第41話 意識の底
ディッドが懐疑的な返答をする。
「魔法?それで回復できるのか?」
冒険者として見聞きしてきた中で、回復魔法と呼ばれるものは余り万能ではないと認識していた。時間がたった怪我や欠損した身体が戻ることは無いと聞いている。やはりこの男は信用に値しないのでは無いかと考える。
「いやいや、魔法自体で彼を治すことは難しい。手助けと言うか、君達に時間の猶予を与えることができるんだ。」
要点がよくわからないが、今すぐにアルが意識を戻して…と言うことでは無いらしい。
「私が使える魔法。それは時間を固定する効果なんだよ。」
「時間…ですか?すいません簡単に何がどうなるか教えてください。」
マグも聞いた事が無い魔法だった、まだ話が噛み合っていない。
「こちらの、アルゼ君…に私の魔法をかけると彼の周りに防護膜の様な物をかけることができる。その効果は周りからの毒や菌等の影響無くすことができる。体の内部も腐敗や機能不全等の容態の変化を止めることもができる。魔法をかけた時点で今のままの状態から変化を起こすことができなくなる。良くも悪くもだ。」
一息入れて話が続く。
「即ち、薬の投与も治療も一切受け付けない体になる。期間は一ヶ月、魔法はかけ直しが効くには効くのだが、なるべく期間内に蘇生の方法を見つけて貰いたい。実はこの魔法は王国にも秘匿している。不老長寿なんて研究に使われたらたまったものではない。」
魔法にかかってる間は歳も取らないし病気にもならない。魔法をかけ続ければその分寿命が伸びたことと同じ様なものとなる。狙われて然るべき魔法であった。
「君達に何とかして恩を返したい。だからこの事は内密にして貰いたい。まあね、例えバレてもアルゼ君は助けるのだがね。格好つけさせて貰えるかい?」
そんな秘密を打ち明けてくれる位、予想以上に本気だった。疑う余地は無くなっていた。
「頼む……頼むよ。お願いだよ。」
ディッドのか細い声が魔法を行使することを承認した。
「注意点は、大きな衝撃を与えないこと。また、途中で医療的な処置はできない。イメージは玉子の薄皮みたいな物だ、破れたらそこで終わり。意識も魔法の中だから魔法が解けなければ目覚めて起きることもない。確実に内臓の治療を行える場所で魔法を解かなくてはならないのだが、どこか心当たりは無いかい?」
時間は確保できた、後は医療技術が必要になった。少し遠巻きにタクが様子を伺っている。また一人初老の研究者を連れていた。
「すいません、医療関係が分かる方を連れてきました。お話を聞いて頂けますか?」
タクはなかなか何が必要になるのか理解している。研究員として優秀なのだろう。そういう経緯でこの研究チームに抜擢されたと分かる。
「ほう、この装置は素晴らしい。これが無ければとうに手遅れになっていたね。」
初老の研究員はマグの機械を素直に称賛する。
「ただし、臓腑は駄目だ。この傷口から見るにこの子自体の肝臓が終わってしまっている。諦めても誰も文句を言えないだろう。」
ディッドがピクリと反応し、禍々しいプレッシャーを放つ。が、一呼吸置き気を静める。今は人に頼ることしかできないと自分を諭す。
「ここにこの男がいて助かったな。コイツの使える能力を私は知っている。後は肝臓を手術できる腕の有る医師が必要になるな。場所は我々が王国直下の所属であるから用意はできるだろう。しかし、臓器の手術……最悪移植等を考えるとその技量を持つ医師も限られてくる。まあ、一人しか思い浮かばんのだが、残念な事に今は一線から退いているらしい。」
ここでもまた、すんなりと事は進まない様だった。ただ、王国縁の医師であれば見つけることも困難で無いと思われた。マグは上層部から手を回しておけばすぐ見つかると想定し、見通しが少し明るくなった気がしていた。
「なかなかの年寄りなのだが、過去に何かしら問題を起こして医療研究から外され、どこぞの施設の閑職に追いやられたらしい。」
マグの体に電気が走る感じがした。もしそうだとしたら自分達が安心できるとは言い難い。
「その医師の名前は分かりますか?」
この質問の答えは最も聞きたくない名だった。
「それって研究所でアルの事診てくれた医者じゃない?フォネトって確かそうだよね?」
ディットの声のトーンが上がる。ラックバードも希望が膨らみ饒舌になる。
「私も覚えています!あの時お世話になった人ですよね?フォネトさんって。よかった!運が良いですねアルさん!やっぱりディットさんのお守りの効果もあるんじゃないんですか!?」
マグは二人には何も話していないどころか、完全に秘密にしていた。ショックを受けたり逆上したりするかもと、アルゼに口止めされたからだった。しかし、今はそのアルゼと因縁のあるフォネトが素直に力を貸すとは思えない。ある意味危険とも言えるだろう。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」
この二人に何も知らないままアルゼをあの医師に任せてはいけないとマグは判断した。アルゼとの約束を破ってしまうが、自分が全ての責任を負えば良いと覚悟した。
「え……なに?そんな奴にアルの身体いじらせられないじゃん……」
希望と絶望の繰り返しで皆が疲弊し切っていた。
「そんな……私の知らない所で……アルさんが私の為に…」
「すまない、ラック君。言い訳は無い、すべての責任は研究所に招待した自分にある。こんな時に伝えることになってしまって申し訳ない。ただ、アル君をこれ以上危険な状態のままにしておくことはもう我慢出来ないんだ。」
マグの苦渋の告白に責め立てる者はいない。解決の糸が手の平から滑り落ちていく。掴めそうで掴めないもどかしさに自暴自棄になりそうだった。
「フォネトさんが私達に何をしたのかは分かりました。ということは、私が一番の研究対象だったと言う事ですよね?………だとしたら私が実験体として買って出れば協力してくれるんじゃ無いですか?」
「やめてよ、ラッキー…‥」
マグはアルゼの取った行動の意味を今になって本当に理解した。ラックバードは人の為に全てを背負い込む、何も迷うこと無く。…そしてアルゼも同じだと、ただ少し擦れてる分上手く立ち回れてるだけなのだろう。あの時甘えた自分を許せなかった。
「とにかく今は王都に戻ろう。もしかしたらフォネト以外にも解決してくれる人がいるかも知れないしね。自分は王にも確認してみるよ。移動している最中にできる限り準備を整えて貰えるようにね。」
静かに頷き行動を開始する。フォネトはあの後王都に連行されていた。全ては王都で命運が決まる事になった。
調査隊一行とは渡し船で対岸まで戻った所で分かれることとなった。一度体制を考え直し再調査をするらしい、護衛や崖崩れの撤去のために増員しなくてはならない為だ。
「この後どうやって私達は王都に向かうのが一番早いのでしょうか?私は一週間でも二週間でも寝ないで走り続けます。一日でも早く到着できるのなら何でもします。」
ラックバードは焦りを隠せない。何とか落ち着いて貰いマグが今後の計画を伝える。
「この港で船を調達するよ。船上で自分のマーシーで推力を使えるように改良するから、それまでは人力で河を進もうと思う。昼夜問わず進み続けて一分でも早く到着しよう。魔法の効果を考えると万が一の為に魔法をかけ直しに戻ってこなければならないしね。」
「うん……分かった。ラッキー、コッチも休む気無いから最速で向かうよ。」
マグはこの二人の本気を垣間見た。嘘偽り無く不眠不休で王都に到着した。10日位を予想していたのだが、3日程で王都の地に辿り着いていた。
マグに先導され施設に通される。話どころか準備も万端に整えられていた。あとの問題はフォネトだけだった。怪我の状態もその他できる限りの情報を既に文書にて伝えてある。目の前の部屋に入り対面した。
「こんなに早く再会できるとはのう、その様子だとわしがしたことは全部知ってるのじゃろ?その上で助けを求めるとは行き詰まっておるのう。」
初手から挑発をしてくる。ディットが飛びかかったら止めるようにラックバードには指示をしているが、果たして抑えられるか不安になる。
「一つ言っとくがのう、手術に必要な物があるんじゃよ。一つは臓器提供者、もう一つは大量の血液、即ちそこの娘の内臓と大きい奴には二人分の血液じゃな。ワシに三人分の命を預けることになる事分かっとるのかのう?」
フォネトはしっかり報告書を読んでいるのだろう。具体的な内容を告げてくる。
「いいよ、早くやんなよ。」
「お願いします。今からでも大丈夫です」
「脅しなのか?あなたの立場を……⋯ってディッド君?ラック君?まだ何の交渉もしてないし、信用もできないよ?」
マグはアルゼの為なら何でもしようと思っていた。が、この二人はそんな自分の覚悟を軽く越えてくる。
「くく……かっかっかっ!面白いのう、マグよ、おぬしも随分信用されておるのじゃのう?それほど長い付き合いではないのじゃろ?わしらが結託したら三人とも実験体になるだけじゃぞ。」
フォネトが揺さぶりをかけてくる。
「問題ない。なんかあったらマグが絶対許さない。その事を肝に銘じときなよ。」
ディッドはマグに動揺する隙を与えない。ラックバードもディッドに同感している。
「あやつがわしになんと言ったか知っとるかのう?そこの大きいのにバラしたら地獄に落とすと言われたんじゃ。そやつが今や地獄の入口じゃ。しかも隠し事さえ暴露されてしまっとる。不憫じゃのう。」
「大丈夫だ、アルはそんな事気にしない。お前なんか何したって無駄だ。任せるからいい加減早くしろ。」
「ふう、全く堪えんのか…‥まあのう、わしはあの小僧の悔しがる顔が見たいのじゃよ、こんなわしに救われたとなったらどんな顔になるんじゃろうな……」
「…準備はできておる。処置室についてくるんじゃ。」
(結局これはアル君の勝利だね。自分も手伝うからもう少し待っててくれるかな。)
「わしが引き受けたのはのう、こやつらの腹を掻っ捌けるからじゃよ。」
フォネトは手術室の中で軽口を叩く。マグは助手として傍らにいるが、余計なことを監視する意味合いも兼ねていた。
「こやつらは実に興味深いのじゃよ。人類の規格から逸脱しておる。マグ、おぬしも分かるじゃろ?何やらあの大きい方に付き纏っておったそうじゃしのう。」
マグは反論ができない。自分もフォネトと同じ穴の狢であり、気持ちも十分に理解できる。過去の自分と照らし合わして嫌気が差していた。
「まあじゃな、国王直々に仰せ付けられとるのでのう、事は真面目にやっておるので安心していいんじゃぞ。まだわしも研究したいしのう。」
意外な所からの支援があったようだ。ということはフォネトに遊ばれてたのだろうとマグは悟った。
(いやいや、気は抜くなよ。研究者なんてろくな奴いないんだからな。鏡見てみなよ、実験のためならどんな悪いことでもしそうな顔が映るだろ。)
自虐的に思い浮かべ口もとが緩む。
(今はそんな顔じゃないよな、多分。)
手術は無事に終わった。




