第109話『Weighing up a soul(生の値踏み)』 B Part
「──『荼毘の烾灻』!」
ヒンドゥー教の神聖術士、エルミュラ・フィス・スケイル。気狂いの焔を投げ打つ。圧倒的火の神アグニを『醜い7つの舌を絡めた神』と愚弄した。
ズバァァンッ!
互いの凶刃に倒れたガロウ・チュウマとトレノ。
それを治癒するリイナ・アルベェラータと、横でトレノの身を案じたヴァロウズの女格闘家ティン・クェン。さらに加えて彼等彼女等を敵から護る二丁拳銃使いのレイ。
この5名を長方形の火の手が破裂音と共に地面から突如沸き立ち囲む地獄絵図。まさしく荼毘の焔、火で拵えた5人分の棺桶を思わせた。
「クッ……ククッ……!」
蒼い目を細め緩やかなサリーの肩を震わせ、独り悦に浸る視線を浴びせたエルミュラの狂喜。
なれども不可思議な事に爆炎に包まれた者共の阿鼻叫喚が全く届かなかった。断末魔を上げる暇さえもなかったのか。それは何ともおかしな話だ。
何故ならアグニ神の荼毘を受けた者共の中に不死の炎を浴びた化身が居るのだ。
不死鳥の使い手リイナ──。不死鳥とは死してなお太陽神ラーの炎に自ら飛び込み蘇る永久を約束された存在。『陽に火を注ぐ』これは気が触れた何とも愚かしき行為ではあるまいか。
同じ姓名スケイルを隠し持つ炎の獅子に化けたエレーネ、太くなった首を傾げる。我が姉は一体何を夢見て嗤っているのか……。
◇◇
スケイル家──。
この姓を名乗る者共が初めて夢見の異能を手にしたのは、またしても300年前。
宇宙に居を構え星の屑を地上に降らす阿鼻叫喚の巷を生んだ男、エルドラ・フィス・スケイル。
ルヴァエル達が大気圏外からForteza市を襲撃出来た種明かしは此処に繋がる。スケイル家の遺産を使ったのだ。
そして異能の血を紡ぐには彼の隣に寄り添う女性が居た必然──旧姓パルメラ・ジオ・アリスタ。
籍を入れる前に死したエルドラ。パルメラは、世界初の不死鳥を召喚し得る魔道の詩を書いた。
夫の魂を僅かな一刻とはいえ、黄泉から連れ帰ると『君にスケイルの名を捧げたい』と告げられ、末期の婚約を果たした話は、既に触れた。
その刻にパルメラは死した夫より、もうひとつの遺言を聞き届けた。
『レヴァーラを護って欲しい。彼は、この地上に必要な存在なんだ』
それはレヴァーラの事を知るパルメラに取って何とも風変わりな時世の句。レヴァーラ・ガン・イルッゾは黒髪を伸ばした女性。
愛焦がれるも喪失した夫エルドラの語り継ぐ『彼』とは何か?
当時のパルメラ、やがてエルミュラにも継がれる色艶の鮮やかな褐色の頬に流れる涙々を垂れ流す首を傾けた。
晴れてパルメラ・ジオ・スケイルを繋いだ女性は、夫の遺言を忠実に最期まで護り抜いた。
彼女が手にしたもうひとつの異能、インドとヒンドゥーの神々を具現化出来る神聖術を自在に駆使して、あのファウナ神さえも敵に回す大立ち回りを演じた。
やがてレヴァーラがマーダ──即ち『彼』に取り込まれたのを知り、ファウナ・デル・フォレスタが世界に穏やかな平和を取り戻したのを自覚すると、パルメラも己の力と共に世界の歴史からその姿を消した。
パルメラ・ジオ・スケイルは、己が書いた魔道の書も残らず焼き払い、自らが繋いだ異能の血こそ在れども、それらを呼び出す暗号を全て消し去ったのだ。
残されたスケイル家の者達に取ってこれは家の品格を下げる死活問題。力を継ぎながらも、言葉を知らぬ哀愁に暮れた。
依っていちから神聖術と、不死鳥を呼び出す詠唱の文言を自分達の解釈で紡ぎ出す苦悩を続けたスケイル家の子孫達。不死の炎は、血の分家と共にカスード家へ受け継がれ現在に至る。
姿形こそパルメラによく似たエルミュラとて例外ではない。ヒンドゥーの神々を美しく昇華させたパルメラの具現化は、見るも無残な神を嘲る詩に化けたのはそれ故なのだ。
エルミュラの男性経験、両手で数え切れない程。されど真実の愛に届いた相手は皆無。此方も既に語った話だ。これもスケイル家の伝承が由来していた。
『少しでも良き命を繋げ。それがスケイル家の女に課せられた使命』
初代から紡いだ威光を絶やす事決して罷りならん。
エルミュラにも当て嵌められた血の原則。だから逢いより先に個を──命の値踏みを自分の躰を晒して試さねばならない淋しき青春を送っていたのだ。
『ローダ! 愛してる! 大好きな私だけを見て!』
『死した母さんもきっと分け隔てなく命を救った』
鍵の女ルシア・ロットレンが金色の砂粒便りに夫ローダのみならず、世界中に晒した愛の雄叫びや、親の仇すらも救うリイナの行為に、反吐が出る怒りを覚えたのはそうした所以だ。
歪んだ詠唱の火種は、300年も受け継ぐ不毛な親ガチャに端を発していた。恐らくエルミュラの神聖術は、スケイル家の中でも最凶の部類に変化を遂げていた。
語りが長過ぎるのだがスケイル家の血を継いだ者はもう独り。エレーネ・スケイル、彼女の在り様も共に語り継がねば物語が繋がらない。
エレーネが化ける炎の獅子──最早耳蛸だがこれも300年を巻き戻す。
エルドラとパルメラが繋いだ命、ジオ・スケイル。ジオとはこの青い惑星を指す。
エルドラは、当時『星の屑』と呼ばれた金色の砂粒を地球上の何処でも好きに舞わせる異能を持ち合わせていた。
されど好きに金色の砂粒を操り、望む異能を形にするだけなら他の者達も成せた事柄。
エルドラの場合、地球を模した緑の宝玉を『この辺りか』と気軽に突くだけ。
地上の余剰な戦力──軍基地を滅ぼす救世を気取れた。彼に取っての地球とは掌の上に転がる存在。故にこんな異端を下せた。
少々話がエレーネの事柄から外れた。ジオ・スケイルは半獣──人と獣の間の種族としてこの世に生を受けた。
父エルドラ、母パルメラ、何れも人間。されど父親の地球を手玉に取る力の在り様がジオ──地球の生き物を象徴する者を産み落とした。
ジオは獣人である身体の強靭さを活かし、また母パルメラの神聖術も手伝い、ありとあらゆる生物に化けた。その中でも炎を纏った獅子が最もお気に入りであったのだ。
もう判って貰えたと思いたい。エレーネの化ける炎の獅子は、ジオ由来の力だ。詠唱を必要としない純粋な本能を活かせる異能の形。
姉エルミュラとは、随分かけ離れた系譜に至れたエレーネ。
故に『これはエルドラ様の御意思?』歪む事なき無垢なる意志と、獣の力を継いだ少女が姉と同じ家系でありながら、こうも道を違える理由になった。
では脱線ついでに不死鳥の異能を継いだカスード家の天才児、ジオーネ・エドル・カスード。焼き払われた不死鳥の詠唱を自らの天性と努力で編み出した少年。
彼は果たしてジオの系譜なのか? 念押しで語るがジオーネは獣人ではなかった。
バァァァァンッ!!
エルミュラとエレーネの面前、エルミュラの放った荼毘の業火が異なる轟音を以て吹き飛んだ。
「……赦さないッ!」
敵の女が死にかけた者共に鞭打つ火を放った行為への悲憤と、激昂を織り交ぜた大きな蒼い瞳を吊り上げ燃やすリイナの逆上した叫び。
その小さき背中に大好きな地球の生命の影が透けて見えた。




