表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

帰還

 扉を開ける。

 冷えた空気がわずかに揺れ、閉ざされていた工房の匂いが流れ出した。

 中は、ほとんど変わっていない。

 机の上へ散らばった工具。

 積み上げられた部品。

 途中まで刻まれたまま放置されている刻印板。

 見慣れた景色だった。

 ノアは静かに靴を脱ぎ、ゆっくり中へ入る。

 床板が小さく軋んだ。

 その瞬間だった。

 奥に、人の気配がある。


 ノアはゆっくり視線を向けた。

 作業台の前に、誰かが立っている。

 長い髪。

 細い背中。

 見慣れた姿だった。

 何度も追いかけた背中だった。

「……ノア」

 声がする。

 その人が、ゆっくり振り向いた。

 顔が見える。

 息が止まった。

 間違えるはずがない。

 胸の奥で、何かが大きく揺れた。


「……帰ってきた」

 零れるみたいに、言葉が落ちた。

 それ以上、何も出てこない。

 近づけなかった。

 足が動かない。

 目の前にいるのに、どうやって距離を詰めればいいのか分からなかった。

 ノアは喉を鳴らす。

「……名前」

 声が、掠れる。

「……どっち」

 その人は少しだけ目を伏せた。

 短い沈黙。

 それから、静かに口を開く。


「……エルディオン」


 一瞬、息が詰まった。

 その名前で、全部が繋がる。

 追いかけていた人。

 隣にいた人。

 全部、同じだった。

「……何だ、それ」

 笑ったつもりだった。

 けれど、声は震えていた。

 視界が滲む。

 頬を伝ったものが落ちて、そこでようやく、自分が泣いていることに気づく。

 止まらなかった。

 なのに、笑ってしまう。

 肩が震える。

 ずっと追いかけてきた。

 ずっと隣にいた。

 気づかなかった。

 分からなかった。

 そんなの、反則みたいだった。


 それでも。

 ちゃんと、そこにいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ