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第10話 ようこそ根大防衛隊へ!

レイナの悩みを解決し、無事に「根大島防衛隊」への入隊を果たしたアオイ。

今夜の歓迎会を前に、少し早めに集合場所へと向かったアオイは、道中の砂浜でミルクティー色の髪をした不思議な少女・ユラと出会う。

彼女と「ある約束」を交わしたアオイが基地へ戻ると、そこには彼を温かく迎える仲間たちの姿と、賑やかで愛おしい日常が待っていた。

四月七日 十六時――――


 僕は打ち上げの集合時間よりも少し早めに着こうとした。

 道中、港の近くの砂浜に立ち寄った。


「ここで三個目か、砂浜に来るのは…」


 砂浜に打ち寄せる波の音を聞きながら、僕はカバンを砂の上に置いた。

四月の夕暮れは、少しだけ風が冷たい。けれど、オレンジ色に染まり始めた空が、冷えかかった心にじんわりと体温を戻してくれるような気がした。


「ふんふん〜♪ さーがせ、さがせ、おたからさがせー♪」


その鼻歌は、波音に混じって驚くほど近くから聞こえてきた。

 波打ち際。夕陽を反射してキラキラと輝く水面に、膝まで浸かって何かを一生懸命に探している少女がいた。

 ミルクティー色の髪をツーサイドアップに結んでいる少女、目をつぶり首をゆっくり左右に揺らしながら鼻歌を歌っていた。


「この島にはお宝があったりするのか」


 僕が独り言のように漏らした言葉に反応して、少女はパッと目を開けた。ルビーのような赤い瞳が夕陽を反射して、一瞬、本当に宝石がはめ込まれているのかと思うほど綺麗に輝く。


「……ひゃっ!?」


 少女は僕の姿を捉えた瞬間、猫のように肩を跳ねさせた。驚きのあまりバランスを崩し、危うく尻もちをつきそうになる、僕は瞬時に手を伸ばし何とか彼女が海水に浸かることはなかった。


「あ、ありがとうごさいます!」


「あぁ、いや驚かせた僕が悪かった」


「いえいえ! ユラが集中しすぎて周りが見えてなかっただけですから!」


 少女は僕に支えられた状態から器用に体勢を立て直すと、バシャバシャと水を跳ねさせて砂浜へと上がってきた。結局彼女のスカートはびしょ濡れだが、本人は全く気にする様子がない。

 それどころか、じーっと僕の顔を覗き込んできた。


「あなたは…噂の浪人生ですか!?本土から来たからもっと怖い人かと思ったんですけど、案外…ひょろそうですね笑」


「おい、ちょっと待てい」


「あはは! ごめんなさい、冗談ですよ、冗談! でも本土の人って、みんな黒い服着てキリッとしてるイメージだったので。」


 そういう彼女も上下黒の制服を着ている。そうお思い僕は彼女の服を指さすと、手を頭の後ろにおき「あはは!ユラも黒でした!」と明るく笑った。


「あなたはどうしてここに?」


「あぁ、今日防衛隊の打ち上げがあってね…今日僕、入隊したんだ」


 防衛隊の話をすると、彼女は目を光らせ僕の手を握った。


「ひっ!?」


「あなたも防衛隊なんですね!ユラも防衛隊なんですよ!そういえば自己紹介忘れてました、ユラは綾瀬夢良、16歳です!」


 驚いて固まる僕の手を握ったまま、ユラちゃんはブンブンとそれを上下に振った。16歳ということは僕より2つ歳下か。


「ユラちゃん、よろしく。僕はアオイ。……っていうか、手が冷たいよ。その格好、やっぱり寒いんじゃ」


「大丈夫です!へっちゃらです!それよりアオイさんの事、センパイて呼んでもいいですか!」


 センパイ呼びは高校時代で2、3人からしか呼ばれなかった、なので少し新鮮に感じた、別に断る理由もなく僕は頷く。


「ありがとうございます!"センパイ"!」


「おう…とういうか今日は入隊の会議あったのに来れなかったのはどうしてかい?」


 僕は少し気になって聞いてみた、別に来なかったから嫌だったとかそういう訳ではなくただ単に聞いてみただけだ。


「あーユラはこの島に住んでる訳じゃないんです!ほら、あっちに見える島に住んでるんです!」


 ユラちゃんが指さす方を見るとはっきりと島があるのが分かる、ここ根大島より全然小さいように見える。


「あそこは式枝しきえ島という島です!」


「式枝島…聞いたことあるな」


「良かったら今度来てくれませんか?」


 正直いきなりの誘いで困惑したが、こんなに明るく誘われるとどうも断れる気が全く起きない。

 勉強のリフレッシュに行くのもありだし僕はその誘いに快諾した。


「約束ですよ!セーンパイ!」


 たまたま会って突然約束をしてしまった。考えると、島の人というものはやはり人との距離が近く、結びつきが強いのだろうか。


「ほら!」


「ん?」


 ユラは僕に小指を出す、これは指切りげんまんだろうか。

 顔を見るとかっこ「してくださいな」と言わんばかりの笑顔を見せつけてくる。


 僕は苦笑いしながら、自分の小指を彼女の小さな指に絡めた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」


 ユラちゃんは元気よく唱えると、満足げに指を離した。四月の海風で冷たくなったはずの指先が、不思議と熱を持っているように感じた。


「約束ですからね!じゃあユラは式枝島に帰ります!」


「えっ、もう帰るのか? 打ち上げは……」


「あはは! 実は船の最終便がもうすぐなんです! 会議に出られなかったのもそのせいで……。でも、センパイに挨拶とお約束ができたので、ユラは大満足ですよ!」


 ユラちゃんはびしょ濡れのスカートをパタパタとさせながら、満面の笑みで大きく手を振った。


「あ、そうだ! センパイ、これ!」


 彼女は去り際に、ポケットから何かを取り出して僕の手に押し付けた。夕陽を浴びて不思議な光沢を放つ、翡翠色の小さな貝殻だ。


虹色貝にじいろがいです! 夕方のこの時間にしか見つからない、とってもレアなお宝なんですよ。入隊祝いにどうぞ!」


 ルビーのような瞳をキラキラと輝かせ、彼女は砂浜を飛ぶように駆けていく。


「それじゃあ、式枝島で待ってますからねー! バイバイ、センパイ!」


 遠ざかっていくミルクティー色のツーサイドアップと、波音に消えそうな元気な声。

 一人で立ち寄ったはずの砂浜。けれど、僕の掌には彼女の体温でほんのりと温かい「お宝」が残されていた。


「さて、そろそろ基地に向かわねば」


 そのお宝をカバンにしまい、僕はみんなが集まる基地へと再び向かった。

 森に入り、草をかき分けるとあの基地が見えてきた、外からでも防衛隊の賑やかな声が聞こえてくる。

 もうすぐで集合時間だ。


「ちょっとリョウタ、つまみ食いするんじゃないわよ!」


「えっへへい!やっぱレイナの料理は美味いな!」


 家庭科室に入るとフライパンを持ちリョウタを追いかけるレイナの姿がいた、料理人として料理道具をそういう風に使うのはどうかとは思うが。


「あ、お兄ちゃん!来ましたか!あと少しで準備が終わるのであと少し待っててください!」


「アオイ来たか!ちょいと部屋で待ってくれよ!そうだ良いものあるから見てみろ!」


 リョウタに僕を一旦部屋に行くよう促されその"良いもの"がどんなものか気になったのですぐさま確認しに行った。


「良いものって…これか!?」


 そこにあったのは職人が作ったかのような高品質なベットが置いていった。

 おそらくさっき言ってた芳賀さんというおじいさんから譲り受けた代物であろう。


「譲り物だから訳ありな物かと思ったけどかなり良いものではないか、どれどれ…あ、これ1分で寝れるやつだわ…」


 こんな代物を譲ってくれる芳賀のおじいさん、一体どんな人だろうか。

 それよりも寝心地がよく気を緩んだら寝てしまいそうだ。


「あ…これは……――」


 僕は耐えることが出来ず眠りに落ちてしまった、よくよく考えると商店街に来たりここに来たり、行ったり来たりで振り返ると結構体力を使っていた。






『――――起きて。』


 あの声が二日くらいぶりに聞こえた。


「……ん、あぁ、ハルナか」


『うん、おはよう』


 相変わらずこの夢では謎の力でハルナの唇より上を見ることができない、この状態で分かるのは風で靡く長い銀髪、綺麗な唇、ワンピースと微かに見える麦わら帽子。


「そういえばハルナのおかげでレイナを助けることができたよ、ありがとうな」


『良かった、私にはあまり記憶は無いけどレイナちゃんは多分大切な人』


 未だハルナは謎の存在だ、でも現実の世界に"存在"していたというのは何故か分かる。

 おそらくレイナのように、人間として大切なもの…ハルナの場合存在を喪失したのだろうか…存在は失っても名前まではまだ失われてないはずだ。


「ハルナの記憶が戻るように僕も頑張らなきゃな、あ、そうだ今日は僕防衛隊に入ったんだ」


『防衛隊…それも懐かしく感じる』


 ハルナは口を半開きにし、何か思い出しげな様子だった。


『でも、やっぱり思い出せない』


「そうか…それで今日は僕の歓迎会で基地でお泊まりなんで」


『そう、羨ましい』


 ハルナはそう言って、少しだけ寂しそうに、でも慈しむように微笑んだ気がした。

 彼女の姿が霧のように薄れていく、同士にあの頭痛も僕に襲いかかる。


『じゃあまた会おうね…』


 ハルナの声も段々とフェードアウトし、他の声が聞こえるようになった。


 


「――おーい、主役! いつまで寝てんだ!」


 鼓膜を叩く野太い声と、肩に伝わる乱暴な衝撃。

 目を開けると、そこには僕の顔のすぐそばでニカッと笑うリョウタの顔面があった。


「うわあぁっ!?」


「うわ、びっくりした!もう18時だぜ!家庭科室に集合だ!」


「そうですよお兄ちゃん!ほら、みんな待ってますよ!」


 ミカちゃんに腕を引っ張られながら部屋を出る、家庭科室に連れられると豪勢な料理が並んでおり、室内はパーティのような飾り付けがされており壁には『ようこそ!防衛隊へ!』と書かれた看板が貼られていた、文字の横には僕そっくりな人の絵が描かれていた、おそらくアズサが描いたものだろう。


 パンッ!パンッ!


 入室してから少しの時間差でクラッカーが鳴り響いた。


「アオイ入隊おめでとう!」

「アオイっち入隊おめでとう!」

「アオイさん入隊おめでとうございます」

「入隊おめでとう、アオイ」

「おめでとう、浪人生」

「入隊おめでとうございます!お兄ちゃん!」


 同時にみんなの祝福が部屋中に響く。一人だけ僕を蔑む単語を混ぜた奴がいた気がするが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、その遠慮のなさが、今の僕にはひどく心地よかった。


「あ、アズサ。その看板の絵……僕に似てるね。ありがとう」


「誰も私が描いたとは言ってない…変な顔」


 アズサはぷいっと顔を背けたが、耳の付け根が少し赤い。


「はいはい、素直じゃないんだからアズサは」


 レイナそう言うとアズサは「レイナには言われたくない」と言い返されていた。


「おいおい、ツンデレはいいから早く食おうぜ!もう腹が減りすぎで俺のお腹の中がエンジンみたいになってるぜ」


「いえーい!メグミンはもう頂いちゃうよ!えーと…やっぱレイナの料理はアジフライが格別だ、頂き!」


「あーっ! メグミ、あんた主役より先に食べるんじゃないわよ!」


 レイナの怒声も、もはやこの賑やかな空間では心地よいBGMだ。メグミはアジフライを口に含んだまま「はふはふ」と笑い、ミナトはそれを横目に淡々と自分の皿へ料理を移している。


「いいじゃねえか! さあ、主役も揃ったところで……乾杯といこうぜ!」


 リョウタが、どこから持ってきたのか炭酸飲料の瓶を掲げた。僕も慌てて、ミカちゃんが手渡してくれたコップを握る。


「根大島防衛隊、期待の新人・アオイに――乾杯!!」


 重なり合うコップの音が、家庭科室の静かな夜を叩き割った。

 豪快に笑うリョウタ、揚げたての料理を次々運んでくるレイナ、アジフライの黄金色を幸せそうに見つめるメグミ、毒づきながらも僕の似顔絵を隠そうとしないアズサ、そして隣でずっとニコニコしているミカちゃん。

 つい数日前まで、僕にとっての四月は、ただ浪人という義務を果たすための「空白の期間」でしかなかったはずなのに。


「どうですか、防衛隊の雰囲気は」


 ミンナが食事して盛り上がってる中でミナトが僕に声をかけてくれた。


「あぁ、とても良いよ、やっぱ浪人生だからさ一年間真っ白な感じで生きていくのかなて思ってたんだよ、でも、こんな風に誰かと笑いながらご飯を食べるなんて、思ってもみなかった」


 僕が正直な気持ちを口にすると、ミナトは眼鏡の奥の瞳を少しだけ和らげ、手元のコップを見つめた。


「真っ白、ですか。……確かに、浪人生活は孤独な戦いですからね。でも無理に自分を封じ込める必要はないと思いますよ、それで精神が崩壊したら元も子もないですから」


 確かにこの島に来るまでは自分をずっと閉じ込めていた気がする、親の外食や友達の打ち上げすら素直に受け入れず勉強だけしか眼中になかった。


「アオイさんはミカちゃんと出会ってから変わったと思います、ここに来てから大体はミカちゃんと過ごしてるのを見かけましたし。」


 確かによくよく考えればそうだった、ミカちゃんと出会ってから僕は明るさを取り戻せた気がする。


「でも、変わったのはアオイさんだけじゃないです、ミカちゃんだってあの明るさを取り戻せたんです、アオイさんがここに来る前に色々あったので…」


 前に夢で知ったコハルという人物の事だろうか、やはりその人は防衛隊、あとは月見里家に関わりのある人物であるのか、気になることは多いがこの場で聞くのは辞めた。


「……そうか。なら、僕も少しは役に立ててるってことなのかな」


僕が独り言のように呟くと、ミナトは「さあ、どうでしょうね」とだけ言って、少し意地悪く、けれど温かい笑みを浮かべた。


「さてさて、ボクもアジフライを食べるとします、ほら今日の主役はあなたですよ、楽しんでってください」


「おーいアオイ、何ずっと突っ立っているんだ?早くお前も食えよ!」


 リョウタが僕に駆け寄りアジフライを僕の口に突っ込む、程よい暖かさで火傷することなく美味しくいただけた。


「あぐっ……おい、リョウタ! いきなりすぎるだろ!」


 不意を突かれて咽せそうになったけれど、口の中に広がるアジの旨味とサクサクの衣の食感に、自然と表情が緩んでしまう。


「あはは! お兄ちゃん、口の横に衣がついてますよ」


 ミカちゃんがクスクスと笑いながら、ハンカチで僕の頬を軽く拭ってくれた。その仕草があまりに自然で、なんだか少しくすぐったい。


「……美味いな、これ」


「でしょ!? レイナの揚げ物は島一番なんだから!」


 リョウタが自分の手柄のように胸を張る。それを見たレイナが「あんたが威張るんじゃないわよ」と呆れつつも、新しく揚がった皿をテーブルに置いた。

 ふと、視線を感じて顔を上げると、少し離れたところでアズサが僕を見ていた。目が合うと、彼女はすぐにフイッと看板の絵の方へ顔を向け、小声で「……冷めないうちに食べれば」と呟いた。

 賑やかな声。料理の匂い。クラッカーの紙屑。

 この場所にあるすべてが、さっきまで見ていた夢の静寂とは正反対で。


(……ハルナ。君が羨ましいと言った景色は、こういうことなのかな)


 夢の中で寂しげに微笑んでいた銀髪の少女を思い出す。彼女が失ってしまったかもしれない「日常」が、今、僕の目の前には溢れている。

 僕はそっと上着のポケットに手を入れ、そこにある翡翠色の「虹色貝」を指先でなぞった。

 砂浜で出会ったユラちゃんとの約束。

 ミカちゃんが抱えているかもしれない過去。

 そして、ハルナという存在の謎。

 真っ白だった僕のノートに、この島の人たちが勝手に、けれど鮮やかな色で落書きをしていく。


「……さて。僕も、負けてられないな」


 一人で抱え込むのはもう終わりだ。

 僕は新しく注がれたコップを手に取り、もう一度、みんなの笑い声の中へと足を踏み出した。


「よし、みんな、今日は暴れるぞ!」


「おー!アオイっちが珍しく乗り気だ!よし盛り上げていくよ!」


「メグミさん、歌ってみるのはどうですか?あ、アオイさんメグミさんは歌が上手いんですよ。」


 どうやらこの島では結構歌の上手さで有名らしく、根大の歌姫とまで言われているとか。


「あらメグミが歌うのね、何歌うの?」


「えっ、メグミン歌っちゃう!? ちょっと、心の準備が……あ、でもアオイっちの入隊祝いだもんね、特別に一曲いっちゃおうかな!」


 メグミはそう言うと、手近にあったトングをマイク代わりにして立ち上がった。


「レイナ、リクエストは!?」


「そうね……じゃあ、あの『ロマンティックシーサイド』とかいいんじゃない?」


「おっ、名曲きた! じゃあ、みんな手拍子お願いね!」


メグミが大きく息を吸い込み、歌い出した。

 その瞬間、家庭科室の少し騒がしかった空気が一変した。

 

 普段の彼女の天真爛漫な喋り方からは想像もつかない、透き通っていて、いつもと真逆にクールだった。

 しかしそのクールな歌声とは裏腹に動きはやたら騒がしい感じだった。


「……すごいな」


 僕は思わず圧倒されて、箸を止めた。隣のミカちゃんも、どこか遠くを見るような瞳でその歌声に聞き入っている。ミナトは眼鏡を拭きながら静かにリズムを刻み、さっきまで騒いでいたリョウタさえも、口を半開きにしてメグミを見つめていた。


「指先から〜♪零れ落ちた〜♪光る砂粒のように〜♪」


『今だけは、自由になれるーよ〜♪』


 女子陣が一斉にハモる、男子陣は手拍子をし、リョウタ大きく体を揺らしながら掛け声も出す。


「――ロマンティック シーサイド〜♪」


『シーサイド〜♪』


 気づけば曲は終わっていた。静まり返った家庭科室に、一拍置いてから地鳴りのような拍手が沸き起こる。僕も、手に持っていたコップを置くのも忘れて、全力で手を叩いた。


「また上手くなったね」


少し離れた場所で、アズサがボソッと呟いた。


「えっへへ、アズサに褒められるとは光栄だ!」


 メグミはトングを置いて、いつもの天真爛漫な笑顔に戻り、誇らしげに胸を張る。その横では、リョウタが「最高だぜメグミ! 俺、感動してアジフライあと五枚は食えるわ!」と、よく分からない感動の仕方をしていた。


「あはは! リョウタさん、それはただお腹が空いてるだけですよ」


 ミカちゃんが笑いながら、新しい皿をテーブルに運んでくる。

 賑やかな宴は夜が更けるまで続き、家庭科室の窓からは漏れ出した笑い声が、星空の下へと溶けていった。


「くー!もう食えないぜ!」


「結構お腹いっぱいになりましたね」


「そろそろお開きて感じかしら?」


 みな食事を終え一息つこうとしていた。


「いや!宴はなんならこれからだ!だって今日はここでみんなでお泊まりなんだから!」


「うおー!!俺は最後まで起きてやるぜ!!」


 リョウタが鼻の穴を膨らませて拳を突き上げる。その隣で、レイナが呆れたようにため息をつきながら、空になった皿を重ね始めた。


「とか言って、あんた前は最初に寝たじゃない」


 呆れ顔でツッこむレイナ、確かにこういうのは最初に「ぜってぇ俺寝ないから」とか言ってる奴ほど先に寝るのが落ちだ。


「そういえばボク、家から人生ゲームとトランプとUNO持ってきたんです、みんなさんでどうでしょうか?」


「おー!ミナっち冴えてる!家庭科室でやるのもあれだし、大会議室でやろう!」


 メグミ、ミナト、リョウタは先に大会議室に行ってしまってが、ミカちゃんとアズサと僕はレイナと一緒に食事の後片付けをした。


「手伝って貰って申し訳ないわね」


「いやぁ、もてなして貰った身だしこれくらいは」


 レイナと話しながら着実に使用した皿を洗っていく。


「改めて、あの時はありがとう」


「解決できて良かったよ、あんま大した事は出来なかったけど」


 あの時解決のヒントをくれたのはハルナだ、僕はそれに従っただけである。


「今度店が休みの時に試食しに来てくれないかしら、新しいメニュー考えたの!」


「ほう興味深い、勉強終わりの昼休みとかに行ってみようかな」


「ふふ、楽しみにしてるわね。アオイの正直な感想、期待してるわ」


 レイナはそう言って、洗い終えた皿を丁寧に拭き上げた。

台所に響く水の音と、遠くの大会議室から漏れてくるリョウタたちの騒がしい声。

この適度な距離感が、なんだかとても居心地がいい。


「お兄ちゃん!片付けが終わったので早く大会議室に行きましょ!」


「ちょっとミカちゃん、そんなに急かさなくてもアオイは逃げないわよ」


 レイナが苦笑しながら手を拭く。ミカちゃんは僕の腕を掴んだまま「だって、もうゲーム始まっちゃいますよ!」と、ぴょんぴょんしながら言う。


「わかった、わかったよ。じゃあ、行こうかミカちゃん」


 僕たちは家庭科室の明かりを落とし、廊下の先にある大会議室へと向かった。


「とりゃあー!ドロー2」


「ボクもドロー2」


「うぎゃー!!……と見せかけて、ドロー4!」


「メグミン!ここでドロー4!」


「計算通りです、ドロー4」


「おいマジかよ!俺の切り札が!16枚かよ!!」


 大会議室では既にUNOの死闘が繰り広げられていた。


「ちょっとリョウタさん、そんなに一気に引いたら手に持ちきれないですよ笑」


 ミカちゃんの笑い声が大会議室に響く。扉を開けると、そこには絶望の表情で山札からカードを引き続けるリョウタと、淡々と戦略を練るミナト、そして勝機を確信してニヤリと笑うメグミの姿があった。


「くぅ〜…お、アオイにミカちゃん来たか!」


「ワタシとアズサもいるって」


 リョウタが涙目で僕らを見上げる。その手元には、もはや扇子を通り越して「円」になりそうなほどの手札が握られていた。


「ワタシとアズサもいるって」


 レイナが呆れたようにそう言いながら、僕の隣の椅子に腰掛けた。アズサも黙ってパイプ椅子を引き寄せ、不機嫌そうな顔のまま、配られたばかりのカードを一枚手に取る。


「お兄ちゃん、私たちも混ぜてもらいましょう!」


 ミカちゃんが楽しそうに僕の袖を引く。僕は彼女に促されるまま、リョウタの隣に座った。

 深夜の学校。窓の外は波音一つしない静寂に包まれているはずなのに、この部屋だけは昼間よりも熱を帯びている気がした。

 人生ゲームでミナトに破産させられ、トランプでメグミに翻弄され、そして最後には誰が言い出したのか「負けたら明日の朝食の皿洗い全負担」を賭けた真剣勝負まで。 最初に島に来た時には想像もできなかった、泥臭くて、けれど最高に眩しい時間が過ぎていく。


「……ふぅ。さすがに、もう限界だぜ……」


 深夜二時。

 リョウタが会議室の長机に突っ伏したのを合図に、宴はようやく終わりを迎えた。

 ミナトは眼鏡を外して目元を揉み、メグミは椅子に座ったまま船を漕いでいる。レイナとアズサは、余った飲み物を片付け始めていた。


「お兄ちゃん、お疲れ様でした。……楽しかったですね」


 隣でミカちゃんが、少し眠たそうな、けれど満足げな瞳で僕を見つめる。


「あぁ、楽しかった。……ミカちゃん、ありがとう」


「えっ……? 私、何かしましたか?」


「いや。君とリョウタがここに連れてきてくれなかったら、僕は今頃、部屋で一人で英単語帳と睨めっこしてたはずだから」


 僕が正直な気持ちを伝えると、ミカちゃんは少し照れくさそうに、けれど今までで一番優しい笑顔を見せた。


「ん、ミカちゃん今日はわたしと寝るべき」


「……は〜い、アズサさん…ではお兄ちゃんおやすみなさい……」


「おやすみ、ミカちゃん。アズサも」


 アズサに連れられて、眠そうに目をこすりながら女子用の仮眠室へと消えていくミカちゃんを見送る。アズサは去り際に一度だけ僕を振り返り、小さく頷いた。彼女なりに「今日はよくやった」と言ってくれたのかもしれない。

 静かになった大会議室。

 机に突っ伏して地響きのようないびきをかいているリョウタと、その隣で「寝顔まで騒がしいですね」と呆れながら毛布をかけるミナト。


「アオイさんも、そろそろ休んでください。」

 ミナトがそう言って、自分も自分の部屋の教室に向かった。

 僕は窓の外を一度眺め、それから自分に用意されたあの「極上のベッド」へと向かった。


 (今日は楽しかったな…)


 静まり返った部屋で、僕はぽつりと呟いた。

 天井を見上げながら、シーツのなめらかな肌触りに身を委ねる。このベッドは横になって目を閉じるだけで、すべての疲れが心地よい重みとなって身体に溶けていくようだった。


 


ここまで読んでくださりありがとうございます!

今回は色々な予定が重なり投稿まで結構時間を使いました!

これから執筆頑張って行きますので応援の程よろしくお願いします!

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