第109話『Weighing up a soul(生の値踏み)』 A Part
民衆軍のリーダー格ガロウ・チュウマと、マーダ第三の刺客トレノに依る互いの凶刃を繰り出し共に果てる少し前。
バルタバザルから襲来したヒンドゥー教の神聖術士、エルミュラ・フィス・スケイルも、トレノのあらぬ介入に腑に落ちないものを感じていた。
彼女に取ってはマーダとそれに連なる者共こそ、真祖と嘯くレヴァーラ・ガン・イルッゾを消した過去の宿敵である。
例え自分達に優位な条件であろうとも、そんな輩の手を借りるのは、敵に塩を売る様なもの。例え贈られた塩でも弾き返すのが流儀だと思い、化粧した唇を噛み締めていた。
されどそんな仇同士がたったの一振りで、血の華を咲かせ地に伏せたのだ。エルミュラは、葛藤すべき時間さえも光の速さで奪われた。
「お、おぃッ!? 手前ッ!」
「が、ガロウさんッ!」
Fortezaの街並みから外れた荒地に自らの血を養分として注ぎ始めたガロウとトレノ。果たして二人は生き長らえているのであろうか。
慌てた二丁拳銃使いのレイと不死鳥の伝道者、リイナ・アルベェラータがガロウの元へ文字通り、飛んで駆けつける。
敵を落とす絶好の機会にも関わらず、エルミュラと炎の獅子エレーネは、トドメをくれる時合に今一歩の遅れを取った。
ズダダッ! ズダダッ!
愛銃達『Leythemend』を自身の僅か上と、足元付近に浮かせ、敵を寄せ付けぬ援護射撃を始めたレイの手慣れた動き。
──ジオ! 私に力を貸してぇッ!
リイナに不死鳥を伝えた、彼女の心の奥底に眠りゆく伝達者。ジオーネ・エドル・カスードの魂に呼び掛けたリイナ、心の絶叫。
コォォォッ!
前のめりに伏せた血塗れのガロウの背中へ、さらなる轟音を立てて燃え盛る不死鳥の火種を手向けたリイナの奇異な行動力。まるで葬送の火を髭面の剣士に与えた様な絵面。
「トレノォッ!」
ヴァロウズ5番目の女格闘家ティン・クェン。彼女も電光石火と云う言葉が霞む程の早駆けにて、トレノの元に歪んだ表情で訪れた。僅かだが背中から、命の上下を感じ取れた。
けれどもトレノ命の火は、蝋燭の様に拙く揺らいでいる。担いで運び出しても良いものか。女性にしては人一倍大きな身体のティンの気持ちも揺れ動いた。
バッ!
「な、何の真似だァ!」
これはまた何とした事か──。
トレノの命を繋ぎ止める行為が思いつかずに、おろおろするだけしか能のなかったティンの目前。リイナは、不死鳥の炎を帯びたもう片方の手をトレノの背にも着火したのだ。
死人に追い打ちを掛ける様なトドメを討たれたと早計したティンの怒号が少女に浴びせられる。拳を振るおうとしたがLeythemendの銃口を鼻面に向けられた。
「邪魔しないでッ! これが不死鳥本来の力なんだからぁッ!」
平常時、仲間相手にも敬語を決して惜しまないリイナが実母の仇相手に甲高い女子の声音で大いに叫び散らした。
「ふぇ、不死鳥の……力だと?」
全身に焔を刻んだ少女の本身を思い出したティン。嘗て彼女が命を絶った司祭級の女性。ホーリィーン・アルベェラータの独り娘だと云う哀しき事実を。
さりとて少女の翳す炎。不死鳥の本質を知らぬティンに取っては、まさしく荼毘の火葬にしか映らなかった。
リイナ、冷静な彼女らしからぬ必死の形相。互いの剣をまみえた二人の漢を睨みつけていた。
『不死鳥本来の力』
リイナは自身が叫んだ台詞に縋る。何しろジオーネから譲り受けた不死鳥の力は、自身の肉体強化を図れる代物。それ以外、ジオーネ少年から受け継いではいないのだ。
いつもなら戦之女神に祈りを捧げ、細胞分裂の活性化を促す回復の術式を扱う場面。然し何より敵陣の只中、今ばかりは祈る相手を女神から火の鳥へ鞍替えするより他なかった。
「──ッ!」
「ふんッ……!」
目前の燃える少女に幾ら尋ねようが無駄だと知ったティン。汗ばんだ視線を、リイナと同じ銀髪を揺らした門番役レイに向けるも、鼻であしらわれた。
レイとて不死鳥リイナの力は初見。彼女もリイナの真意など知る由もないのだ。
ただ阿呆の様に信じ抜くのみ。『あの御人好しな英雄気取り野郎の仲間』これだけがレイの辿れる道であった。
「御願いよジオッ! 不死の炎をこの二人にッ!」
涙を湛えた蒼い瞳をギュッと瞑り、己の中に潜むジオーネの残り火に全霊を賭けて訴えるリイナの悲痛なる絶叫……天に届く!
「ち、出血が止まった?」
完全に栓を失ったトレノから溢れ零れた出血が静かに止まり往く着実をそこにみつけたティンの動転。やがて肩まで裂けた斬り痕がゆるゆると、然し確実に塞がれ始めた。
トレノの隣、旧知の友人が如く倒れていた髭面の剣士の様子にも、漸く視線を移せたティン。やはりトレノと同様に斬り合った傷が治癒し始めていた。
「な、何故だ!? 此奴と俺は、お前の故郷を焼いた宿敵だろうが!」
リイナの炎が荼毘ではないと知れたティン・クェン。されど仇の娘から同僚の命を救われる意義が判らずそのまま気持ちを言葉に載せた。
「判んないッ! 私にだってそんなの判らないよッ! ひっ……だ、だけど!」
「……?」
ティン・クェンの如何にも常識的な価値観を滲ませた質問に、慟哭と引き攣る嗚咽を以て応じるリイナ。母の仇、街の皆の宿敵。放って置けば必ず死に通じたのだ。
「だっ、だけど……き、(っと)母さん(なら)こう……した」
「……!」
涙混じり、声にならないリイナの憤怒と母から継いだ司祭としての矜持。
普段は非情な女戦士の目にも込み上げる涙、もう止めようがない。
身勝手に命を捨てかけた男共二人の代わりとでも言わんばかりに、大人の女が肩を揺らして地面に涙雨を降らせた。
──ふんッ! やっぱり御人好しの友達だよ。本当に呆れたもんだ。
愛銃達を空で構え続け、敵方エルミュラとエレーネに睨みを効かせ続けたレイが、横目に映る少女リイナの底が見えない優しみに、思わず浮かべた穏やかな一見女らしき笑み。
旧スペイン語の法を尊ぶレイ。
改めて自身の揺るがぬ正義を信じ抜く美しさと、交わる切なさの同義に、実は魂が締め付けられていた。この笑い、吊られ涙を誤魔化す偽りの嘲けなのだ。
「……न दुष्टम्」
「エルミュラ?」
敵と味方──垣根を乗り越えた少女の燃やす救済の火種を見せつけられた青いサリー姿の女性。エルミュラが自分も知らぬ間に零した母国語。
彼女を背に乗せるエレーネの耳をも揺さぶる怒りの震えだ。
シャッリィィン……!
トレノとガロウの命が繋ぎ止められた祝福。如何にも女性らしき無償の愛を秘めた、レイの気が奪われた瞬間を狙ったエルミュラ・フィス・スケイル。
不浄の左腕に巻かれた赤と黒の腕輪を打ち鳴らす。そしてレイと同じ性別を抱く存在とは思えぬ非道に満ちた真実の冷笑を轟かせた。
「アシュラングレイ! 火の神アグニ! その醜き7つの烾を絡ませ焦がせ! 死に逝くしか能無き咎に静寂を! ──ふふふッ! そんな燃えたいのならば神の炎を喰らうが良いわッ! ──『荼毘の烾灻』!」
ヒンドゥー教徒に取っての絶対的な火の化身。アグニ神を『醜い』と罵るエルミュラ。地獄の番人達が奈落を彷徨う魂達を震え上がらせる烾灻を情け容赦なく呼びつけた。




