10、 転移の代償?
orz 構成上長くなってしもた…
◆転移の代償
── リコ達に接触したキョウカは、リコに日本に帰りたいと縋りついた ──
リコは帝国で与えられた職業相談所の職員仕事の傍ら、街の図書館で地球への帰還方法を探した。
一方、カプチエーク(キョウカの前では異世界人の振りをしてこの名前を名乗るツカサ)と、キョウカは、禁書庫へ入ることを陛下からの許可が出たことで、セレニウスに案内されて調べることになった。
大図書館の禁書庫は、時間が止まったかのような静寂に包まれていた。
高い天井から差し込む淡い光が、積もった埃を舞い上がらせ、古びた羊皮紙と革表紙の匂いが空気を満たしていた。
キョウカは、背の高い書架の間に挟まれた小さな机に座り、目の前に広げられた古い記録文書を必死に読みふけっていた。
彼女の横では、銀髪のカプチエークとキョウカの前では名乗っているツカサが、別の巻物を手に、時折ため息をつきながらページをめくっていた。
「やっぱり……直接的な帰還方法は記録されていないのかな」
ツカサの声が、静かな書庫に響いた。彼女は手にしていた巻物をそっと机の上に置き、キョウカの様子を伺った。
キョウカは返事もせず、一冊の絵本に目を奪われていた。それは古いおとぎ話の絵本で、表紙には光り輝く聖女と、その前にひざまずく人々の姿が描かれていた。
「聖女が消えれば……その力は次の選ばれし者に宿る……」
彼女はつぶやくように言った。黒い瞳に、何かが閃くような光が走った。
ツカサは眉をひそめた。彼女の読心術は、他人の心を無断で覗くことを良しとしない自制心によって普段は抑制されていたが、キョウカの思考から漏れ出る強い感情の波は、自然と感知せざるを得なかった。
「キョウカさん、その絵本はただの民話ですよ。現実の魔法システムとは関係が ――」
「でも、可能性はあるじゃないですか!」
キョウカは突然顔を上げた。目には熱い光が宿っていた。
「だって、この世界には魔法が存在するんです。聖女の力が移ることだって、あり得ないことじゃないはずでしょう? もし……もし今の聖女の代理人であるリコさんがいなくなったら、その力が私に……」
ツカサは思わず息をのんだ。彼女はすぐに表情を整え、冷静な口調で言った。
「それは危険な考え方です。まず、リコは『聖女』そのものではありませんよ。彼女は真の聖女――つまり、世界樹に選ばれた精霊の声を代弁する代理人に過ぎません。力が移るという概念自体が ――」
「でも試してみる価値は、あるかもしれないじゃない!」
キョウカの声には、一か八かの賭けに出る者の必死さがにじんでいた。半年近く前まで普通の女子高生だった彼女は、この異世界で味わった失望と恐怖、そして王太子の不可解な死によるトラウマから、何かにすがりたいという願望に駆られているようだ。
ツカサは深く息を吸った。彼女は自分が世界樹に選ばれて転生していたことをキョウカに明かすことができていなかった。リコと共有する秘密は、こんな危険な思考をするキョウカには、ますます明かせないと思ったからだ。
「とにかく、今日はここまでにしておきましょう」
ツカサは立ち上がり、周囲の書物を整理し始めた。
「陛下が許可してくださった時間もそろそろ終わりますし。有益な情報が見つからなかったことは残念ですが、世界樹に直接お伺いするという選択肢もあります」
キョウカは不満そうな表情を浮かべたが、それ以上反論せず、手元の絵本をそっと閉じた。その時、彼女の目には、何か決意のようなものが宿っていた。
一ヶ月間。
キョウカは何か物思うところがあったようだが働かざるもの食うべからず。冒険者ギルドと孤児院で、癒しの力と魔法を使って働く姿は、少なくとも優しいお姉さんとして慕われた。
*****
その後、結局有益な情報が見つからず、サンディ帝都から世界樹ユグドラジルへの道を、四人の一行は進んでいた。
先頭を歩くのはオーデンだった。彼の威厳ある佇まいは、周囲の森の静寂さえも支配しているようだった。その隣を歩くリコは、普段のOLらしい堅実な服装ではなく、軽やかな旅装に身を包んでいた。茶色の髪がそよ風に揺れ、彼女の表情はどこか緊張していた。
「そう心配するな、リコ」
オーデンが振り返り、優しい笑みを浮かべた。
「ユグドラジルは全てを見通す知恵の樹なのだぞ。きっと何か答えを授けてくれるはずだ」
リコはうなずき、少し微笑んだ。
「はい、陛下。ただ……キョウカさんのことが気がかりで」
二人の後ろを歩くツカサとキョウカは、それぞれ異なる思いを胸に抱いていた。
ツカサは銀髪を風になびかせ、紅の瞳で周囲の森の精気を感じ取っていた。彼女の本質である感覚が、世界樹の近づきを告げていた。
キョウカはというと、黒い瞳をきょろきょろさせながら、時折リコの背中を見つめていた。彼女の心には、禁書庫で読んだ絵本の内容が繰り返し浮かんでいた。
(聖女が消えれば……次に選ばれた者に力が宿る……)
数時間の旅を経て、一行はついに世界樹ユグドラジルの聖域に足を踏み入れた。
キョウカにとっては、言葉を失うほどの美しさである。空気そのものが輝いているように感じられ、草木の一本一本が生命力に満ちあふれていた。そして中央にそびえ立つ巨大な樹 ―― ユグドラジルは、その存在感で周囲全てを包み込んでいた。
「すごい……」
キョウカが思わず声を漏らした。彼女のこれまでの人生で、これほど神聖で圧倒的なものを目にしたことはなかったようだ。
オーデンが先導し、一行は世界樹の根元へと近づいていった。リコとツカサは、自然とキョウカを守るように前後から囲んだ。オーデンの持つ神聖な力、ツカサの精霊としての本質、リコの聖女代理人としての加護 ―― これら三つの力が融合し、一行の周りには目に見えない保護の結界が張られていた。
そのため、キョウカの心に潜んでいた小さな悪意や迷い ―― もしそれらがあったとしても ―― 世界樹はそれらを拒絶することなく、彼女の接近を許していたのだろうか。
ツカサは一瞬、キョウカの方向に視線を向けた。読心術を使えば、彼女の心の中をはっきりと読み取ることはできるだろう。しかし、彼女はそれをしなかった。他人の心を無断で覗くことは、彼女の倫理に反することだから。
「創成女神様、聞こえますか?」
リコが世界樹に向かって声をかけた。彼女の声は震えていたが、確かな意志に満ちていた。
「創成女神様、何度も世界樹に負担をかけて申し訳ありませんが、地球からきた知人を助けるために、答えていただけませんか?」
ツカサもリコの隣に立ち、静かに呼びかけた。
「お願いします。この子を元の世界に帰す方法を……」
しばらくの沈黙が流れた。すると突然、周囲の空気が震え始めた。そこに光の粒子が舞い上がり、次第に一つの人影を形作っていった。
以前とは違い、謎の空間に包まれることはなかったが、光の塊みたいな存在が世界樹の前に現れた。
金色の髪に紫の瞳を持つ、20歳前後の女性。その存在感は圧倒的で、まさに創造主と呼ぶにふさわしい威厳を備えていた。異世界側の管理人、創成女神である。
「帰還の方法を探しています」
リコが切実に訴えた。
「彼女を元の世界に戻す方法はありませんか?」
ツカサも複雑な表情で問いかけた。
創成女神は優しいが、どこか悲しげな微笑みを浮かべた。
(お三方の願い、理解しました)
その声は、木々のざわめりのようであり、同時に遠くの鐘の音のようでもあった。
(しかし、『扉』を開けるには大きな代償が伴います)
「代償ですって?」
キョウカが前に出ようとしたが、オーデンがそっと腕を伸べて制止した。
ツカサが深くうなずいた。
「ああ、そうか……二つの異世界を繋ぐほどのエネルギーが必要なんだね。それだと確かに代償が必要になるな……」
彼女は図書館で見つけた召喚の記録の内容を思い出しながら、説明を続けた。
「リコ、実は召喚においては、その人の親しい人10人分の生命力が必要だったんだ。もちろん地球側の両親や兄弟とか、友人や恋人や夫など。親しければ親しい人ほど召喚時の犠牲として……だけど、こちら側ではたった10人分の魔力だけで済む……」
ツカサは一呼吸置き、キョウカを見つめた。
「もちろん、この話は、リコだけのことに限らない。キョウカさん、巻き込まれただけと思っていただろうけど、恐らくあなたの親しい人たちも……」
キョウカの顔が一瞬で蒼白になった。
彼女はこれまで、自分がただ巻き込まれただけの被害者だと思っていた。しかし、もしツカサの言うことが本当なら ―― 彼女の召喚のために、地球に残してきた家族や友人の誰かが犠牲になっていたかもしれないと。
待って……では、司は? ツカサは……
リコは、キョウカや自分のことよりも、ツカサももう帰れないのだと知り、彼女のことを見た。
《リコ。私はこの異世界に来る前には、先に亡くなっていたから……自分自身の命そのものが、代償の対価になっていたみたいで……》
ツカサは、リコよりもずっと以前に、この世界で生きる覚悟をとっくに済ませていたのだと微笑んでくれた。
「そっ……そんな……では、どうすれば?」
リコの声が震えた。リコ自身もまた、地球に残してきた人々 ―― 天涯孤独とはいえ、かつて関わった人々のことを考えずにはいられなかった。
創成女神が深くため息をついた。
(リコ、今の説明でわかりませんか? 異世界とこの世界をつなぐ「路」を作ることは、両方の世界に負担をかけ、バランスを危うくし過ぎるのです。特に、地球側の管理人と私との間には厳しい制約があります。何度も『扉』を作ることはできません)
「でも……もしも……そう、もしも送り出すため、帰還させるためだけなら?……そうだ。帰還させるためだけに必要なエネルギーを、聖女の全ての力を使うのなら?……」
ツカサが優しく口を挟んだ。彼女自身、チート能力を持った転生者としての力を全て注ぐ覚悟があった。
創成女神はゆっくりとうなずいた。
(ええ。ですが、今の世界樹と聖女の力をもってしても、『扉』を開けられるのはたった一人分だけです)
女神の紫の瞳がキョウカに向けられた。
(そして、一度開けた『扉』は二度と使うことはできなくなります。もちろん、もう一方の世界から誰かを召喚することも、誰かを帰すこともできなくなります)
「う~ん……過去の召喚者たちの記録も調べてはみたものの。確かに完全な『扉』を開く力は、真の聖女と世界樹の力を合わせても、一度に一人分を送り届けるのがやっとみたいだよね……」
ツカサの言葉に、キョウカの目が突然輝いた。
「一人でも! それでいいです! 私を帰してくださ ──」
「……でもそれだとリコは?……」
ツカサはリコの心の内がわかってしまい、賛成できなかった。彼女の読心術が完全に抑制されていたわけではなかった。リコの心から漏れる、複雑で切ない感情の波が、ツカサに伝わっていた。
「……待って」
リコがキョウカを制した。彼女の表情は深刻だった。
「つまり、私かキョウカさんのどちらかしか帰れないということ?」
創成女神がゆっくりとうなずいた。
(そうです。そして一度『扉』を開けば、その痕跡が残ってしまうのです。二度目を開けると、より多くの人間が巻き込まれる危険が増します。私たちは決めることにしたのです ―― 今回の帰還を最後に、『扉』を永遠に封印することを……)
その言葉が、リコの胸を締め付けた。
(私は……地球に戻るべきだろうか?)
彼女の心に、かつての生活がよみがえった。天涯孤独で、ブラック企業で心身をすり減らす日々。朝から深夜まで働き、休日も出勤し、それでも評価は低く、給料は安く、人間関係は冷たい ―― そんな人生。
(でも……)
リコはそっと横を見た。オーデンが、心配そうな表情で彼女を見つめていた。
彼との出会い、サンディ帝国で過ごした日々、亜人と人間の架け橋になろうとする自分の役割、この世界で築き始めた関係 ―― 全てが彼女の心に温かい光をもたらしていた。
この世界で、リコは初めて「生きる意味」を見つけられた気がしていた。
聖女の代理人としての責任、オーデンとの絆、ツカサとの友情、そしてこの世界で出会った多くの人々 ―― それら全てが、彼女に留まる理由となっていた。
そして何より、キョウカをこの世界に縛り付ける権利は自分にはない、とも思った。キョウカはただの、普通の女子高生なのだ。異世界召喚の物語に憧れはしたが、現実の残酷さを知らずに飛び込んでしまっただけの、無垢な ―― いや、無垢だった少女。
「わかりました」
リコは深く息を吸い、静かに宣言した。
「キョウカさんを帰してあげてください。私はここに残ります」
一瞬、空気が凍りついたような沈黙が流れた。
キョウカの顔に、安堵と喜びの色が一気に広がった。
「ほ、本当ですか? ありがとう、リコさん! 本当にありがとう!」
彼女の声は興奮で震えていた。目の端に喜びの涙が光っていた。
ツカサは複雑な表情でリコを見つめた。紅の瞳に、理解と哀しみ、そして尊敬の色が混ざり合っていた。
「リコ、本当にいいの?」
「うん」
リコはできるだけ明るい笑顔を作ろうとした。
「ここには、私の居場所があるから」
オーデンが一歩前に出た。彼の金の瞳には、深い理解と、言い表せない感情が輝いていた。
「リコ……その決断を尊重する。しかし、それが本当に其方の望みであるならば、だ」
「陛下……」
リコはオーデンの目をまっすぐ見つめ、うなずいた。
創成女神は二人を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
(では準備を始めましょう。三日後、世界樹の「マナ」が一番最高に強まる満月の夜に、『扉』を開きます)
女神の姿が次第に光の粒子となって散り、やがて消えていった。
一行は世界樹の前から聖域を後にし、帝都へと戻っていった。
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orz 当初は、出だしとざまあとラストシーンだけできていたので10話くらいかな?を目途に、半ば行き当たりばったりで書き始めたのですが10話で終わりませんでしたね…15話くらいまでかかりそうです




