第106話『Alchemist's Grudge(錬金の怨嗟)』 B Part
『──『閃光』ッ!』
ルヴァエル、己が神と称えるレヴァーラ・ガン・イルッゾの力を用いた大逆襲を狙うのか。ルヴァエル達が目の仇にしている扉の候補者ローダ・ロットレンには、少なくともそう思えた。
ファンッ!
閃光の輝きに包まれたルヴァエルのRavinGray。
とても地面を力強く蹴ったとは思えぬ音速を切る残像を魅せ、ローダ達の駆るEL・Galestaから、意外なる逃げを打つのだ。
「なッ!?」
「ふふッ……! 僕は本命を奪いに走るのさ!」
存外な置いてきぼりを喰らったロットレン一家。
ルヴァエルは、エレーネ機が探知機で拾い当てた本命を手中に収めるのが真の目的。目の前の獲物を喰らう低俗には走らなかった。
「ブラドクルス、輪廻に足らぬ咎人達の血溜りよ、殺戮の母ドゥルガーがもたらす雨と成りて堕ちよ──『月桂の混沌』!」
ルヴァエルが真祖レヴァーラと顕現した力の景色に暫く気を取られていたローダ勢。
ヒンドゥー教の神々を貶める罪深き神聖術士、エルミュラ・フィス・スケイルに詠唱の暇を与えた。彼女の早口な詠唱も功を奏した形。
月桂樹──。
雌雄が異なる株に分かれた樹木。命を繋げ損ね、ただの紅色に堕ちた吹溜りを、罪と捉え混沌へ押し流すエルミュラの異端が過ぎる発想の転換術。然も女性の月経を月桂になぞらえた狂気。
ザァァァァァッ!!
突然真っ赤な雨がFortezaの大地に降りしきる。地下の避難所に逃げ遅れた僅かな者、希望一色であった筈の金色が絶望の色に上書きされる。
次々と地面に沁み往く血の雨。エルミュラの術にしては些か殺傷力に欠けていた。
されども民草の幻滅と、ローダ達から気力を削ぐには最も効果的な演出に誰もが思えた。出鼻を挫いたと云っていい。
「なッ!? ないごとよッ!」
「ふ、巫山戯んな! そ、空から血を降らせるだなんてッ!」
レヴァーラの神徒を身勝手にも名乗るルヴァエル勢を相手取るローダ等。
示現我狼の使い手であるガロウ・チュウマと、コルト・ガバメントに寄せた『Leythemend』を飛ばすレイの二人がこの血雨に最も激しく打たれた。
傘代わりの人型兵器や、どれだけ雨が降ろうとも不死の炎で燃やし切れるリイナ・アルベェラータと違い、直に浴びざるを得ない必然。
怪我を負っていない両者。誰のものとも判らぬ熱さを帯びた紅色に激しく全身を打たれ、両手で拭う無駄な行為に時間を費やす。地面に続々と生まれゆく血の池地獄。
鉄の如き匂いを嗅ぎつけたガロウと、術者が自分と同じ女性であるが故に、命に至れなかった淋しき生臭さを嗅ぎ分けたレイの憂鬱。
バッサァッ! シュゥゥゥ……。
「二人とも御無事ですか?」
不死鳥の翼を燃やしたリイナが、そんな二人の直上に割って押し入り、エルミュラが降らせる地獄を蒸発させる。
然し無駄な動きに囚われた最中、極彩色の輝きを纏ったルヴァエル機がForteza市街を目指し、既に手の届かない場所へ光の軌跡を描く高飛びを遂げていた。
加えてエルミュラのRavinGrayと、炎の獅子に転じたエレーネ機が三人の前に立ちはだかり睨みを効かす。
「チィッ! 相も変わらぬ趣味の悪さよ!」
希望を失望に塗り替えたエルミュラの術式──。
女神の捉え方が劣悪だと感じた最年長のサイガン・ロットレンがまたもや舌打ち。神に対する冒涜を具現化するやり口、普段は自らが造り出した電算だけを信仰する男が怒りに震えた。
ドガッ! ガツゥゥンッ!
「ぐッ!? な、何だァッ!」
EL・Galestaのホバリング滑走のお株を奪うルヴァエル機の華麗な逃走。突如、何かに当たり地べたを転がる停止を余儀なくされる。
目的地Forteza市街を目前にした所で接触されたルヴァエルの屈辱。
「何故だ? 如何してそこに居る?」
漆黒の無塗装に血の雨を流した凡庸な3機目のEL・Galesta。搭乗者不在のAI機が敵の侵入を阻んだ。
パチンッ!
『当然だ、その機体にはFortezaの死守を厳命してある!』
ローダ・ロットレン、無線の回線を全域に変えた煽動をルヴァエルに力強く送り届ける。
AI機、不死鳥リイナの戦いぶりを追う形で戦いに彩を添えていたが、元々帯びた命令を例え不器用でも忠実に熟したのだ。
『そうよッ! 負けるもんかァッ!』
妻ルシアが絶叫と共連れに風使いの本領を発揮、ワザと黒に沈めたEL・Galestaに降り積もった金色の砂粒を大いに散らす追撃。
風の精霊達の後押しを受けたルシアと、彼女の信念をEL・Galestaの操作系に余すことなく伝える夫ローダと娘ヒビキの凛々しくも流麗な三連星。
やがて閃光の力を借りたルヴァエル機の極彩色と、ロットレン機の金色の残光が重なり合う激走の様相を呈してきた。
もしこの争いが単純な速さを競うレースであるとしたなら、観客達が総立ちする大熱狂を巻き起こしたに相違ない。
極彩色の黒猫と、金色の人型兵器がぶつかり合う。壮絶と云う言葉さえ色褪せるルヴァエルとルシア、女同士の闘争。
バチンッ!
『邪魔するなぁッ! もう後2分しか持たない塵屑のくせにィッ!』
ルヴァエル、彼女も負けじと無線を拡声器に変えての応戦。
もげたRavinGrayの手足を閃光の光が補う危うさ。けれども破砕される前より鞭の様にしなって伸びる。
『どの口が言ってんのよぉッ! そっちこそ死にぞこないを無理矢理押してまでぇッ!』
ドゥーウェンから受けた警告『その機体、もってあと5分』既に3分間を経過したルシア機。
一見まだまだ動ける様に周りの目に映る。実の処、バラバラ寸前なのだがローダの創造力が機体の伝達系を補助する延長戦を続けていた。
ルシアは、ローダの創造性と、心の壁を取り払ったヒビキの伝達性を真正直に信じ抜き、ルヴァエル機との一戦に全力を以て臨んでいた。
お互いに満身創痍を押している次第、さりとて最後の力を輝きに変え、激しく競い合う。
──パッパもママも本当に凄いよッ!
一度は死に転落したヒビキ。病み上がりな死に戻りでありながら、途轍もない父と母の連携に色めき立つ。
ルシアだけでなく、ローダとてルシアの能力を計算度外視で信頼していた。
然し、それは驚異で眼鏡下の青目を見開くヒビキの伝達力在りきなのだ。ヒビキ、実は自分が父母の要である事実を失念していたのだ。
「す、凄い! こ、これですよ! 私が観たかったのは!」
戦場を簡易の管制室からモニタリングしているドゥーウェン。何とも大人気ない興奮の坩堝に熱狂していた。
『操縦士が機体の性能を上回る姿を夢見てはいまいか?』
自分がほぼ作り直したEL97式改。AI駆動だけでは物足りない動きに失望していたドゥーウェンを揶揄したサイガン。
「何とも不謹慎だがの、まぁ……判らんでもない」
頬杖をつき不貞腐れた仕草を敢えて示すサイガンの意地っ張り。
彼自身もドゥーウェンの掘り起こしたEL・Galestaに昔の動画や特撮を彷彿する夢を見た。
目に入れても痛くない孫娘、自身が創造した娘、そして老人の姓名を勝手に奪った義理の息子が、命削り合う戦場の只中にて、白髪の老人の夢現を現実にしたのだ。




