火のそばで
夜は冷え込んでいた。
焚き火が、小さく揺れている。
乾いた枝が爆ぜ、赤い火の粉が闇へ弾けた。
ノアは火を見つめたまま、枝先で薪を軽く崩す。
焚き火を挟んで、エルが膝を抱えて座っていた。
けれど、さっきから互いにほとんど口を開いていない。
「指輪のとき」
不意に、エルが口を開く。
「勝手に見ちゃって、ごめん」
ノアは顔を上げなかった。
視線を落としたまま、火へ枝をくべる。
「謝るのは違うよ。あれは、暴発しただけ」
短く、それだけ言う。
また、沈黙が落ちた。
「その時に」
エルが静かに続ける。
「助けられてるの、見た」
ノアの指先が、ほんのわずかに止まった。
「こういう、雪の日に」
赤い光が、伏せられた睫毛の影を揺らしていた。
ノアは火を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……そうだよ」
短く答える。
「助けられた」
焚き火の向こうで、エルが静かに言った。
「その人、貴方にとって大切な人なんだね」
すぐには答えられなかった。
揺れる火を見ていると、あの日の雪の匂いまで蘇りそうになる。
「……うん」
ようやく、小さく頷く。
「この仕事、選んだのも、その人の影響」
ぽつりと零す。
「凄いんだよ」
ノアは目を細める。
「ちゃんとした道具がなくても、その場で形にして、間に合わせる」
「瓦礫もどかして、足も固定して。それで、生きてる」
静かに続ける。
「それ見て、これやろうって思った」
そこまで言って、ノアは口を閉じた。
言葉の続きを探すみたいに、指先で枝を転がす。
「僕を拾ったのも」
向こう側から、エルの声がする。
「その人の影響?」
ノアは火を見つめたまま、言葉を止めた。
「……そうかも」
答えながら、指先を軽く握る。
指先から、熱が離れていく気がした。
「……でも」
続きが、うまく出てこない。
ノアは火のそばへ置いていた手を引き、ゆっくり息を吐いた。
「無理に、ついてこなくてもいいよ」
薪が崩れ、赤く染まった炭が小さく転がった。
エルは膝を抱え直した。
けれど、返ってきた声は揺れていなかった。
「僕がそうしたいから、そうしてる」
短く、はっきりした声だった。
ノアは少しだけ視線を上げる。
火越しにエルを見る。
ほんの一瞬だけ。
「……そっか」
小さく呟く。
その時、自分でも気づかないうちに、口元が少しだけ緩んでいた。
「……ありがとう、エル」
しばらく、どちらも口を開かなかった。
ノアは頬杖をつきながら、ぼんやり火を見ている。
「……ああいうのって」
エルがぽつりと言う。
「どうやって書くの」
ノアは一度だけ視線を上げ、それからまた火へ戻した。
「……弟子入り?」
軽く返す。
冗談半分だった。
けれど、エルは何も言わない。
ただ、真っ直ぐこちらを見ていた。
ノアは小さく息を吐く。
「……いいよ」
自分でも、思ったより自然に言葉が出た。
足元へ落ちていた枝を拾う。
そのまま地面へ線を引いた。
「まず、流れ」
焚き火の向こうで、衣擦れの音がする。
エルが焚き火の横へ回り込み、ノアの隣に座った。
ノアは地面へ視線を落としたまま、枝先を動かす。
火の明かりの中、二人の影が静かに揺れていた。
夜は、まだ続いていた。




