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冷えた灯具

 日が落ちる頃には、街道の人通りも少なくなっていた。

 北へ向かう道は白い。

 踏み固められた雪の上を、荷車の跡だけが長く続いている。


「……この辺でいいか」

 ノアは小さく呟き、足を止めた。

 街道脇には、風を避けられそうな岩場がある。

 慣れた手つきで荷を下ろし、鞄から丸めた薄布を取り出して地面へ広げる。

 縁へ刻まれた刻印が淡く光り、吹き込んでいた風が少し弱まった。

 エルが小さく目を瞬く。

「……風、ない」

「防風布。雪道だと必須」

 短く答えながら、今度は小さな金属板を取り出して地面へ置く。

 中央の刻印を軽くなぞると、ぱち、と小さく火が灯った。

 淡い熱が広がる。

 エルが火を見る。

「……火?」

「火起こし刻印。薪なくても使える」

 便利だけど、燃費は悪い。

 心の中で付け足しながら、ノアは火の上へ小鍋を置き、雪を放り込む。

 白い塊が少しずつ溶け、水へ変わっていく。

 エルは火の揺れる刻印を、じっと見つめていた。


 夜は静かだった。

 聞こえるのは、風の音くらいしかない。

 ノアは灯具を脇へ置き、地図を広げる。

 火と違って、灯具は長く安定して使える。

 旅では便利だった。

「……遠いな」

 小さく呟く。

 仮面の街までは、まだ数日ある。

 祭りに人が集まるなら、聞き込みはしやすい。

 でも。

 ディオンが、本当にそこにいる保証はなかった。


 ノアは地図を閉じる。

 その時だった。

 灯具の光が小さく揺れ、次の瞬間には落ちた。

 途端に冷気が入り込む。

 向こうで、布の擦れる音がした。

 エルが小さく肩を縮める。

「最悪」

 ノアは灯具を持ち上げ、軽く振った。

「冷えで刻印止まったか……」

 刻針を取り出す。

 だが、指先も冷たい。

 力がうまくが入らない。

「……すぐ直す」

 そう言いながら、隣を軽く叩く。

「エル、こっち。寒いでしょ」

 ノアは灯具を覗き込みながら、刻針を動かした。

 エルは少しだけ迷ってから、静かに隣へ座る。

 肩が触れた。

 ノアは視線を向けないまま、灯具の刻印を覗き込んでいる。

 しばらくして、ぱち、と小さく音が鳴った。

 灯具へ光が戻る。

「あー、直った」

 ノアは小さく息を吐いた。

 暖かい光が広がる。

 エルは少しだけ視線を落とす。

 でも、すぐには離れなかった。


―――


 翌日。

 祭りへ向かう荷車が増えていた。

 道が狭い。

 人の声と車輪の音が重なる中、ノアは人の隙間を抜けながら進んでいた。

 少しして、ふと気づく。

 後ろの足音が聞こえない。

 ノアは足を止め、振り返った。

「……エル?」

 人混みの向こう。

 荷車に道を塞がれ、エルが少し離れた場所で足を止めていた。

 妙に顔色が悪い。

 人の流れに押されながらも、こちらを見ている。

 ノアは少し眉をひそめた。

「何してんの」

 近づきながら言う。

 エルはすぐには答えなかった。

 それからようやく、こちらへ歩いてくる。

 足取りが少し速い。

 ノアの近くまで来て、ようやく小さく息を吐いた。

「……はぐれたかと思った」

 掠れた声だった。

 ノアは一瞬だけ目を瞬く。

「いや、そこまで離れてないでしょ」

 本気でそう思った。

 エルは何も言わない。

 ただ、ノアの服の端を小さく掴む。

 離れないようにしているのが分かった。

 ノアは少しだけ眉を下げた。


 荷車が横を通り過ぎる。

 祭りへ向かう人の流れは、まだ北へ続いていた。

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