会いたい人を映す鏡
この町にもいない。
何度目かの聞き込みを終え、ノアは小さく視線を落とした。
「見てないね」
「最近は来てないな」
返ってくるのは、似たような答えばかりだった。
長髪の技師。
無愛想で、腕がいい。
特徴を伝えれば、「見たことあるかも」とは返ってくる。
けれど、その先が続かない。
最後に声をかけた男が、少し考えてから口を開いた。
「探してるなら、広場行ってみな」
「広場?」
「変な鏡があってさ」
男は肩をすくめる。
「会いたい相手に会えるらしい」
ノアは一瞬だけ黙った。
「……そんな都合いいもんあるわけないでしょ」
男は笑う。
「まあな。でも、みんな行くんだよ」
それだけ言って手を振った。
ノアは小さく息を吐く。
「……まあ、見るだけなら」
そう呟き、広場へ向かった。
―――
広場の中央には人だかりができていた。
その中心に、古びた台と鏡が置かれている。
鏡は大きくもない。
装飾も少なかった。
それでも、前には列ができていた。
泣いている女。
黙ったまま立ち尽くす男。
誰も、鏡の前からすぐには離れない。
ノアは少しだけ眉をひそめた。
近づき、縁へ刻まれた細い線を見る。
古い型だった。
継ぎ目も荒い。
それでも、動いている。
「会えるのよ」
近くにいた女が言った。
「何に」
「会いたい人に」
ノアは鏡へ視線を向ける。
干渉はできない。
映像だけを引き出している。
そういう作りに見えた。
「……どういう仕組みなんだ、これ」
小さく呟き、列の後ろへ並ぶ。
順番はゆっくり進んでいた。
誰も話さない。
鏡の前に立った男が、何かを口にしている。
けれど、声は聞こえなかった。
隣にいた女が、小さく息を呑む。
「……いる」
縋るみたいな声だった。
ノアは視線を外す。
こういうのは嫌いだった。
期待だけさせて、最後には何も残らない。
やがて順番が来る。
ノアは前へ出て、鏡の縁へ指を滑らせた。
刻まれた線を目で追う。
様々な刻印が組み合わされていた。
記憶。
感情誘導。
投影。
補助刻印で、像を固定している。
そこまで見て、ノアは目を細めた。
「……自分の記憶、写してるだけか」
刻印から手を離す。
それ以上見る意味はなかった。
どうせ、本物じゃない。
ノアはそのまま踵を返しかけた。
その時だった。
視界の端に、何かが映る。
足が止まった。
ノアはゆっくり振り返る。
鏡の中に、見慣れた姿が立っていた。
長い髪。
黒い外套。
壁にもたれ、静かにこちらを見ている。
「……師匠」
声は返らない。
分かっていた。
本物じゃない。
それでも、目を逸らせなかった。
ノアは手を伸ばす。
指先が鏡へ触れた。
冷たい。
それ以上は進まない。
もう一度触れても、同じだった。
ノアはゆっくり手を下ろす。
その場から、すぐには動けなかった。
たった数日だ。
なのに、もうずっと会っていない気がする。
鏡の中のディオンは、何も言わない。
ただ静かに、そこにいるだけだった。
―――
ノアは鏡から離れ、路地裏へ出る。
風が頬に当たり、小さく息を吐いた。
振り返った先では、まだ広場に人が集まっていた。
誰も離れない。
鏡の前では、今も同じことが繰り返されている。
ノアは目を細めた。
「……会わせる気ないなら、見せなきゃいいのに」
それから歩き出し、少し進んだところで足を止めた。
気配がある。
振り返ると、少年が立っていた。
目が合った瞬間、すぐに逸らされる。
半袖の服から伸びた腕は細かった。
骨が浮いて見える。
「……何」
少年は答えない。
代わりに、小さく腹の鳴る音がした。
視線が揺れる。
ノアは小さく息を吐いた。
「……食べてないでしょ」
返事はない。
でも、否定もしなかった。
ノアは少しだけ黙る。
昔の自分も、たぶんこんな感じだった。
「……ついてくる? 夕食だけならいいけど」
少年が顔を上げた。
「……いいの?」
「……余るし」
ノアはそれだけ言って歩き出す。
少し遅れて、後ろから足音がついてきた。
ノアは振り返らなかった。




