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悪役継母に転生したので、継娘と組むことにしました  作者: 九葉(くずは)


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3/10

第三話 同じ色の封蝋

十六日の夜、納屋の錠は開いていた。


わたくしは中へ入らず、母屋の二階の窓から見ていた。マリカが隣で、同じ角度で外を見ている。子どもを夜更かしさせている自覚はあったが、追い返したところでこの子は自分の部屋の窓から見るだけである。


「出てきました」


「何を持っています」


「麻袋が二つ。片方が軽い」


暗がりで判別できる目をしている。使用人頭のバルトは袋を荷車に載せ、布をかけ、それから納屋の錠を丁寧に下ろした。丁寧なのは、盗んでいる者の手つきである。慌てる者は錠をかけ忘れる。


「明日の朝、帳面を見ます」


「載っておりませんよ」


「載っていないことを確かめるために見るのです」


マリカが少し黙り、それから小さく息を吐いた。呆れたのか感心したのか、判断がつかない音だった。


翌朝、帳面には何も載っていない。十六日の欄は空白で、十七日の欄には麦の仕入れだけが書いてある。数字は整っていた。整いすぎている帳面は、書いた者が何かを避けている。


その日の午後、わたくしはバルトを呼び、屋敷の書庫の目録づくりを命じた。三日はかかる仕事である。彼が書庫にいる三日間、彼の部屋は空になる。


「目録は、グスタフ様のご指示でございましょうか」


そう聞いてきた。この屋敷では、指示の出どころを確かめてから動く習慣がある。


「わたくしの指示です」


バルトは一度だけこちらを見て、それから承知しましたと言った。承知の言い方が、伝票を受け取るときの声だった。


「奥様」


ハンナが鍵束を持ってきた。侍女頭が持つべき鍵を、なぜかバルトが預かっている。それ自体が答えのようなものだった。


「使用人頭の部屋に入るのは、規則の上ではよろしくないかと」


「規則を作ったのは誰です」


「……グスタフ様でございます」


「では規則を確認する必要はございませんね」


ハンナが鍵束を差し出した。渡すまでに一拍あったが、渡す手は震えていなかった。


バルトの部屋は片づいている。寝台の下に酒瓶が三本。棚に領収の控えが数束。それから、寝台と壁の隙間に、木の箱。


「鍵はかかっておりません」


マリカが先に開けた。止める暇がなかった。


中にあったのは、手紙の束である。


紐で十本ほどにまとめられ、封は切られていない。表書きの字は太く、角ばっていて、筆圧が強い。紙が少し反っている。


「父の字です」


マリカの声から、抑揚が抜けた。


わたくしは束を一つ手に取った。宛名は、ユリアーナ・ヴァレンダール。


次の束を取る。マリカ・ヴァレンダール。


その次も。交互に、几帳面に、同じ数だけ。


「何通あります」


「数えます」


マリカは床に座り込み、束を解いて並べ始めた。日付順である。誰にも教わっていない並べ方を、この子は自分でやる。


数え終えるのに、四半刻かかった。


三百十二通あった。


三年は百五十六週になる。宛先が二つで、週に一通ずつ。掛ければ三百十二。一度も欠けていない。


わたくしは一通の封を切った。


紙は一枚。文字は一行だけだった。


「そちらは息災か」


それだけである。日付と、署名。末尾の跳ねが、紙を破りそうな角度で上がっている。


次を開けた。


「雪が早い。薪を早めに」


その次。


「息災か」


その次。


「屋根の南側を見ておけ」


一行。ずっと一行。三年分、全部が一行だった。


「愛想のない人です」


マリカが言った。膝の上で自分宛の束を抱えている。抱え方が、さっきまでと違っていた。


「開けますか」


「……いいえ。まだ」


「そうですか」


「順番に開けます。三年ぶんを一日で読むのは、もったいのうございますので」


そう言って、束を胸に押しつけたまま動かなくなった。


もったいない、という言葉をこの子が使うのを初めて聞いた。取っておく価値のあるものを、この三年、一つも持っていなかったからだと思う。


わたくしは自分の分を並べ直した。並べているうちに、指先が止まった。


封蝋である。


一通めの蝋は、濃い赤茶だった。二通め、三通め、同じ色。十通め、五十通め、百通め。


同じ色だった。


「マリカ」


「はい」


「封蝋の色を見てください。あなたの分も」


マリカが顔を上げ、それから束をめくり始めた。一通、二通、十通。速さが上がっていく。


「同じです」


「三年ぶん、全部ですか」


「全部です」


蝋は消耗品である。棒を溶かして使い切れば、次は別の棒になる。染料の配合が違えば色が変わる。三年のあいだに一度も色が変わらないということは、同じ棒を使い続けたか、あるいは、一度に大量に押されたということになる。


辺境の守備隊長が、三年分の手紙を一日で書いて、一度に押したというのなら。


そんな暇のある職務ではない。


「お継母さま」


「はい」


「これは、父が出したものでしょうか」


問いの意味が、二重になっていた。この束が本物なら、父は三年間ずっと娘に手紙を書いていたことになる。偽物なら、父は一通も書かなかったことになる。


どちらであってほしいかを、この子は口に出さない。


「確かめます」


「どうやって」


「本物なら、届かなかった理由があります。偽物なら、作った者がいます。どちらにしても、間にいる人間が同じだからです」


マリカが手紙の束を膝に戻した。


窓の外で、書庫のほうから鍵の音がした。バルトが書庫を出た音である。三日はかかる仕事を、一日で切り上げたらしい。


わたくしは箱を閉め、元の位置へ戻した。手紙は一通も持ち出さなかった。マリカが自分の分の束から一通だけ抜いて袖に入れたのを見たが、何も言わなかった。


部屋を出て、鍵をかける。ハンナが廊下の端で待っていた。


「奥様。バルトが戻ります」


「ええ」


「お顔の色が」


「悪いですか」


「いいえ。三年ぶんの怒りを、今から数えるお顔でございます」


「数えても、まだ足しません」


「足さないのでございますか」


「足すのは、全部並べ終えてからです。順序を間違えると、取りこぼします」


ハンナが、ほんの少し口元を緩めた。この屋敷に来て、この人の笑うところを初めて見た。


わたくしは自分の頬に手を当てる。冷たい。


その夜、自室の卓に一通だけ広げた。バルトの部屋を出るとき、わたくしも一通抜いている。人のことは言えない。


一行だけの手紙を、灯りに近づける。


そちらは息災か。


三年間、わたくしは一度もこの人から便りがないことを、そういう人なのだと理解していた。理解して、納得して、それ以上考えないようにしていた。考えないほうが、屋敷が回ったからである。


蝋の縁を爪の先でなぞる。乾いてから長い時間の経った、硬い感触がした。


封蝋の色が、三年分すべて同じだった。

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