第108話『Chaos Behind the Stage(舞台袖の戦乱)』 B Part
『ヴァロウズの剣士トレノが敵の加勢に来た』──。
アドノス島に取っての外敵、ルヴァエル達の助太刀と云う本来あらぬ動きをみせたトレノ。
これをモニタ越しに見つめた元ヴァロウズのNo2、ドゥーウェンがよもやの綻びを繋げた異常。
「ふむ……確かに奴の分析が出来ておる。──だがのぅ、それだけであのトレノを止められるとでも思うてか?」
顎の白髭を撫でるサイガン・ロットレン、ドゥーウェンの師匠、大いに沸き立つ弟子を相手に釘を刺す。
クスリッ……。
「まさか……。そんな大それた事なんか狙えませんよ。僕達の仕事は、あくまでも異能の情報化。出来ても精々味方へ注意を促す位でしょうね」
ドゥーウェン、染めた金髪を掻いて黒スーツの肩を竦め、少し引き攣った笑顔を先生に返した。「ですが……自分の仕事を見つけたのですから、悪い気分じゃないですよ」と、零した笑みを付け加えた。
「で、あろうな……」
頬杖をつき、苦い表情を浮かべこの話題を切った白髪の老人──。
人工知能を突き詰め、人の可能性を探るべく能力の情報化を推し進めた立役者であるにも関わらず、釈然としない顔立ち。
人が他人の力を測りにかける傲慢。自分以外の人間が楽しんでいるのを見ると、興醒めする身勝手さを自覚せずには要られなかった。
扉の候補者の裏側ルイス・ファルムーンことマーダに仕える三之懐刀。濡れた剣を操る男トレノ。
盛る焔を一撃必殺の剣に載せるResistanceのリーダー格、ガロウ・チュウマをFortezaの目端に見つけ、再戦を申し込んだ。
「おいに取ってもやり残した戦じゃッ! 望む処じゃっどッ!」
髭面に笑みを湛えたガロウ。彼の目に映るのは、剣士トレノと、水滴る青い刃だけ。
黒い脇差に帰っていた炭化タングステン製の短剣を抜き放ち、たちまち真っ赤に燃やして再び大太刀に伸ばす。
ガロウがこの世で最も信じる最上段にて構え、がら空きの胴を晒して誘う大胆不敵。
「ふんッ!」
「示現我狼──『櫻道』ッ!」
トレノは間合いを詰めずに濡れた剣を振り、宙を斬る。水で拵えた剣から熱き硫酸の横雨を飛ばす。
対するガロウとて気軽に地面を斬り裂き、立ち昇るマグマの如き赤い波風を呼び込み、熱過ぎた横殴りの雨をさらなる熱波で消し去った。
「はんッ! また飛び道具か! やっせん──ッ!」
以前、トレノと剣を交えた折に、ガロウは彼の剣術を『まるで剣の博覧会』と斬って捨てた。
またしても当時と似た立ち上がりかと思いきや、赤い道の影からトレノが最下段の構えで走り込んで来たのが見えた。
尤も驚きを抱いた訳ではなかったガロウ、飛び道具を盾代わりに追い縋り飛び込むやり口。
将棋の歩を捨て駒にする行為なぞ、彼に取っても定石通り。
歳を重ねた戦人の揺れぬ乱心、何と彼も地面を蹴って真正面から間合いを詰めに駆け寄る真っ向勝負を挑んだ。
「──『櫻華』ぁッ!」
ガロウ、敵の剣士が最下段から振り上げる剣筋へぶつける気迫。最上段から火力最強の奥義、櫻華を全身全霊を賭けて振り下ろす。
トレノの大太刀をへし折り、そのまま相手も叩き割る破格の太刀筋。
対するトレノ、歯を食い縛り彼が最も得意とする最下段からの振り上げでこれに挑む。──かに思えた矢先。
バシャッ!
水飛沫に刃を転じさせガロウの滾る刃をいなすトレノ、変幻自在の剣。然もガロウの剣のみを躱すと、何と再び剣化させた。
ザクゥッ!
左の腰骨辺りから右側の肩口まで斬られ折られた悲痛な音が木霊する。
「ぐぉぉッ!?」
「フンッ! 我が剣の正体を知った上での狼藉ッ! 何と愚かな奴!」
ピッ! ピシッピシィッ!
自分独りだけ逆袈裟懸けに斬られたガロウの血飛沫が派手に舞い上がり、共に戦う拳銃使いレイの頬にも血糊を残した。
声を失う戦場の戦士達──。
ガロウの味方、不死鳥を躰に刻んだリイナ、そしてレイは元より、敵勢力である神聖術士エルミュラや、炎の獅子に化けたエレーネの冷静さえも驚異に堕とした。
そればかりではない──。
ドローンを介した中継にて高飛車の見物人に興じていたドゥーウェンやサイガンとて無論、例外ではない。余りにも呆気なさ過ぎる結末を拝んだ気分。
唯一、この中で落着き払っている女戦士。
トレノの付き添い人、ヴァロウズのティン・クェン。異能に動体視力を全振りして他より異端に優れた彼女だけは、トレノの強硬なる切っ先を理解していた笑みを独り湛える。
──されども剣は狂気……生じる狂いとは、人を捨てた裏に潜むもの也──
「ムッ! ま、まさか彼奴!?」
他人より先に剣の刃先が目に映るティンの鼓動が高鳴る。彼女さえも読み解けなかった瞠目を呼んだ。
「ぬぉぉぉぉッ!」
「な、何ィッ!?」
致命と思える剣を浴びたガロウが上げる野太い叫び。
全身を斬られ、然も濡れた刃から滲む硫酸の火傷すら帯びる終焉を迎えた筈の漢が返す刀。
ガロウは、水飛沫に避けられた暁の剣筋を反転させ、勝ちに奢る若者相手に、此方も逆袈裟懸けを凶行した。
ザバァッ!
「ぐはッ!? ば、馬鹿……な!」
「……」
ドサァッ……!
ズシャァ……!
右側の腰から左の肩辺りまで──自分を斬り裂いた傷口と、正反対の向きで燃える剣をトレノに浴びせたガロウ。
トレノは驚きの血反吐。思わぬ敵の逆襲にやられ、色を失った表情を返す。
ガロウの負った深手、本来なら決して成し得ぬ反撃を無我の境地で繰り出した。
トレノの剣が硫酸に依る火傷の痕を相手に残すのであれば、自分は理念なぞかなぐり捨てた焔の刃を焚きつけるのみ。
そう──まさしく夢中、大量出血と、まともに動かぬ筈の躰でありながら、人知を超えた剣でガロウは応えたのだ。
そして剣で語り合った者同士が旧知の友の如く、肩を並べて荒地に前のめりで倒れ合った。地面に降り積もった金色の砂粒が舞い上がり、綺羅星の如く一瞬の激しくも、虚しき戦いに彩を添えた。
ポロリッ……。
その様子に指揮棒代わりのボールペンを落とした白髪の老人。
老人の隣、理屈はおろか屁理屈さえも通じぬ何かを見た者。
賢人がどれだけ知恵を振り絞った処で届かぬ人の本質を見せつけられたドゥーウェン、最早息すら忘れた。
勝敗……結果を論ずる何とも物悲しき言葉か。
人生に真の勝利者などいない。ほんの一刻、美酒に酔えた処で所詮は幻。哀しきかな、敗北とは等しく巡って来るものだ。
ガロウ・チュウマとトレノ、決死の一振りだけを互いに浴びせた一閃。
赤と青? 血に塗れ倒れた身体で、差など無かった証を世界に示した。




