、その瞳だけは輝いていた。生きている。彼らは生き延びたのだ。


 だが、その感動は短命だった。


「で、一体何なんだよアレは!?いきなりゴンドラから飛び降りるとか!?死ぬ気かよバカ!!」


 テセウキが叫んだ。声のトーンが跳ね上がり、彼女の肩を揺さぶりながら怒涛の説教が始まる。ミッカの反応は即座だった。


 バシッ!


 彼女は彼の手を叩き、無理やり肩から離させた。


「はあああぁぁ!?」


 疲労が一瞬にして電気のような憤慨へと変わる。


「私が!?そっちこそ何よ!いきなり大声出して飛び降りたクセに!人のこと言える立場じゃないでしょ!」


「い、いや!でも俺は……その、俺は……っ!」


「言い訳無用、バカキ!」


「バカキ!?子供みたいな造語を作るな!」


「バカキ!バカキ!バカキ!」


 数メートル離れた場所で、まるで幼い兄妹の喧嘩のような光景を見守る幽玄エーテルな唇に、誇らしげな笑みが浮かんでいた。 肉体的な休息など必要としないはずのアルマの半透明な姿は、枝の上に腰を下ろし、静かに彼らを見つめていた。


 コン、コン……


 乾いた木がぶつかる音が、二人の子供じみた喧嘩に割って入った。生き残った「樹液の子ら」がゴンドラから降りてきたのだ。数は少ない。ゴンドラを制御していた守備隊と、戦いの混沌の中でミッカとテセウキの側に留まった二人の戦士だけだ。


 テセウキはミッカの支えとなった。彼女の腕を自分の肩に回し、原住民たちが近づいてくる間、彼女が立っていられるよう助ける。


 だが、一行が完全に合流する前に、大気が変貌した。


 フワッ……


 ベージュ色の光。柔らかく、しかし絶対的な光がその場を満たした。気圧が瞬時に急降下する。まるで世界そのものが息を止めたかのように。流動していた霧が硬直し、時が止まったような錯覚を覚える。そして、マナが来た。


 ズズズズズズン……


 目に見えない濃密な奔流が全員を溺れさせ、魔力の才能を持たないテセウキの感覚さえも押し潰していく。二人の若者は目を見開き、信じられないものを見た。そして、天騎士の顔から衝撃が消え、静かな絶望へと変わる。


 この感覚。この重力。この存在感。


 光の中心から、一つの球体が現れた。人間の大人ほどの直径を持つ巨大な球体。その表面は純粋なエネルギーではなく、生きた物質で構成されていた。永遠の舞踏のように絡み合う木の枝。あるものは青々と茂り、創造の露を滴らせているが、あるものは枯れ、捻じれ、腐敗し、終焉の塵を撒き散らしている。その核が、リズミカルに脈打つ。


 ドクン……ドクン……


 それはまるで、すべての生命とすべての死が同時に存在し、たった一秒の中に圧縮されているかのような光景だった。


 肺から空気が奪われる。「樹液の子ら」は躊躇しなかった。よろめきながらその存在へと歩み寄り、膝をつき、額を地面にこすりつけて絶対的な崇拝を示した。


「エ……レメンタル……」


 若き職人の声が裏返り、原始的な恐怖に喉を締め上げられた。


「ドラゴの子」は少年の肩から離れた。磁石に引かれる魂のように、よろめきながら、その威厳ある存在へとゆっくり歩き出す。


 テセウキは凍りついた。拳を震えるほど強く握りしめる。記憶がガラスの破片のように脳裏に突き刺さった。あの炎だけでできた化け物――アイアンの命令下で村を襲ったエレメンタル。神の如き存在の前では、自分など虫けらに過ぎないという恐怖。


 ダイアンヤの言葉がリフレインする。『あいつらはアタシたちより遥かに高位の存在すぎて、ただ機嫌を損ねただけで消し飛ばされちまうんだよ』


 逃げろ。逃げろ。消えろ。身体中の細胞がそう叫んでいた。だが、筋肉は拒絶し、動かない。


 クイッ


 その時、腰のツナギの布が引かれるのを感じた。見下ろすと、そこにはあの「樹液の子」――あらゆる確率に逆らって共に戦った、あの臆病な戦士がいた。原住民は彼を見つめていた。その物理的な接触が、現実へのいかりとなる。


 テセウキの胸の激しい上下が止まった。


(古の世界はマナで飽和してる。至る所にマナがあるから、それに「酔って」頭がおかしくなっちまうこともある……)


 ダイアンヤの警告が思考をクリアにする。若き職人は深く息を吸い込み、圧迫された肺に無理やり空気を送り込んだ。


(もしこいつが俺たちを殺す気なら、もうとっくにやってるはずだ。そうだろ、ダイアンヤ?)


 顔に張り付いていたパニックが溶け、諦観ていかんに近い真剣さが戻る。彼は自然の審判へと一人歩みを進める友の背中を見つめた。


「頼むぞ、ミッカ……」


 目の前のクリーチャーを見つめながら、ミッカは時を超越した存在の重みを感じていた。エレメンタルは地上数メートルの位置に浮遊し、その周囲を枝が開花と腐敗の永遠のサイクルで周回している。生と死が、不可分なまま同じ聖なる空間を共有している。


 ゴクリ……


「ドラゴの娘」は唾を飲み込んだ。その音さえも、この圧政的な静寂の中ではっきりと聞こえた。ゆっくりと、彼女は右腕を上げた。乾いた血が、青白い肌の上に黒いかさぶたのような層を作っている。指は激しく震えていた。背筋を凍らせる恐怖だけでなく、酷使され悲鳴を上げる筋肉の激痛が原因だ。


「これ……なんでしょう?」


 彼女は呟いた。視線はその実体に固定され、青い瞳には疲労を貫く決意が宿っていた。


 ブワワッ!


 彼女の拳にマナが凝縮する。深緑の輝きは単に脈打つだけでなく、液体の形をとっていた。濃密で鮮やかな球体。それは具現化した精神魔法、古樹の血液そのものであり、生と死の概念そのものである呼び声に応えていた。


 その瞬間、テセウキにとって現実が歪んだ。エレメンタルから放たれるマナの圧力があまりに濃く、生の力に満ちていたため、物理とエーテルの境界が溶け出したのだ。ミッカの目にしか映らなかった半透明のシルエットが、今や誰の目にも明らかになった。


 シュウウウ……


 光の粒子が集まり、形、色、密度を得る。アルマの半透明な体が妹のオーラから分離し、実体化した。彼女は音もなくミッカへと歩み寄る。後ずさる原住民たち、そして目を見開くテセウキの横を通り過ぎて。


「アルマ……さん……」


 テセウキが喉を詰まらせて囁く。


「なるほど……」


 アルマは呟いた。その青い瞳は、科学的な興味と畏敬の念を込めてエレメンタルを見つめていた。


「彼らが三人を送ったのは、知っていたからなのね……こうなることを」


 エレメンタルが動いた。


 ゴゴゴゴ……


 巨大な球体が前方へと浮遊し、表面の枝が分かれて開口部――純粋な光の核――を露わにする。躊躇なく、その実体はミッカの差し出した手を飲み込んだ。


 ジュッ!!


「っ……!!」


 ミッカが息を呑む。左手が反射的に右腕を掴み、食いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れた。まるで液体状の炎で肉を焼かれているかのようだ。そして、進み出た時と同じくらい唐突に、その存在は後退し、彼女を解放した。


 ミッカは自分の手を見た。焼けるような痛みは血管の中で脈打ち続けていたが、震えは消えていた。彼女は容易に指を開閉させる。あの神聖な接触によって、力が戻っていた。


 彼女はそのクリーチャーを見上げた。顔には魅了と、深い感謝が混ざり合っている。


「ありがとう……」


 エレメンタルは言葉では答えなかった。ただ、崩れ去った。


 サラサラサラ……


 その物理的な形態は霧の中に溶け、光となり、風となり、やがてその存在の記憶だけを残して消え失せた。


「ロシカタ・メカト・ウラタ……」


「樹液の子」の一人が沈黙を破った。その声は、枯れ枝が折れる音や葉が擦れる音に似ていた。


「そうか。これで辻褄が合う……」


 アルマが再び呟き、テセウキの困惑した視線と、立ち上がり始めた原住民たちの注意を引いた。


「あのキノコ……あれもまた、精霊だったのよ」


「えっ?」


 テセウキは瞬きし、情報を処理しようとした。


「生存競争だったの。樹の精霊と、菌の精霊……二つの精霊の間の自然なサイクル」


 アルマの声は穏やかだったが、そこには重い真実が含まれていた。


「私たちは異分子。彼らのサイクルの一部ではなかった。だから戦いが終わり、私たちが均衡を崩した時、『サイクルのエレメンタル』が秩序を修復するために介入した……あるいは、対価トリビュートを回収しに来たのね」


 ミッカはゆっくりと振り返り、姉を見つめた。瞳の中に理解の光が宿り、同時に罪悪感の影が落ちる。


「『樹液の子ら』は……知ってたんですか。エレメンタルが現れることを。そして私が一人では、致命傷を負わずに破壊を食い止めることはできないと」


「ええ……」


 アルマは真剣な表情で肯定した。


「じゃあ……」


 テセウキが低い声で言葉を紡ぐ。この部族の道徳というパズルのピースを繋ぎ合わせながら。


「あいつらが三人の戦士を送ったのは……万が一ミッカに何かあった場合、そのうちの一人が『必要な生贄』になるからだったってことか?」


 天騎士は答えなかった。彼女の重く、雄弁な沈黙が、テセウキの恐れを肯定していた。


「雷のドラゴの娘」は動かなかった。視線は右の手のひらに釘付けになっている。乾いた血が描くのは、勝利した戦いの地図。だが、その代償はあまりに高すぎた。


 勝利の味は、苦いフラストレーションに変わる。


「私が……もっと強ければ……」


 その声は、痛々しいほど小さな囁きだった。


「彼らのうちの一人を、死なさずに済んだかもしれないのに……」

おはようございます、こんにちは、こんばんは、わるです!


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし物語を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと幸いです。皆様の応援が執筆の大きな励みになります。


またねー!! ヾ( ̄▽ ̄) Bye~Bye~

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