第12話 爆走ボートのち修羅場、時々ユラユラ
《式枝島》――根大島の12分の1ほどの面積しかない、緑と温泉に包まれた小さな島。
新たな出会いと歓迎の裏で、アオイはこの島が直面している不穏な「現状」を突きつけられることになる。
それは、夢の中でハルナが残した「何かが増え、代わりに何かが失われる」という不穏な警告の始まり。これからアオイたちを待ち受ける、大切なものをかけた新たな戦いの予兆でもあった。
四月 八日 九時――――
約束通り僕とミカちゃんは根大港に着いた、辺りを見回すとミナトとリョウタ、アズサ、そしてミホさんが来ていた。
「あら、久しぶりねアオイくん、それにミカちゃんも」
都合があったのかちゃんとミホさんも同伴してくれ様だった、前回会った時とは違い巫女服ではなく大人らしい整った服装だった、首元にはサングラスが掛けられていた。
「ミホさん、お忙しいのにありがとうございます! 私服姿もとっても素敵です……!」
ミカちゃんが嬉しそうに駆け寄ると、ミホさんは首元のサングラスを指先でクイッと弄りながら、大人の余裕たっぷりに不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、ありがと。まあ、元防衛隊としては式枝の生意気な後輩たちの顔もたまには見ておかないとね。それに――」
ミホさんはそこで言葉を区切ると、僕が肩から下げているいつもより少し大きめのボストンバッグに視線を落とした。その綺麗に整えられた眉が、面白そうにピクリと跳ねる。
「アオイくん、その荷物の量……もしかして、ただの挨拶回りじゃ終わらない予定が入ったのかしら?」
「あ、はい。実はナギサさんに勧められて、今夜は式枝島の民宿に一泊させてもらうことになりまして。ミカちゃんも一緒です」
アズサが僕を睨みつける、そりゃあ成人した男と小学6年生だけで島を跨ぎお泊まりなんて正直犯罪に等しいだろう。
「わ・た・しも泊まるわ……!」
「えぇ…」
アズサが突然そんなことを言った、珍しく大声で。
「おいおいアズサどうしたそんな大きな声出して、嫉妬か!?」
「違う、こんな男にミカちゃんと2人きりさせてられない」
「まぁそれは確かに僕も思うが…許可とかどうするんだ?親の……」
その後の発言をしようとした瞬間リョウタに口を抑えられ視線でこれ以上口出しするのはやめとけと言われた気がする。
「とりあえずわたしも泊まる、どうせ鳴神さんの民泊だと思うし」
僕はナギサさんから貰った簡易的な地図を見た、アズサの言う通り地図には鳴神と書かれていた。
「それに二人で予約してて…」
「確かこの時期は島関係者なら無料だから」
確かにナギサさんが今の時期は空いてると言っていた。
「くぅー!俺も泊まりに行きたいけど親に課題やれって言われてんだ!くそぉ!」
リョウタは膝を付き地を叩く、そんなに一緒に泊まりたかったのか、呆れた顔でリョウタを見つめるアズサとミナト、ミホさんは変わらず穏やかな表情で僕たちを見守る。
「見苦しいですよリョウタ、立ってくださいそろそろ行きますよ」
ミナトに引っ張れリョウタが船に運び込まれる。
「さて、みんな乗って式枝に向かいましょうか」
みんなが船に乗ったことを確認しミホさんがサングラスを付け始めた。
「アオイさんはもちろんミホさんの運転初めてですよね?最初はどこかに掴まるといいですよ。」
ミナトのアドバイスに僕が首を傾げた瞬間、隣にいたアズサが「チッ」と舌打ちをして、近くの手すりをがっしりと掴んだ。その隣でミカちゃんも、僕の服の裾をぎゅっと力いっぱいに握りしめてくる。二人のただならぬ警戒っぷりに、僕の背中に冷たい汗が伝わった。
「ふふ、それじゃあ全員、しっかり掴まりなさいよ。紗倉ミホの特急便、出航よ!」
ミホさんがいたずらっぽく微笑むと同時に、細い指先がスロットルレバーを容赦なく一番奥まで押し込んだ。
――ブォォォォンッ!!!
鼓膜をぶち抜くような爆音。ドックの壁を震わせるほどの重低音が五臓六腑に響き渡り、強烈な重力が僕の体に襲いかかる。
「うお、わわっ!?」
あまりの加速Gに、僕の体が一気に後ろへ持っていかれそうになる。慌てて近くの座席の背もたれにしがみつくと、艇の後方から白い水しぶきが、まるで爆発でもしたかのように豪快に弾け飛んだ。
「キャハハハハ! すごーい! お兄ちゃん、すっごく速いよ!」
この暴走アトラクションのような速度に、ミカちゃんは怖がるどころか、目をキラキラと輝かせて大喜びで声を張り上げていた。
「やっぱり爽快感のある運転、気持ちがいい」
こんな状況でも余裕のあるアズサ、逆に今の状況が心地よいらしい。
「あははは! 大丈夫よ、これでも安全運転の範囲内だから! ほらリョウタ、落ちそうならミナトに抱きつきなさい!」
「ミ、ミホさんんんん! 冗談抜きで死ぬ! 課題の前に俺の人生が終わるぅぅぅぅぅ!!!!」
船底に転がったまま芋虫のようにのたうち回るリョウタと、相変わらずそんな様子に呆れるミナト、だが正直今リョウタの反応が正しいかもしれない。
港の岸壁があっという間に点になり、視界のすべてが跳ね上がる白波と青い海、そして遮るもののない広大な空へと切り替わっていく。
「ほら見なさい!式枝島が近いわよ!」
ミホさんの弾んだ声に弾かれるようにして、僕は必死に前方へと視線を向けた。
激しく吹き付ける潮風の向こう、白く泡立つ海原の先に、もこもことした深い緑に覆われた島影が、驚くべきスピードでこちらへと近づいてきていた。
島全体が生命力に満ち溢れているかのような、力強い新緑のグラデーション。それが、僕たちの目指す《式枝島》だった。
「わぁ……! 大きいね、お兄ちゃん!」
僕の裾を掴んだまま、ミカちゃんが身を乗り出すようにして声をあげる。その瞳には、これから始まる大冒険への期待がこれ以上ないほどキラキラと輝いていた。
「本当だね……。あんなに遠くに見えていたのに、もう目の前だ」
僕が手すりに掴まりながらそう呟くと、隣にいたアズサがふっと口元を緩め、どこか誇らしげに胸を張った。
「当然。式枝島は根大島よりも自然が豊かで、隠れた名所もたくさんあるし。」
「気になるな……それは…………」
突如目眩がしてきた船酔いなのか、それに眠気だって、よく考えれば2時くらい寝て5時に起きる、今日は三時間睡眠だったらそれが今来たのだろう。しかしこんな感じの感覚を以前にした覚えがある。
『……!アオイ。』
久しくあの子の声が聞こえた。
僕は目覚めた、あの子のいる夢の世界で。
「ハルナじゃないか…ハハ…全く現実では散々な目に合ってたよ、多分現在進行形でも。」
いつも通り、僕の現実で起きた話を静かに興味津々で聞いていた。
ハルナの顔を見ようとしてもやっぱり謎の不可抗力で唇より上を見ることができない。
「それにしてもこの世界は定期的に場所が変わるよな…てかやけに生温いな。」
立ち上がり見回すと周囲には趣のある岩や松の木が点在し、黄土色に薄く濁ったお湯と豊かな自然が調和した絶景があった。
それに中心にはぽつんと小さな鳥居があった。
『温泉……入る?』
「風呂はな服を脱いで入るわけだ、ハルナの前で服を脱げると思うか?」
『……? どうして? べつに、わたしは見ても気にしないけど……』
ハルナは首を少しだけ傾げ、本当に不思議そうにそう言う。顔の上半分は見えなくても、声のトーンだけで彼女が本気で首を傾げているのが伝わってきて、僕のほうがなんだか無性に恥ずかしくなってくる。
「いや、気にするのは僕のほうなんだって。いくら夢の中だからって、女の子の前で裸になる度胸は僕にはないよ、ハルナも僕がいる前で服を脱ぐなんて無理だろ?恥ずかしくて」
『そう?』
恥という感情を持っていないのか、それでもやはり目の前で服を脱ぐのは無理だ。
「それでも無理だ!……まぁ足だけなら」
『そうね、足湯なら問題なさそう、一緒に入ろ』
そう言うと、ハルナは黄土色のお湯をぴちゃぴちゃと小さく跳ねさせながら、岩の端のほうへと器用に移動した。
お湯に浸かっていない平らな岩肌をぽんぽんと叩き、自分の隣へと僕を促してくる。
顔の上半分は見えないけれど、少しだけ楽しそうに僕の反応を待っている空気感が伝わってきて、僕は降参するように息を吐いた。
「……じゃあ、失礼して」
僕は靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を膝の上までたくし上げてから、その趣のある岩に腰掛けた。そして、ゆっくりと両足をその濁ったお湯へと滑り込ませる。
「――っ、あ、あったかい……」
じわぁ、と足の裏から芯へと染み渡るような、心地よくて生温かい熱。三時間睡眠とミホさんの爆走運転で限界を迎えていた僕の体から、余計な緊張がすうっと抜けていくのが分かった。
「そういえばあの一件以来会ってなかったな、ハルナのお陰でレイナを助けれたよ」
『そう、よかった……本当に。』
ハルナは心から安心したようにそう言うと、パチャパチャと小さく足元のお湯を揺らした。
『でも警告する、また似たような事は起きるよ……』
ハルナの声から、さっきまでの穏やかさがふっと消えた。
お湯を揺らすパチャパチャという音が妙に冷たく響き、周囲の空気そのものが一段階、きりと冷え込んだような錯覚に陥る。
『何かが増えたのを感じたの。でもそれはすなわち、何かが代わりに失われる事が起きるの……』
「代わりに、失われる……?」
その言葉の不穏さに、僕の心臓がドクリと嫌な音を立てた。
レイナの時のような、あの取り返しのつかないかもしれない瀬戸際の戦いが、また僕たちの前に立ちはだかるというのだろうか。増えたもの、そして失われるもの。ハルナが何を指しているのか問い詰めようとした、その瞬間。
「クッ…タイミング悪く終わりか…」
夢から覚める前兆の頭痛がやってきた、お湯が急激に冷たくなるのを感じる。
『そんなに不安にならないで、今回も一緒に協力して助けよ、ね?』
「……あぁ…」
最後にハルナの方を見ようとした……すると一瞬ハルナの暖かい微笑みの顔が見えた気がする、それが本当のハルナの顔かは分からない、でもこの時が初めてハルナの顔を見た瞬間でもあった。
(凄く…かわいいじゃないか…………)
心の中でそう思った。
――――――バッシャーン!
「冷たぁぁぁぁ!!??てかしょっぱ!?」
「お、やっと起きたぜ!死んだかと思ったじゃねぇか!」
僕の顔に海水らしき物をかけられた、その瞬間完全に頭が冴えた、目元の水を払い開けるとバケツを持ったリョウタがいた。
「お兄ちゃん…良かった……」
よく見ると僕の胸元で涙目をしているミカちゃんが伏せていた。
「ご、ごめんミカちゃん……。ただの寝不足だから、本当に大丈夫だよ」
僕はミカちゃんの小さな頭を優しく撫でながら、ゆっくりと上体を起こした。ミカちゃんは僕の胸元から顔を上げると、まだ少し潤んだ瞳で「本当……?」と心配そうに僕の顔を覗き込んできた。その健気な姿に、申し訳なさと愛おしさが同時にこみ上げてくる。
「ごめんねアオイくん…つい船を運転するとアツくなっちゃう質で……私…」
ミホさんが申し訳なさそうに、両手を合わせて苦笑いしていた。いつの間にかサングラスはおでこの上へと上げられていて、大人の余裕はどこへやら、本当に反省しているようなお姉さんの顔になっていた。
「いえ……今日は睡眠不足だったんで……って、あれ? 根大島と比べると思ったより小さい、のかな?」
船のドックに降り立ちながら周囲を見回した僕は、思わずそう呟いた。
緑の生命力や、島全体を包む空気の濃密さは根大島以上だけれど、港から見渡せる町並みや海岸線のスケールは、どこかこぢんまりとして見える。それもそのはず、式枝島は根大島の12分の1ほどの大きさしかなく、その差は一目瞭然だった。
「ふふ、気づいた? そう、式枝島はとっても小さな島なの。でもね、そのぶん島の人たちの結びつきが強くて、あったかい場所なのよ」
ミホさんがボートのロープを係留柱に結びつけながら、懐かしそうに目を細めた。サングラスをおでこに上げたままの彼女は、かつて防衛隊としてこの島を守っていた頃の記憶を思い出しているのかもしれない。
「あ、あーーー!!!!!センパーイ!!!」
どこか遠くから元気で大きな声が聞こえた、それにこの声、この元気さ、そしてあの呼び方――。
「おや、最初のお出迎えはユラさんですか」
「相変わらず元気な子」
声がした方を見る、そこにはミルクティー色の髪をツーサイドアップに結び、ルビーのような赤い目、昨日砂浜で出会った式枝住みの防衛隊"綾瀬 ユラ"ちゃんだった。
こちらに駆け寄ってきた、それもものすごいスピードで。
「え、あれ止まれるのか?ちょっと待て、え?」
ユラちゃんは僕目目掛けて勢いよく駆け寄ってくる。
「避けますね」
「よし、アオイ…構えろ!」
「ちょっ、えぇー!!??」
ついにユラちゃんは地から足が離れ蹴った反発で勢いよく僕に飛びついた。
「わ、わわっ――とぉっ!?」
ドゴォォンッ! と、まるで小型の肉弾ミサイルでも直撃したかのような衝撃が僕の胸板を襲った。
完全に地を蹴って宙に浮いていたユラちゃんを正面からまともに受け止めてしまい、僕はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
「ごぉぼっ!?」
僕の胸の上には、まるで大きなぬいぐるみにでもしがみつくように、両手両足でがっしりと僕をホールドしたユラちゃんが、ルビーのような瞳をさらに輝かせてへへっと笑っていた。
「セーーーンパーーーイ!! 本当に来てくれたんですね! ユラ、すっごく嬉しいです!」
「と、とりあえず離れようか!」
「あらあら青春ねぇ〜」
横で倒れた僕とユラちゃんを見て微笑むミホさん、リョウタは意外そうな顔で呆然としており、あとの二人は呆れた視線を向ける。
「あはは!ごめんなさい、センパイに会えたのが嬉しすぎて、つい!」
ユラちゃんは器用に僕の体から飛び降りると、何事もなかったかのようにパタパタとスカートを払った。
ようやく重力から解放された僕が這う這うの体で立ち上がると、すかさずアズサが僕とユラちゃんの間に割って入り、冷徹極まりない視線をユラちゃんに突き刺した。
「ユラ。いくら嬉しくても、最初から防衛隊の男に飛びつくのは感心しない。……はしたない」
「えーっ! アズサさん、固いこと言わないでくださいよー! ユラとセンパイは昨日、固い指切りげんまんで約束した仲なんですから!」
「ゆびきり……?」
アズサの目が一瞬で据わった。その背後から、さらに冷たい絶対零度の気配が漂ってくる。見ると、ミカちゃんが僕の服の裾をギチギチと音が出るほどの力で握りしめ、顔は笑っているのに目が一切笑っていない、完全な「能面風の笑顔」で僕を見上げていた。
「お兄ちゃん? 『指切りげんまん』って、何のお約束ですか……? ミカ、とっても気になります」
「あ、いや、それは昨日たまたま砂浜で会ったときに、今度式枝島に行くねっていう世間話の延長でだな――」
「おいミナト一旦あっちに逃げようぜ」
「はい、賛成です」
「ちょっ、待っ――二人とも!? 僕を置いていかないでくれー!」
情けない声をあげる僕に見向きもせず、リョウタとミナトは「じゃ、僕たちはこれで」「お幸せにな、アオイ」と、示し合わせたような見事な連携でくるりと背を向け、スタスタとドックの出口へ歩き始めてしまった。
「ふふ、アオイくん、本当に若いっていいわねぇ。でも、女の子を同時に二人もハラハラさせるのは、元防衛隊のお姉さんとしてもちょっとお説教が必要かしら?」
ミホさんがサングラスを指先で弄りながら、面白そうにクスクスと笑う。これで完全に僕の退路は断たれた。
「さあお兄ちゃん、お話の続きをどうぞ?」
「そう。言い訳があるなら、今のうちに聞いてあげる」
目の前では腕を組んでジト目を向けるアズサ、横からは笑顔の圧力で僕の服を千切れんばかりに握るミカちゃん。そしてそんな緊迫した空気にもどこ吹く風で、「えー? なんの話ですかー?」と小首を傾げる無邪気なユラちゃん。
南国の潮風が吹いているはずなのに、僕の周囲だけ完全にシベリアの永久凍土並みに凍りついていた。
その後の記憶はあまり覚えていない——
㠪気付いた時には、僕はまるで引き込み線の貨物列車のように、アズサとミカちゃんに両脇をがっちりと固められ、有無を言わさぬ足取りで港の出口へと連行されていた。
「あ、あの……お二人さん? 僕、自分の足で歩けるんだけど……」
「ダメです、お兄ちゃんはまたどこかで、別の女の子と変なお約束をしてくるかもしれないので!」
「そう。これ以上の被害を防ぐための、正当な防衛行動」
ミカちゃんの能面笑顔は相変わらず崩れず、アズサの視線は前方を真っ直ぐ見据えたまま微塵も揺るがない。
そんな僕たちの後ろを、「センパーイ、待ってくださいよー!」と両手を振りながら楽しそうに追いかけてくるユラちゃんと、サングラスをかけ直して「若いって本当に退屈しないわねぇ」とクスクス笑いながら見守るミホさん。
こうして、僕の命がけの式枝島上陸劇は、ある意味で爆走ボート以上のスリルを伴いながら、幕を閉じたのだった。
読んでくださりありがとうございます!
またまた遅くなってすみません!
式枝島に上陸でまたまた新たなる癖の強い奴らが登場していきます!お楽しみに!




