9、帰還方法を探して?
◆帰還方法を探して
── リコとツカサは帝国の為に知識を惜しみなく提供し、周辺国であるウィーク小国で奴隷問題を調査していた。そこに、災害に見舞われた王国から逃亡したキョウカが接触した ──
帝国宮殿の応接室は、キョウカにとって別世界のように感じられた。
大理石の床、高い天井に描かれた天井画、窓から差し込む柔らかな光 —— すべてがムーン王国の重苦しい宮廷とは対照的だった。
「お風呂、気持ちよかった……」
キョウカは帝国の侍女たちに用意された淡いピンクのドレスを身にまとって、ソファに深く沈み込んでいた。三時間も湯船に浸かり、髪も肌もかつての輝きを取り戻しつつあった。
扉が開き、オーデンとセレニウスが入ってきた。
キョウカは慌てて立ち上がり、ぎこちないお辞儀をした。
「この人が……皇帝様……」
「どうかお楽に」
セレニウスが優しく微笑んだ。
「クニコ様から事情は伺っています。まずは落ち着かれてよかった」
オーデンはキョウカを一瞥し、リコの方へ視線を向けた。彼の金の瞳には、複雑な感情が浮かんでいた —— 同情と警戒が混ざり合っている。
「ムーン王国の状況は、我々も把握している」
オーデンが低い声で言った。
セレニウスが前に進み出た。
「キョウカ様、一つお聞きしたいのですが……テュルズ魔術師たちの監視の目をどうやってかいくぐられたのですか?」
キョウカは目を伏せた。
「……それは、民衆が王宮に押しかけてきて、お城の兵士や使用人たちがその対応に追われている隙に、メイド用の服装に着替えてメイドに化けて使用人の振りをして……王様や司祭様、テュルズ召喚士達たちもその日、対応に追われて忙しかったようなので……」
「キョウカさん。それだけではないのですよ。テュルズは【名前拘束呪術】のスキル持ちなんです。そのスキルを掛けられていれば、逃げ出してこれなかったはずだと言ってるんですよ」
ツカサがキョウカに厳しい目を向けた。
「え! ……じゃあ、私、名前を名乗ってたのは、悪手だったってこと?……
あれ?……じゃ、じゃあ、もしかして、クニコさんは本当の名前ではなくて……」
しかしキョウカは心底、びっくりしながらも、リコが偽名を名乗ったかもしれない可能性に気づいてしまったようだ。
「う~ん? ああ……どうやら、初級でも魅了スキルで相殺してたみたいですね。免れてよかったですね。でも陛下や宰相閣下に対してまで魅了スキルを使うのはやめた方がいいですよ?
ああ、それと。クニコ様は確かに偽名を名乗りました。本当のお名前はリコ様と言います」
え? ちょっとお! セレニウス宰相だけでなく、私のオーデン様に変なスキル使わないで~っ!
とリコは平静を装いながらも焦った。しかも、名前については、リコの本名じゃなくあだ名みたいなものなのに、と疑問に感じたが、ツカサは読心術でキョウカから何か不穏に思ったのかと納得した。
リコのそれらの心情を知ったツカサは、笑いを堪えていた。
《セレニウス宰相は、ハイエルフだから問題ないし。オーデン陛下も魅了にも対抗できる神聖力の持ち主だから大丈夫だよ。それに、誰かを一途に思ってると、効きにくいから》
誰かって? ……あ……
リコはすかさず恥ずかしくなった。
「あ~……私は確かに、リコと言うのが本当の通り名です。キョウカさんには、テュルズ召喚士の能力の事を教えずに黙っていたせいで、結果的に騙したみたいになってごめんなさい」
よし! 嘘は言ってないはずだ。
「なるほど……先程から妙な魔法を使われてたのはそれだったのですねえ。ですが私は鈍感なので魅了を使われても、気付きませんでしたよ~」
セレニウスは神妙な顔でうなずきながらも、セリフが伴ってないところがすごい。
「それにしても、どうやって、クニコ様、いえリコ様のいた小国までたどり着けたのですか? あの国まではかなりの距離があります」
「魅了は、無意識に使っちゃうんです。ごめんなさい。使わないように意識しますから。
それと、クニコさん……いえ、リコさんですね。リコさんが、司祭様の能力について黙っていたのは、当然のことでしょう。私はあの時にリコさんが、自分も聖女だと言い出すのではないかと、敵意しか持っていなかったのは確かでしたから。
今、思うと、王子様達のことを独り占めしたい、幼稚な独占欲と子供じみた真似をしたと反省してますから。
それから村へたどり着いた方法ですね? 私の場合は、ただ……きっと本当に運が良かっただけみたいです」
キョウカの声がかすれた。
「たまたま逃げ出した時、通りかかった商人の荷車に隠れることができて……三日間、ほとんど何も食べれないままだったけど……」
その時、部屋の隅からツカサの声がした。
「── 魅了は、本来は第一印象で好意を持たせる程度のスキルですからね。そのために使う分には構わないんですよ。そのことは、いいとして。ところで、キョウカさん。本当の目的は何ですか?」
空気が張り詰めた。
キョウカの顔が歪んだ。
「リコさんが帝国で力をつけているって聞きましたから! 私も力が欲しいと考えたからです。あの王国に復讐したいの。私をあんなふうに追い詰めた人たちに、一泡吹かせてやりたいだけなんです!」
その言葉に、応接室の空気が一瞬凍りついた。
《やっぱり……キョウカは正義感じゃなく、ただの復讐をしたいだけのようだね……かつての聖女たちが搾取されたのと同じように、今度は彼女が加害者側に回ろうとしているのに》
ツカサの念話がリコの心に刺さった。彼女はキョウカの目をじっと見つめた。確かにそこには、純粋な正義感ではなく、歪んだ復讐心が燃えていた。
《リコ、彼女は……王国での立場を利用して、亜人を差別する側に回っていた時期もあるようです。今の言葉には、本当の反省よりも、都合の悪い過去からの逃避願望が強く出ています》
ツカサの言葉が、リコの迷いを断ち切った。
「キョウカさん」
リコは静かに言った。
「私はあなたを助けます。でも、復讐のためではありません。あなたが本当に望んでいることを見つけるための手助けをします」
「でも……でも、あの人たち……私を利用しただけじゃないですか! 王様もテュルズも司祭様も……最初は優しかったけど、私が『聖女』じゃないって知られたら、きっと……」
「憎しみは、憎しみしか生みませんよ」
リコはキョウカの肩に手を置いた。
「私たちができることは、この世界を少しでも良い場所にすることです。あなたも、その力を持っているはず」
オーデンが口を開いた。
「リコの言う通りだ。我々は今、周辺諸国との和平と、亜人との共存を目指している。その過程で、ムーン王国の真実も明らかになるだろう」
「でも私……ただ帰りたいだけなんです! 日本に! このおかしな世界から!」
彼女はリコの方へ駆け寄った。
「リコさん、お願い! あなたこそが聖女なのでしょう? あなたなら、きっと異世界に帰る方法を知っているはずでしょう? だったら私を連れて帰ってよ! 一緒に帰りましょうよ!」
リコの心が揺れた。同じ地球から来た者。同じ苦しみを味わった可能性のある者。しかし……
オーデンがゆっくりと立ち上がった。
「リコ、少し時間を与えてあげようではないか。彼女のことは帝国で保護する。しかし、今の彼女の状態では、何を決断するにも早すぎるようだ」
セレニウスが付け加えた。
「キョウカ様、まずはここで休まれてはいかがでしょうか? その後、ご自身の進む道をゆっくりと考えるのも、よろしいかと?」
キョウカはリコの瞳を見つめた。そこには、かつて自分がムーン王国で見せていた「聖女のふり」とはまったく異なる、真実の優しさと強さがあった。
「……わかったわよ」
彼女は小さくうなずいた。
「でも……リコさん、一つだけ約束して。もし帰る方法が見つかったら……私にも教えてよね」
「約束します」
キョウカは涙ながらにうなずき、セレニウスに連れられて部屋を後にした。
応接室にリコとオーデン、ツカサだけが残った。
オーデンがリコのそばに歩み寄り、そっと彼女の肩に手を置いた。
「悩んでいるのか?」
リコは深く息を吸い込んだ。
「彼女を助けたい……でも、彼女が求めているのは本当の救いじゃないような気がする。ただの逃避か、復讐の機会だけを求めている」
「人間は弱い生き物だ」
オーデンの声は深く優しかった。
「恐怖と絶望の中では、誰でも正しい判断ができなくなる。彼女には時間が必要だろう」
ツカサが一歩前に出た。
「リコ、二つ提案があります。
一つは、これはセレニウス宰相閣下から、最初に私達がこの国に来た時に助言してくれた言葉ですが。元の世界へ帰りたいのなら、その方法を探すために助力は惜しまないと言ってくれましたよね。ですから、陛下の許可を得て、歴代の召喚者たちの記録や手記や日記、何でもいいので、召喚者たちに関する資料から、元の世界へ帰還できる方法を探し出すこと。
もう一つは、これは、世界樹に負担をかけるため、何度もできない方法です。
つまり最終手段としてですが、世界樹ユグドラジルに力を借り、もう一度創成女神様と対話する方法。もちろん、あの聖樹自体もこの世界のあらゆる記憶と知識を持っているから、女神さまに会えなくても、何かのヒントを授けてくれるかもしれないし。
キョウカさんを元の世界に帰す方法があるのか、あるいは……彼女が本当に必要としているものが何なのか、教えてくれるかもしれません」
リコの目が輝いた。
「そうね……世界樹なら何かわかるかもしれない。でも先ずは、陛下。歴代の召喚者たちの記録を見る許可をください」
オーデンはリコの手を握った。
「今までそのような要求をした召喚者がいなかったのが、不思議なくらいだ。むろん、セレニウスが確約したように、大図書館の禁書庫の閲覧を許可しよう。
それと、もし世界樹へ行くことがあるのなら、我も同行する。世界樹の聖域には少しでも悪意や邪気があると近づけぬから、護衛騎士をつれていけないからな」
「でも、皇帝陛下がそんな何度も外出するなんて……」
リコが心配そうに言いかけると、オーデンは微笑んだ。
「気にするな。優秀な宰相や部下たちがいるのだ。むしろ、うるさい我がいない方が執務が進むだろう。それに其方と共に旅ができるなら、これ以上ない喜びだ」
その言葉に、リコの頬がほんのり赤らんだ。ツカサはそっと目を逸らし、口元に微笑みを浮かべた。
《あ~あ~、勝手にやってろよ……でも、やっと本題の恋愛イチャイチャが始まるかな……でもまずは歴代召喚者たちの記録からか》
リコはオーデンの温かい手のひらを感じながら、決意を固めた。キョウカを助けるために、大図書館の禁書庫へ向かう。そして、この世界と地球を繋ぐ真実を探ろうと ――
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