第56話 変化
痛い。体が休まる気配がない。筋トレは少し落ち着いた………いや、身体ができた訳じゃなく流石に見かねたマグがラッキーに注意した。
「ラック、一応手アルに合わせて加減してるようだけどそれでも普通の人間にはオーバーワークだからな。見た所筋肉が育つまでエネルギーが残ってない。クソディッドの相手をするのに想像以上の体力が必要なんだろう。アイツは手加減する気全く無いだろ?下手すりゃ加減するって概念すら持ち合わせてないぞ。」
ああ、まさか変態が救世主になるなんてな………ラッキーは一瞬考えた後みるみる血の気が引いていった。
「すすすすススススイマセン!!アルさん!私、自分のメニューのことしか考えて無くて………あああの、ああ、だっだだ、大丈夫ですか?……なんていうか、ああ〜……」
面倒臭えな。こうなって落ち込むデカブツを慰めるのも疲れるから文句言わずにやってたんだよ。なんてったってその後のバカディッドの相手は肉体以上に精神がやられる。鍛錬であれだけの殺気をなぜ俺に向けられる?仲間じゃないのか俺達?ディッドの刀の切っ先が向けられる時、毎度マジメにチビリそうになるんだよ……多少は本当にチビっ……いや、何でもない。
「なに?ラッキーのトレーニング緩くするの?じゃあコッチの時間もっと延ばしていいんだ〜、にひひ〜!」
何勘違いしてんだバカディッド、悪魔の笑いを浮かべるんじゃない。何とか皆んなでディッドに言い聞かせた結果、俺の負担は少し減ったのだった。
「それにしてもアルは相変わらず難儀だな。なんだかんだあの二人にしっかり付き合ってやるなんてハード過ぎんだろ。傍から見てても気が滅入るほどだったぞ。良くあの二人が満足するまでやり切ったよな。」
基本的にマグは俺達が鍛錬をしている時は自分の研究に没頭している。たまたま見かけた時に唖然としたそうだ。一通り確認してこのままでは俺が潰されると確信したらしい。
「でも、あの状態で良くクソディドの猛攻を捌けてたよな。心底感心したぞ。」
「アイツの攻撃は避けた方がその後の予想が付かないんだよ。一個一個受け止めて動きの流れを止める方が楽だったからな。」
身体が言うこと聞かないのでその場で対処するしかできなかっただけなんだけどな。
「楽、か……簡単に言ってるがな…………くくっ、やっぱアルは良いな、それでこそだよ。」
何がそれでか分からないが一人で納得しているようなので放っておく。機械の上で荷物となって運ばれているので思考を停止することにした。
街だ。
やっと着いた念願の街だ。
雑踏が聞こえる。ただそれだけでなぜだか安心する。
ドアベルの鳴る音がする。宿屋に入ったな。そして部屋の扉が開く音。そこにはベッドが…ある!良いのか?横になって良いのか?機械の上はゴツゴツで意識は朦朧としてるのに移動中は睡眠することができなかった。せめて目を瞑って疲れを取ろうと努力したのだが徒労に終わったのだった。
だが今目の前にはベッドが横たわっている。自然と体が滑り込んでゆく。
「ああ、メシはいいや………とりあえずゆっくり寝させてくれれば………あと、あんまし街ではしゃぎ過ぎないよ…お……に…」
気力を振り絞り注意を促す。こればっかしは手を抜いてはいけないのだが………
「いいからさっさと寝ちまいな。散々絞られたんだから限界だろ?」
優しい声を掛けるなよ、意識が……もう……
窓から朝日が差し込み、小鳥のさえずりがささやかに耳に届く。身体全体を優しく温められた空気が包み、長く微睡みを与えてくれる。
俺が目が覚めたのに気づいたマグが窓を開けた。気持ちの良い風に乗って爽やかな草原の様な香りが漂ってくる。澄み渡った空に遠くからファンファーレの音が響いてくる。
ファンファーレ?何かのイベントかな?
ファンファーレ?人々の歓声。今日は休日か……
ファンファーレ…ファンファーレ…ファンファーレ…………!!始まるのか?始まりの合図なのか?何が始まるんだ?いや、実は何となく分かっている。歓声の他に何かが疾走っている音も聞こえてくる、何頭もの蹄の音が。
見渡した部屋の中にはマグしかいなかった。
「勿論行ってるよな?」
一応確認する。
「ああ。」
マグが一言で返す。魂が抜けかけた俺を流石に見ていられなくなったのか間を置いて再び話し始める。
「アルの気持ちは分かるがな、自分には二人を止められる力は無かったよ。まあ一言自分の資産はカジノで釈放する時にほとんど使い切ったからもう頼られてもどうもできないとは言っておいたが、どこまで制御が効くかは分からんがな。」
そこまで考えていてくれたなら何も言うことはない。俺も結局いつも止めることはできてないんだしな。
疲れが抜けきらない身体を引き摺り地獄のファンファーレの元へと向かう。人々の熱狂の歓声が響くその場所こそが俺の終焉の地になるかも知れないと感じながら…………




