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悪役継母に転生したので、継娘と組むことにしました  作者: 九葉(くずは)


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2/10

第二話 共犯の条件

朝の食堂に、椅子が二つ引いてあった。


マリカは扉の内側で足を止め、卓の上を確かめてから、それから壁際に立った。


「座りませんか」


「毒の有無を確かめております」


「入っておりません」


「入れる方が、そう仰らないはずがございませんので」


理屈としては正しい。わたくしは自分の皿から一匙すくって口に入れ、噛み、飲み込み、匙を置いた。それから同じことをマリカの皿でもした。


マリカが目を細めるでもなく、ただ観察している。値踏みではなく、記録に近い視線だった。


「五つ数えます」


「どうぞ」


「一、二、三、四、五。倒れませんね」


「遅効性ということもございますが」


「ではその話は、明日の朝にいたしましょう」


マリカが椅子を引いた。座る前に、椅子の脚の位置を少しだけ手前へずらす。逃げやすい角度である。この子はいつでも席を立てるようにして座る癖がついている。


粥は温かかった。今朝の分は、厨房が新しく炊いたものである。


食べている間、マリカは何も言わない。匙の音だけがする。三口めで速さが変わり、五口めで、皿を持つ左手の位置が下がった。前世の面談でも、警戒が解けた人間は最初に手の位置を変える。


「お継母さま」


「はい」


「なぜです」


来た、と思った。


わたくしは献立表を卓に置いた。今朝厨房へ渡した紙の控えである。人数の欄に、二と書いてある。


「わたくしは、あなたを追い出す役を割り振られております」


マリカの匙が止まった。


「叔父様のご計画です。あなたを後継から外し、リゼットの筋を入れる。その実行役がわたくしで、三年かけて仕込みが進んでおりました。食事も、部屋も、教師をつけないことも、全部その一部です」


「存じております」


答えが早かった。


「昨年の秋には」


「もっと前から。父が発つ前からです」


十二歳の口から出る言葉ではない。この子は三年、誰にも言わずにそれを抱えて、隅の部屋で膜の張った粥を食べていた。


この子は状況を知っていて、なお毎朝あの部屋へ戻っていた。逃げなかったのは、逃げ場がないからだ。


わたくしは匙を置いた。


「その役、辞退いたします。代わりに、あなたと組みたいのですけれど」


食堂が静かになった。


窓の外で、庭師が枝を落とす音がした。二回。それから止まった。


「組む」


マリカが繰り返した。言葉の重さを量っている口ぶりだった。


「言葉のとおりです。叔父様の計画を、内側から止めます。わたくし一人では無理です。わたくしはこの屋敷の中を知りません。三年いて、何も知らないまま指示だけ出しておりました」


「知らないというより、見なくてよいことになっていたのでは」


そのとおりである。反論の材料がない。


「あなたは何を差し出せます」


「わたくしの署名です」


マリカの眉が、はじめてわずかに動いた。


「この家の書類は、当主が不在の間、すべてわたくしの手が代わりに書いております。叔父様の計画は、わたくしの手を通らないと紙になりません。わたくしが書かなければ、動きません」


「では、なぜ今まで書いていたのですか」


「書くものだと思っておりました」


言い訳にもならない答えを、そのまま渡した。取り繕えば、この子は一生こちらを信用しない。


マリカは長く黙った。それから匙を置いて、両手を膝の上へ戻した。


「条件がございます」


「伺います」


「一つ。わたくしを守らないでください。庇われた子どもは、次に一人になったとき何もできません。言うべきときは、わたくしが自分で言います」


「承知しました」


「二つ。嘘をつかないこと。都合の悪いことも言うこと。慰めのために順序を変えないこと」


「承知しました」


「三つ」


そこで少しだけ声が止まる。膝の上の手が、袖の縫い目を一度だけ折り返した。


「途中でやめないでください。やめるなら、今この場でやめてください」


三年の内訳が、その一言に全部入っていた。


わたくしは献立表を取り、人数の欄の下に、新しく一行足した。日付を書き、その隣に自分の名を書く。夫の名ではなく、ユリアーナと書いた。この家に来て初めて、自分の名前を書類に書いた。


「では、こちらからも一つ」


「どうぞ」


「わたくしのことは、まだ信用なさらないでください。信用は、結果が出てからで結構です」


マリカの口の端が、ほんのわずかに動いた。笑ったのかどうか、判断がつかない程度である。


「共犯ですね」


「そうなります」


「悪くない言葉です」


食事のあと、マリカが玄関脇の柱の前で立ち止まった。太い樫の柱で、屋敷の中で一番古い部分だと聞いている。


「母が、ここに刻みをつけておりました」


指の先で、柱の腹を撫でる。目を近づけると、うっすらと横に一本、傷が残っていた。木の繊維がささくれて、指に引っかかる。


「三年前の分で止まっております」


「続けますか」


マリカが顔を上げた。


わたくしは小刀を取ってきて、渡した。自分で持たせるほうが早いと思ったからである。マリカは背を柱につけ、頭のてっぺんに刃の背を当て、手探りで一本引いた。


古い傷から、手のひら一つぶん上だった。


「伸びましたね」


「三年ぶんです」


「では、来年も測りましょう」


マリカは小刀をわたくしに返し、それから、返した手をすぐには引っ込めない。何か言おうとして、やめた形の手である。


「刻みは、去年の分がありません」


「来年から二本刻めばよろしいでしょう」


「そういう計算はいたしません」


生真面目な子だった。柱に手のひらを当てて、木の冷たさを確かめるように少し押してから、離した。


「ハンナを呼んでいただけますか」


「なぜです」


「使用人頭が、毎月十六日の夜に納屋へ行きます。荷が出るのは十七日の朝で、帳面には載りません。三年、一度も欠けたことがありません」


淡々とした報告である。この子は三年間、隅の部屋から屋敷を数えていた。誰に渡すあてもないまま、ただ数え続けて。


「よく見ていましたね」


「ほかにすることがございませんでしたので」


その言い方に、わたくしは何も返せなかった。


ハンナが呼びに応じて来たとき、マリカは自分の口でもう一度、同じ日付と同じ時刻を繰り返した。ハンナの顔から表情が抜けていくのが分かる。知っていた者の顔である。


「奥様。わたくしは、三年前から見ておりました」


「言わなかったのですね」


「言う相手が、おりませんでしたので」


この屋敷では、誰もが誰かの計画の下で黙っている。黙っていることが仕事のようになっていた。


「これからは、わたくしに言ってください」


ハンナは頭を下げ、下げたまま少し長くいる。それから顔を上げ、マリカの空になった皿を下げていった。


戸口でマリカが振り返る。


「お継母さま。明日の朝も、二人分ですか」


「ええ。明後日もです」


「では、毒の話は明日にいたします」


そう言って、廊下の暗いほうへ歩いていった。足音が途中で軽くなる。


共犯という言葉を、マリカは気に入ったらしかった。

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