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第11話 根大島の剣士

清々しい四月の早朝。三時間ほどしか寝ていないはずの根大島の剣士リョウタの元気な掛け声に、アオイは朝早くに目を覚ます。

強引に誘われるまま、グラウンドで木刀を交えることになった二人。

ブランクをものともせず、鮮やかな「一本」を決めるアオイの姿に、仲間たちは驚きを隠せない。

家庭科室を包む、温かい朝食の匂い。

そこで語られたのは、海の向こうの《式枝島しきえじま》に住む防衛隊メンバー。

挨拶のために島を渡る。そう決めたアオイに、ミカの母親であるナギサは、優しく、けれどどこか見透かしたような微笑みと共に、予想外の提案をする。

「良かったら式枝島でも一泊するのはどうかしら?」

受験への焦りと、急激な環境の変化で張り詰めていたアオイの心が、少しずつ解きほぐされていく。

ミカの嬉しそうな笑顔を隣に、翡翠色の貝殻をポケットに忍ばせ、アオイは新たな出会いと温泉の待つ島へと一歩を踏み出す。

四月 八日 早朝五時――――


「やぁっ!やぁっ!」


 窓の外から聞こえる掛け声で僕は朝早くに目を覚ました、気になって窓の外を見てみると木刀で素振りをしているリョウタの姿があった。


「何時だ今…まだ5時か、すげぇなあいつ二時に寝てたのにもう元気ピンピンじゃないか」


 窓を開け顔を出した、最近の昼は暑かったがやっぱり早朝は寒かった。


「おーい、リョウタ何してんだ?」


「おー?あ、起こしちまったか!特訓してんだ今!」


「特訓って……。昨日の今日で、どんだけ元気なんだよ。っていうか、昨日の皿洗いから逃げるために起きたわけじゃないだろうな?」


「失礼なこと言うなよ! 俺はいつだって真剣そのものだぜ! それに皿洗いはミナトが『夜のうちに片付けないと虫が湧きます』って言って、俺が寝た後に全部やってくれたんだよ!」


「ミナト、有能すぎるだろ……」


 あんなにカードを引かされて絶望していたリョウタが、今はもう汗を輝かせながら木刀をぶんぶんと振り回している。その底なしの体力には、呆れるのを通り越して少し羨ましくすらあった。


「アオイもどうだ、朝の空気の中で体を動かすのは最高だぞ! 脳が活性化して勉強にもいい影響が出るに違いねえ!」


「……僕の経験は中学生の頃の剣道部以来だぞ」


「えっ、アオイ剣道やってたのか!?」


 リョウタはブンと勢いよく木刀を止めると、目を真ん丸にして僕を見上げてきた。その顔は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供そのものだ。


「部活で少し齧った程度だよ。もう何年も竹刀すら握ってないし、すっかり鈍ってる」


「上等じゃねえか! 経験者なら話が早い!」


 リョウタはそう叫ぶなり、木刀を抱えて僕の方へダッシュで向かってくる。

 そして窓の前にたち僕にもう一本の木刀を投げ渡してした。


「うおっ、危なっ!?」


 僕は慌てて手を伸ばし、回転しながら飛んできた木刀を両手でキャッチした。ずしりとした木特有の重みが掌に伝わり、懐かしい感覚が指先から腕へと駆け上がってくる。


「おい、リョウタ! いきなり投げるやつがあるか! 窓ガラスに当たったらどうするんだよ」


「へへん、コントロールには自信あるから大丈夫だって! それよりアオイ、外に出てこいよ、一本俺とやり合おうぜ!」


 リョウタは木刀を肩に担ぎ、不敵にニカッと笑った。目が完全にキラキラしていて、こうなったらもう後へは引かせてくれそうにない。


「……はぁ。本当に強引だな、君は」


 僕は苦笑しながらも、手の中の木刀を軽く握り直した。

 早朝の冷たい風が頬を撫でる。確かにリョウタの言う通り、少し身体を動かせば、ここ数日間の行ったり来たりで凝り固まった頭もすっきりするかもしれない。

 僕は靴を履き大胆に窓からそのままグラウンドに出た。


「へへん、元剣道部はどんな振りを見せてくれるのか、ほら一本位受けてやるぜ!前の頭に食らわせたやつのお返しとして全力できてもいいんだぜ!」


「そうか、だったら遠慮なく行かせてもらおうか」


 僕は木刀を両手で握り直し、ゆっくりと中段に構えた。

 自然と右足が前に出、左足の踵がわずかに浮く。中学生の頃、毎日のように叩き込まれたあの基本の姿勢を、驚くほど身体が覚えていた。

 すうっ、と深く息を吸い込む。四月の早朝の冷たい空気が肺を満たし、眠気が完全に吹き飛んでいく。


「ほう、構えだけでわかるぜ。アオイ、お前本当にちゃんとやってたんだな!」


 リョウタがにやりと好戦的な笑みを浮かべ、木刀を上段へと掲げた。

 一歩、また一歩と距離が詰まる。その瞬間、リョウタの身体から発せられるプレッシャーが、さっきまでのひょうきんな幼馴染のものから「防衛隊」のそれへと跳ね上がった。空気がピリッと張り詰める。


 仕掛けるなら、先手必勝だ。


 僕はクッと右足を踏み込み、グラウンドの砂を蹴り上げた。


「――面ッ!!」


 身体が覚えている最速の踏み込み。ブォンと空気を切り裂く音と共に、僕はリョウタの脳天を目がけて真っ直ぐに木刀を振り下ろした。


 キィィィンッ!!!


 硬い木と木が激突する鋭い音が、静まり返った早朝のグラウンドに木霊する。


「うおっとぉ! 鋭いじゃねえか!」


 リョウタは上段からの構えをそのまま強引に斜めに傾け、僕の一撃を受け流していた。

 重い。ただ受け流されただけなのに、両腕にズシンと痺れるような衝撃が走る。まともに打ち合ったら力負けする――そう直感した僕は、すぐさま間合いを潰すように前へ踏み込み、リョウタの懐へと飛び込んだ。


「へへっ、ならこれはどうだ!」


 至近距離、リョウタがその肉体的なアドバンテージを活かして、強引に押し返そうと身体を寄せてくる。

 だが、剣道の「体当り」なら僕だって経験している。まともにぶつかる寸前、僕はわずかに身体を左に開き、リョウタの力を右へと受け流した。


「っと、おぅ!?」


 体勢を一瞬崩し、リョウタの左脇腹がガラ空きになる。

 僕はすかさず引き技の要領で、木刀を鋭く横に払った。


「――胴ッ!!」


 バシィィンッ!!


 乾いた衝撃音が響く。リョウタの黒い制服の脇腹あたりに、僕の木刀が完璧に捉えた。


「――っつあぁ!」


 リョウタがたまらず二、三歩後ろへ飛び退き、自分の脇腹をさすりながら目を丸くする。


「痛たた……マジかよアオイ! 今のは完全に一本取られたぜ……!」


 しかし明らかにリョウタが手を抜いていたのは分かりきったことだ。


「……ふぅ。ブランクの割には、上手くいったかな…あ、大丈夫か竹刀ならともかく木刀は流石に痛いだろ…」


 僕は木刀を中段に戻しながら、少しだけ上がった息を整えた。手のひらがじんわりと熱い。勉強ばかりで縮こまっていた身体が、急速に体温を取り戻していくのがわかった。


「こらぁー! 朝っぱらから何バタバタ暴れてんのよ、あんたたちは!」


 校舎の窓から、呆れ果てたような、けれど少し眠たそうな声が響いた。

 見上げると、エプロン姿のレイナが腕を組んでこちらを睨んでいる。その後ろからは、まだ髪が少し跳ねた眠そうなミカちゃんが、目をこすりながら僕たちの姿をパチパチと見つめていた。さらにその奥には、完全に不機嫌そうな顔をしたアズサの姿も見える。


「わりぃー!アオイ、剣道経験者らしくて、熱くなってしまったぜ!!」


「アオイーこの馬鹿のノリに無理に付き合わなくていいからね」


「あはは、ありがとうレイナ。でも、僕も少し体が鈍ってたから、ちょうどいい運動になったよ」


 僕は苦笑いしながら、手の中の木刀をリョウタに返した。手のひらにはまだズキズキとした微かな衝撃が残っていたけれど、頭の中は驚くほどすっきりと冴え渡っている。


「チェッ、何だよレイナ。アオイだって結構楽しそうだったぜ? なぁ!」


 リョウタは打たれた脇腹をさすりながら、悔しそうに、でもどこか嬉しそうに鼻を鳴らした。


「そんなことより、早く中に戻ってきなさい。せっかくの朝ご飯が冷めちゃうでしょ」


 レイナがお玉をこちらに向け、早くしろとばかりに振ってみせる。窓の奥からは、お味噌汁の優しくて温かい香りが、早朝の冷たい空気の中にふわりと混ざり合って届いていた。


「はーい! 今行きます!……お兄ちゃん、お疲れ様でした。とってもかっこよかったです!」


 ミカちゃんが窓から身を乗り出すようにして、満面の笑みでパチパチと拍手をくれた。少し跳ねた髪を揺らしながら嬉しそうに笑う彼女の姿を見て、さっきまで戦っていた胸の鼓動とは違う、別の温かさがじんわりと広がっていく。


「……ただのバカが二人に増えただけ。近所迷惑だから、早く服着替えてくれば」


 アズサは相変わらず冷ややかな視線を僕らに投げていた。けれど、その手には僕とリョウタの分のスポーツタオルがしっかりと握られている。


「はい…」


「お、おうありがとう」


「サンキューアズサ!」


 アズサからぶっきらぼうに手渡されたタオルは、柔軟剤の微かな匂いがして、驚くほどふかふかだった。


「もうすぐ朝食ができるわよ!早く家庭科室に来なさい!」


 レイナの大きな声が家庭科室の方から響く


「はーい、今行く!」


 リョウタがタオルで豪快に頭をガシガシと拭きながら、大きな声で返事をした。

 僕も「すぐ行くよ」と続いて声を張り上げ、首筋に残る汗をふかふかのタオルで拭い取る。早朝の冷たい風にさらされていたはずの身体は、リョウタと一戦交えたおかげで、内側からカッカと心地よい熱を帯びていた。


「ほら、出来たわよ」


 家庭科室に入りると、すぐにヨダレが出そうな匂いが漂った。


「うわ、美味そう……!」


 リョウタが席につくのと同時に、お腹がグゥと間の抜けた音を立てて鳴った。それにつられるようにして、僕の胃袋も一気に目を覚ます。

 お盆の上に並んでいるのは、皮目がパリッと香ばしく焼き上げられた新鮮なアジの塩焼き。湯気を優しく立ち上らせている、豆腐とワカメのシンプルな、けれど出汁の香りが鼻腔をくすぐるお味噌汁。そして、つやつやと輝く炊きたての白米。

 昨日あんなに豪華なご馳走を食べたばかりなのに、今朝のこの飾らない「ザ・日本の朝食」が、今の僕たちには何よりも魅力的に映った。


「あれ?そういえばメグミの姿が見えないけど?」


「メグミなら春休みの課題を終わらせるために、家に帰ったわよ、5時前に」


 この島の人達は朝に強いのだろうか、僕は現役の頃でも6時に起きるのが精一杯だった。


「今日はなんかしたりするのか?」


「今日は違う防衛隊の人達にも会いに行こうと思ってます、時間大丈夫ですかアオイさん?」


「一応時間は無限にあるみたいなもんだから大丈夫だよ…違う人というとユラちゃんとか?」


 僕は昨日砂浜でお宝探しをしていた女の子を思い出した、ポケットに手を入れるとその後から貰った翡翠色の小さな貝殻が出てきた。


「あら、ユラちゃんに会ったことあるの?」


「うん、昨日港近くの砂浜でたまたま会ってお互い名前を知った感じだ」


 ユラと知り合いだったことが意外な反応をしたレイナだった。


「その方もボクたちと同じ『根大島防衛隊』のメンバーですよ。ただ、住んでいるのが海の向こうの式枝島しきえじまなんです」


 ミナトは眼鏡のブリッジをくいと押し上げながら、お味噌汁に箸をつけた。


「え? 住んでる島が違うのに、根大島の防衛隊員なの?」


「防衛隊の管轄としてはこの辺一帯の海域ですからね。式枝島の方が実家に近いからという理由で、向こうから通ったり、こっちの基地(学校)に泊まったりと、結構自由に行き来しているんですよ。ただ、その方は少々……いえ、かなりマイペースな性格をしていまして」


 ミナトが少しだけ困ったように眉を下げて溜息をつく。その様子を見るに、普段からそのメンバーには少なからず振り回されているらしい。


「今日は『そっちに行くのが面倒なので、用があるなら式枝島まで来てください』と、朝一番に連絡があったんです。新入隊員のアオイさんへの挨拶くらい、そっちから来るのが筋だと思うのですが……」


「あはは…まぁわざわざ浪人生の男に顔を合わせるために島を渡るのは些かめんどいだろうね…ちなみに防衛隊の人数は今何人なんだ?」


「現役の防衛隊は11人よ今ここにいる6人とメグミ、ユラちゃんとエルとモミジちゃんに…まぁあとの一人は今は不在て所よあなたは気にしないで」


 レイナは少しだけ視線を泳がせながら、すぐにそれを吹き飛ばすような明るい笑顔でそう言い直した。その一瞬の間の悪さに、ミナトやアズサもそれ以上は何も言わず、黙ってお味噌汁に口を付けている、ミカちゃんを見ると食べる箸が止まっていた。


 (前に聞いた、コハルていう子のことだろうか…昨日の会議室の椅子にも元々誰かの名前が書かれた紙が貼られていた跡があったし)


「あの…」


 僕の声を遮り、少しだけ重くなった空気を、リョウタが「お、おかわり!」と豪快にお椀を差し出すことで強引に日常へと引き戻した。


「そうだ、ワタシは料亭のお手伝いがあるから行けないわ」


「え」


 レイナのがそういうとアズサが一言零し、レイナの方を見た。

 レイナがいなくなるとミカちゃんを除き女子メンツがいないことになる。


「……え?」


 アズサの呟きに僕が思わず声を漏らすと、家庭科室の空気がわずかに変化した。

 箸を止めてレイナを見つめるアズサの目は、いつもの冷ややかなものとは少し違って、何かを深く見透かしているような、そんな鋭さを含んでいるように見えた。


「ちょっと、アズサ。そんなお化けでも見たような顔でワタシを見ないでよ」


 レイナはわざとらしく肩をすくめて、お味噌汁のお椀をコト、とテーブルに置いた。


 「嘘じゃないわよ。お昼時にね、団体さんの予約が入っちゃったの、うちの料亭。猫の手も借りたいくらい忙しくなりそうだから、お母さんに『朝食が終わったらすぐに戻ってきなさい』って言われてるの。せっかくアオイを式枝島のみんなに紹介するタイミングなのに、一緒に行けなくて本当にごめんね」


「……ふーん」


 アズサはそれ以上追及するのをやめ、再びアジの塩焼きに箸を伸ばした。けれど、その横顔にはまだどこか納得のいっていないような、小さな引っかかりが残っている。


「まぁ式枝のやつらは女子がほとんだし、そう気を落とすなってアズサ」


「すん……ミカちゃん…」


「はい!」


「なんでもない…今日は一緒に手を繋いで行こ」


「わぁ、はい! お姉ちゃん、一緒に行きましょうね!」


 アズサの少し強張った表情が、ミカちゃんの満面の笑みによって少しだけ和らいだ気がした。やっぱりアズサは、どこかレイナの言葉の裏を勘繰っているようだったけれど、それを口にして場の空気をこれ以上重くするのを避けたのだろう。


「ほんじゃ、俺はミホさんに船を出せないか聞いてくるぜ!」


「え?ミホさんて船運転できるのか?」


 あの巫女をやっているミホさんが船を持っていて、それも運転もできるのは以外だった。


「ホントだったら父ちゃんに任せたいけど多分仕事で使ってるし、あとはついでにミホさんも元防衛隊として式枝のヤツらに顔合わせようかなって」


「ミホさん……ホッ…」


 少しアズサは安堵したようだ、しかしまだ来るとは限らない。


「んじゃあ今は6時だし…9時に根大港に集合な!」


「わかりました、ではボクは早いうちに家で支度をしてきます。」


 一旦僕らは解散し式枝島へ向け準備を進めることにした。


「ナギサさんに報告しにいくか、ミカちゃん行こうか」


「はい!」


 僕はミカちゃんの手を握り昨日ぶりに月見里家へ向かう、ミカちゃんはるんるんしながらステップする。


「式枝島てどんなとこなの?」


「式枝島はここよりも結構小さいです!あとは無料の温泉もあるんです!」


 無料温泉と聞いて結構興味が湧いてきた、一泊してみたいという気持ちが湧き出たが流石に二日連続で泊まりはまずいだろう。


 その後はミカちゃんと何気ない話をしながら家へ帰宅した。ナギサさんは察していたのか式枝島へ行くための準備を済ませていた。


「おかえりなさい、楽しかったかしら?」


「はい、とても」


 楽しそうなミカちゃんをナギサさんが見て、なにか嬉しそうな表情をしていた、そりゃあ前まで暗くなっていた娘が明るさを取り戻したのだからそりゃあホッとするだろう。


「そうそう、良かったら式枝島でも一泊するのはどうかしら?してみたいなら私の友人がきっと歓迎するわ」


「え、いいんですか」


 予想外の提案に僕は驚いた。


「いいと思うわよ、友人がそこで民泊を経営してるけども、今の時期は多分空いてる思うし私が言えば喜んで泊めてくれると思うの、式枝の観光もしたり無料の温泉に行くのもいいと思うわ」


 二日連続での外泊なんて流石に気が引ける……そう考えていた僕の心を完全に読み透かしたような、大人の余裕たっぷりの優しい微笑み。ナギサさんは本当に、僕たちのことを見守ってくれているんだなと嬉しくなった。


「アオイくん、今はきっちりと休むことも大事だわ、浪人生はメンタルが大事だからね、適度に休むのが続くコツよ」


「じゃあ…今晩は式枝でゆっくりさせてもらいます、ミカちゃんも行く?」


「お母さん、泊まってもいい!?」


「ええ、もちろんいいわよ。アオイくんが一緒ならお母さんも安心だわ」


 ナギサさんは優しく微笑みながら、ミカちゃんの頭をそっと撫でた。


「わぁーい! お兄ちゃんとお泊まり! 温泉!」


 ミカちゃんは待ってましたとばかりに、両手を挙げて満面の笑みで大はしゃぎしている。前までの暗い表情が嘘のようにキラキラと輝く娘の瞳を見て、ナギサさんはどこかホッとしたような、本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 正直こんな浪人生の男に娘を預けてても大丈夫か疑ってもいいはずだ、しかしそうできるほどの信頼がいつの間に築きられていたのか。


「じゃあ、僕が責任もって預かります」


「ふふ、よろしくね」


 ナギサさんの温かい言葉と、自分を信頼してくれているという事実に背中を押され、僕の胸には心地よい責任感が芽生えた。

 受験を控えた浪人生だからこそ、張り詰めた糸を切らさないための「休息」。その本当の意味を教えてくれたナギサさんにお礼を言い、僕とミカちゃんは大急ぎで部屋に戻って「一泊旅行」の準備を始めた。

 カバンに着替えや洗面用具、そして風よけの上着を詰め込む。ポケットの中にそっと手を入れると、昨日ユラちゃんから貰った翡翠色の小さな貝殻が、指先にツルリとした冷たい感触を伝えてきた。

 ただの挨拶回りのつもりだった予定が、急に特別な大冒険になったみたいで、胸のワクワクが止まらない。


 さぁ、行こうか《式枝島》に。




【大学入試本番(2月13日)まであと……311 日】

読んでくださりありがとうございます!

色んな作品を書いてるプラスリアルの予定や受験勉強で少し遅くなりました!

これこらも頑張って書きます、応援の程よろしくお願いします!

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