15、真の聖女と代理人?
◆真の聖女と代理人
── ツカサは、《私はまたいつか私を必要とする時までいるべき場所に戻るよ》裏表のない笑顔をしたツカサは創成女神とユグドラジルが立つ聖域へと去るため、リコに別れを告げた ──
セレニウスが庭園を去ると、オーデンは訝し気ながらも、リコに向き直って、微笑んだ。
「もういい。ここだけの話、『陛下』と呼ぶのはやめてくれないか? 二人きりの時は、オーデンで構わない」
リコの頬がほんのり赤くなった。
「そ、それは……畏れ多いというか……」
「畏れ多いなどと」
オーデンが一歩近づいた。
「其方は聖女の代理人だ。それに……私の大切な人だ。対等な関係でいてほしい」
その言葉に、リコは胸が熱くなった。彼女はうなずき、小さな声で言った。
「……オーデン」
皇帝の顔に満足そうな笑みが広がった。
「そうだ。その調子だ」
二人は庭園を散歩しながら、これからのことについて話し始めた。
オーデンはリコに、帝国の周辺国との和平交渉が順調に進んでいること、亜人たちの解放と保護のための新たな法律が制定されつつあることを伝えた。
「しかし、まだまだやるべきことは多い」
オーデンは真剣な表情で言った。
「セレニウスが指摘した通り、ムーン王国の混乱は周辺国にも影響を与えている。奴隷商人たちは新たな拠点を求めて移動しているという報告もある」
「私にできることがあれば、なんでもいたします」
リコは即座に答えた。
「聖女の代理人としての力を使って、苦しんでいる人々を助けたいのです」
オーデンはリコの手を、再びそっと握った。
「無理はするな。其方の安全が第一だ。……我にとって、其方はかけがえのない存在なのだからな。
ただ、我以外の者……特に男に対して、ほいほい「何でもやる」などと言っては駄目だ!」
リコは、オーデンの焦った様子に、本当に可愛い人だと思った。そしてその温かい手の感触に、リコは心が落ち着くのを感じた。彼女はオーデンの目をまっすぐ見つめ、言った。
「大丈夫です、オーデン。ツカサも言ってました。私はこの世界で生きていくって決めたのですから。オーデンと一緒に、この世界をより良い場所にしていきたいのです」
オーデンの目が優しく細まった。
「……そうか。では、約束してくれ。無茶はしないこと。危険を感じたら、すぐに我のところに戻ってくること」
「きっと、お約束します」
*****
その夜、リコは小さな家に戻り、窓辺に立って遠くのユグドラジルを見つめた。
世界樹は微かに光を放ち、まるでツカサが無事に聖域に戻ったことを告げているかのように。
「ツカサ……私は幸せになるよ。あなたがくれたすべてのものに感謝して、この世界で生きていくから」
あ~あ。それにしても、ツカサがいてくれたら、陛下の心の中がわかるし、逆に陛下に私の心を伝えれるのに……
ううん。ツカサが言ってたじゃない。私と陛下を見てたらわかるって。それに、胸の護符を渡されたときにプロポーズの返事を保留にしたままだったけど、私が物珍しい地球人だったから好奇心のせいじゃないのか? とか、この異世界に残ることになるの? とか、はっきり自覚してなかったから。
でも、そろそろ覚悟を決めて、ちゃんとした返事をしないとだよね。
*****
次の日から、リコの新たな生活が始まった。
彼女はオーデンの協力のもと、聖女の代理人として正式に帝国民の一員となった。セレニウスの指導を受けながら、政治や外交について学び始め、同時に亜人保護の活動にも積極的に参加していった。
時折、オーデンと二人で食事をしたり、庭園を散歩したりする時間もあった。
最初は緊張していたリコだったが、次第に自然に笑い合えるようになっていった。
ある晩、宮殿のバルコニーで二人は星空を見上げていた。
「リコ」
オーデンが静かに言った。
「其方がこの世界に来てくれて、本当によかった」
リコは振り返り、オーデンの顔を見つめた。
「私もです。最初は不安だらけだったけど……今はここが居場所だって思えます」
オーデンはリコの手を取った。
「これからもずっと、できれば我のそばにいてほしい。皇帝としてだけでなく、一人の男として……其方を愛しているのだ」
リコの胸が高鳴った。彼女はゆっくりとうなずき、微笑んだ。
「私も……オーデンを愛しています」
オーデンの金色の瞳が柔らかな光に満ちた。
「そっ! ……そうかっ!……本当に?…… で……ではっ!…… では、これからもずっと、側にいてくれるのだな?」
「もちろんです。できることなら、ずっと……」
彼の金色の瞳が真っ直ぐにリコを見つめる。
「リコ、いや……業子。お前の本当の名前で呼ばせてほしい」
リコは少し驚いたが、うなずいた。
「神代業子……ノリコ・カミシロよ。私はお前を愛している。この世界に残ると決めてくれたこと以上に、お前の優しさと強さに心を奪われたのだ。どうか、正式に私の王妃になってくれないだろうか?」
彼の手の中には、小さな指輪が光っていた。獅子の紋章が刻まれた、シンプルながらも威厳のあるデザイン。
胸が熱くなった。
地球には戻れない。
でも、それは悲しいことじゃない。
ここには、リコを必要としてくれる人々がいる。
愛してくれる人がいる。
「は……はい……はい!」
リコは涙声で答えた。
「もちろんです……喜んで!」
オーデンが笑顔で立ち上がり、リコを抱きしめた。
その温もりの中に、彼女はすべての不安を溶かすことができた。
二人の距離は縮まり、唇が重なった。
優しく、そして確かな愛情に満ちたキス……
遠くで、ユグドラジルが微かに輝き、二人の新しい始まりを祝福しているかのようだ。
ツカサとの別れは悲しかったが、リコは気づいていた。
別れがあるからこそ、出会いの尊さがわかる。
失うものがあるからこそ、持っているものの価値がわかる。
彼女はもう、迷わない。
この世界で、愛する人とともに、自分の役割を果たしていくのだ。
真の聖女は世界樹の聖域に戻り、その代理人は帝国で新たな人生を歩み始める ── そして、二人の物語は、これからも続いていくのだから。
「そうだよ……聖女なんてくそくらえ~~っ!」
「お……おいっ! リコ?」
「大丈夫だよ、オーデン。ツカサなら、悪い意味じゃないって分かってくれるから」
そう言ったリコは、オーデンに眩しいくらいの最高の笑顔を見せていた。
*****
月日が流れ、それから数年が経った。
ムーン王国の十の災害は、創成女神の怒りが静まるにつれて次第に収まっていった。
しかし、真の聖女を蔑ろにした代償は大きく、国土は荒廃し、多くの人命が失われた。
サトリヌス王は退位し、新しい王が災いからの復興に努めるようになったが、王国は長い復興の道のりを歩み始めることとなったようだ。
と同時に、二度と異世界から無理やり人々を召喚することはなくなったようだ ―― その教訓は、深く刻まれたから。
一方、サンディ帝国では、亜人と人間の和平が着実に進んでいた。
獅子王オーデン・ジュピテルスの王妃となったリコは、聖女の代理人としても人々から敬愛されていた。
彼女は各地を巡り、『言霊を聴く力』で人間と亜人、精霊と人々の間の対話を可能にし、理解の橋を架け続けた。
オーデンの支えがあり、時には遠くでツカサの優しい導きを感じながら。彼女の働きは、帝国にかつてない平和な時代をもたらした。
*****
春の訪れとともに、帝国の城庭園には色とりどりの花が咲き乱れている。
リコはバルコニーに立ち、柔らかな風に茶色の髪をなびかせながら、眼下に広がる都を見下ろしていた。
「ここにいたか」
深く優しい声が背後から聞こえ、振り返ると、赤髪が春の光に輝くオーデンが立っていた。
金色の瞳は、彼女を見つめる時だけ、鋭さを和らげて温かさに満ちる。
「オーデン」
「皇妃が一人で物思いに耽っているとは、何か悩み事か?」
彼は近づき、自然に彼女の腰に手を回してきた。
リコはその温もりに寄りかかり、小さく笑った。
「悩み事なんてありません。ただ……幸せすぎて、時々怖くなるだけです」
「怖がることはない」
オーデンが彼女のあごを優しく持ち上げ、目を見つめた。
「この幸せは、其方が勝ち取ったものだ。異世界から来たにもかかわらず、この世界のために戦い、人々の心を開き、そして ――」
彼の言葉が途中で止まり、代わりに微笑みが浮かんだ。
「そして私の心をも、完全に征服した」
「オーデン……」
リコの頬がほんのり赤らんだ。
数年経っても、彼の直球な愛情表現には慣れない。
いや、むしろ、慣れないからこそ、毎日が新鮮で、胸が高鳴るのだ。
「今日は、あの場所へ行こうと思っている」
オーデンが言った。
「ユグドラジルの下へな」
リコの目が輝いた。世界樹の聖域 ―― あの場所は、彼女にとって特別な意味を持っていた。
異世界に来て初めて安らぎを感じた場所。
そして、ツカサが最後に向かい別れた場所。
「ええ、行きましょう」
*****
新緑が萌え、花が咲き乱れる聖域は、春の装いで彼らを迎えた。ユグドラジルの巨大な幹は相変わらず威厳に満ち、その枝々からは生命力がほとばしっているように感じられた。
リコがそっと手を伸ばし、樹皮に触れてみた。温もりが伝わってくる。
「また会えるって言ってたよね、ツカサ」
囁くように言うと、風がそよぎ、銀色の光の粒が幾つか舞い始めた。
光は彼らの周りを優しく包み、懐かしい声が心に直接響いてきた。
《元気みたいだね、リコ》
「ええ、とっても。あなたは?」
《私の方は相変わらずだよ。実は時々、リコたちの活躍も見ているんだよね》
光の粒がきらめき、まるで笑っているかのよう。
《オーデンも、相変わらずリコを大切にしているみたいだね》
リコは横を見た。
オーデンは少し離れたところに立ち、彼女と世界樹 ―― そして、見えないツカサとの対話を静かに見守ってくれている。彼の表情は穏やかで、この瞬間を尊重していることが伝わってくる。
「彼は……私のすべてです」
《そうだろうね。リコの声から、幸せがあふれているもの》
ツカサの声には、温かい祝福の響きが込められていた。
《リコがこの世界で居場所を見つけてくれて、本当に良かったよ。私も、ここが私のいるべき場所だと感じているんだ》
「また会いたいな」
《いつか、きっと……う~ん? それに、今度はその人も一緒に来てくれると、もっと嬉しいかな》
「もう! ツカサったら……やっぱりそうなんだね。ツカサには隠し事はできないな」
《あははは。その人に、過剰な加護はいらないとリコが思ってるみたいだから、せめて無事に生まれる様に祈りと祝福だけでもあげさせてね》
光の粒がゆっくりと散り、声は風とともに遠ざかっていった。
しかし、寂しさではなく、温かな満足感がリコの胸に残った。
「……ありがとう、ツカサ」
オーデンが近づき、彼女の肩に手を置いた。
「また会いたいのか?」
「うん」
リコは彼の胸に寄りかかった。
「でも、今はこの瞬間が幸せ。あなたがいて、この世界があって……」
彼女は思わず、お腹に手を当てた。
まだ誰にも告げていない秘密。
しかしツカサには直ぐにばれてしまったけど ―― そこには新しい命が宿っていたのだから。
人間と亜人の血を引く、この世界で初めての子ども。二人の愛の結晶。
オーデンはその仕草に気づき、目を見開いた。
「リコ……まさか」
彼女はうなずき、涙ながらに笑った。
「ええ。医師が確認しました。もうすぐ、私たちの家族が増えます」
オーデンは言葉を失い、彼女をしっかりと抱きしめた。
その腕は震えていた ―― この戦場でも恐れを知らない獅子王が、喜びに震えている。
「これは……帝国にとって、いや、世界にとっての希望だ」
「私たちの希望です」
リコが囁いた。
風が再びそよぎ、世界樹の葉がささやくように揺れた。
遠くから、かすかに銀鈴のような笑い声が聞こえたような気がした ―― ツカサの祝福だけでなく妖精達の声だろうか。
そしてまた風とともに消えていった。
二人は長い間、抱き合ったまま、世界樹の下に立っていた。
新緑の香り、花の甘い香り、そして互いの温もりが、完璧な調和を奏でていた。
*****
orz 予定は未定だった…まさか一人増えるとは…しかもツカサ消えたと思ったらまたサービス友情出演




