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止まった時計

 風が、崩れた廃教会を抜けていた。

 屋根は半分以上落ち、残っている壁もひび割れている。

 砕けた石が床へ散らばり、祭壇だった場所は瓦礫に埋もれていた。

 ノアは入口の前で足を止める。

 隣で、エルも静かに視線を上げた。

「……ここ?」

 ノアは崩れた教会を見上げたまま、小さく息を吐く。

「小さい頃、ひとりになりたい時、よく来てた」

 それだけ言って、中へ入った。

 足場を選びながら進む。

 崩れた石。

 倒れた木材。

 視線を動かす。

「……ここだと思ったのに」

 瓦礫の奥を見つめる。

「師匠、いないね」

 自分でも分かるくらい、声が落ちていた。

「……何か、残ってるかも」

 隣で、エルが周囲を見回していた。

「痕跡とか」

 ノアは短く頷く。

「……手分けしよう。私、こっち」

 手近な瓦礫の方を示す。

 エルは小さく頷き、そのまま反対側へ向かった。


 瓦礫を避けながら進む。

 崩れた石をどけ、埋もれた棚の残骸へ視線を落とす。

 だが、残っているのは崩壊の跡ばかりだった。

 砕けた木材。

 崩れた長椅子。

 風に削られた古い刻印。

 どこにも、人の気配はない。


 しばらく探したあと、ノアはふと顔を上げた。

「……エル?」

 返事はなかった。

 視線を巡らせる。

 崩れた祭壇。

 割れた窓。

 雪の吹き込む通路。

 いない。

 エルがさっきまでいた方向へ目を向ける。

 雪の上に、足跡が残っていた。

 瓦礫の奥へ続いている。

 その先で、不自然に途切れていた。

 ノアの眉がわずかに寄る。

 嫌な感覚が走った。

 足跡の消えた場所へ近づく。

 そこで、何かが雪の上に埋もれているのが見えた。


「……なんだ、これ」

 拾い上げる。

 焦げた懐中時計だった。

 表面は煤け、金属の縁も黒く焼けている。

 ノアは手の中で重さを確かめ、そのまま蓋を開いた。

 針は止まっている。

 ただの壊れた時計に見えた。

 裏返しかけた、その瞬間だった。

 見覚えのある線が、目に入る。

 繋ぎ方。

 無駄の削り方。

 師匠の刻印の癖。

 ノアの指が、無意識にその線をなぞった。

 刻印を追う。

 記憶。

 移動。


 そして――

 過去。


 ノアの手が止まった。

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