第104話『Memories of Stardust(星屑達の記憶)』 A Part
ヒビキ・ロットレン──都合、三度目の生まれ変わりを果たせるのか?
ヒビキはルシア・ロットレンの胎内に着床を果たして直ぐに意思を抱き、自己の表現を父ローダや母ルシアを通じて顕在化させた。
心停止に落ちたローダを起こしたり、戦場でもありとあらゆる他人の意識を取り込める天性の力を存分に発揮したのだ。これが一度目。
次に祖父サイガン・ロットレンや、創造力に目覚めた父ローダ、不死鳥の使い手を継しリイナの力を借りた異端な出産が二度目。
この刻、ヒビキは自身の肉体を初めて得られた。
されど本来出産とは、命を喪失する危険と隣り合わせの重大事。然しながらヒビキ当人はおろか、母胎であるルシア・ロットレンですら、腹を痛める危うさを他人に押し付けた。
結果的とはいえ、出産の痛みをすべからく放棄した母娘──。
従って今回、多分な偶然の積み重ねがあったとはいえ、形こそ違えど、母と娘が揃って出産時に誰もが迎えるべき累卵の危うさを漸く乗り越える段階を手繰り寄せる半歩手前まで来られた。
一方、操縦士を失い、動けなくなったEL・Galestaの前。
ルヴァエル一派の動かす機体、扉の候補者──この場に於いてはローダ・ロットレンを付け狙う様にプログラミングされた巨大兵器。RavinGrayの3機が変わらずの苦戦を強いられていた。
ローダ以外のよもやな人間──。
ガロウ・チュウマの滾る剣術『示現我狼』と、やはり燃え盛る翼と拳を振るう少女、リイナ・アルベェラータの理不尽な力の顕現。
大いに遊び倒して敵方を攻め滅ぼすつもりであったルヴァエル達。完全に当てが外れた。
「──『櫻道』ぉぉッ!」
人の身なりでありながらマグマの如き炎の道を乱れ咲かせたガロウ、自然の脅威を連想させる天剣。
「絶対に誰にも邪魔は、させないッ!」
不死の炎を躰中に刻んだリイナの拳や蹴り。
少女を見習う無人機のEL・Galestaがかける追い打ち。そしてローダ達が呼び込んだ形に思えた金色の星屑達が、彼等をも包み込んで渦を巻いた。
ズダダッ! ズダダッ!
パリンッ!
「じゅ、銃撃!? まさか!」
顔を殴られ、脚を斬られて満身創痍な、ルヴァエルの搭乗するRavinGray。
次は赤い目、メインカメラを人用の自動小銃に撃たれた不憫が畳みかけた。二丁の拳銃だけがルヴァエル機の目前に迫った近視感。
「へッ! 何が量産機だ! 私の愛銃、人間様相手に手も足も出ないじゃないか!」
たちどころに手元へ帰した銃達、熱き銃身に唇を寄せた女。Fortezaの郊外、荒れた大地に立つ、銀髪をたなびかせた女性が罵倒と冷笑を同時に浴びせた。
RavinGrayの前段機、試作機『RaviNero』相手の際にも等しく、空間転移した愛銃『Leythemend』を向けた本来の持ち主。
自称『俺様』を捨て去る女の精神に目覚めた法の守護者、レイがルヴァエルに与えた悪夢が再び牙を剥いたのだ。
再度、魂の炎を燃やすヒビキの現状に戻す。一度は死した娘の身を案ずる父と母の目前。
リイナの与えた不死の炎が人の形を成し、ヒビキの姿形を辿り始めた。加えて操縦席内を彷徨うヒビキの魂が自身の新たな身体をみつけて、定着した証の鼓動。
ヒビキの躰から漏れていた炎が次第になりを潜め始め、やがて完全に消えた。両親の掌に収まり切れず、操縦席内の宙へ飛び出していた愛娘の身体が、フワリッと自由落下を始めた。
「ん……」
パッパが両腕を伸ばして眠り姫ヒビキを受け留める。ズシリッと感じ取れた命の重み。
ルシア譲りの緑色の瞳こそ未だに開かないが、僅かな息遣いと16歳を思わす膨らんだ胸元が上下し始めたを見届けたローダ・ロットレン。
「もう大丈夫だ、よく頑張ったなルシア」
「ん! ンンッ……」
ヒビキの様子に安堵した夫ローダ。三回目の在り得ぬ出産、涙混じりに尽力した愛妻の左肩を歓喜の内に抱き寄せ、軽い口づけを交した。
ヒビキの身を案じて流したルシアの涙。ひと山を乗り越えた自分への喜びと、ローダから突然訪れた称賛の接吻を受け、次は喜悦が込み上げる嬉し涙を零した。
「あ、貴方。この砂って……」
ヒビキの装い新たな生誕と、夫から不意に引き出された感涙。幾許かの時を経た後にルシア、自分達を中心に渦巻く金色の砂粒。命を繋げた白い手でそれらを受け止めた。
「嗚呼……魔神ラウムがばら撒いたとの同じだな」
妻が金髪を傾けた関心に、正しき答えを見出せない夫ローダ。自分の腕の中で夢見るヒビキから以前『パッパなら何れ判るよ』と茶化された過去を思い出す。
この流砂の一粒がそれぞれの意思を当時のローダに投じた。
彼独りでは扱い切れず、翻弄されかけた危険な状況。当時、意識だけの存在であったヒビキが肩代わりしてくれた事で難を逃れたのだ。
──『あ、アレは!? そうか、遂に始まるのだな……』
姿形が全く見えなかったレヴァーラ・ガン・イルッゾの意識。込み上げる懐古の情と溶け合う疑念。
ローダ一家から零れ出た金色の星屑達が姿を持たぬレヴァーラも取り巻いてゆく。
「れ、レヴァーラ?」
小皺だらけの細い目を擦ったサイガン・ロットレン。まるで彼の目に砂が混入した仕草。
されどそうではなかった──。
後ろに編んだ髪の毛こそ黒だが、翠眼に揃いの緑のリボンと、ロングスカートを履いた可憐な乙女。
優美さを兼ね備えた踊り子の容姿が老人の目にも着実に止まったのだ。
──『マーダを造りし人間よ、戯言を云い合えるのは、残念だが此処迄らしい。あの金色の流星こそ異能者の天敵が出現する前触れ。あの若き夫婦と娘に希望の灯が在らんことを……ね…がう』
流砂が踊り子の形を成したかと思えば、渦巻く風と共に去りぬレヴァーラの意識。余りにも不穏な言葉を残して消え失せた。
「き、消えおった……! 然し何だ? 異能者の天敵とは!?」
老父と云えど色を好むサイガン。この目で漸く捉えられた、300年前から移ろいだ美女の消失に、心奪われながらも、決して聞き逃してはならない遺言を反芻した。
「サイガン先生……レヴァーラ・ガン・イルッゾの意識、ルヴァエルとの同化を確認しました」
モニタリングをし続けた吉野亮一が下した冷静な分析眼。此処で語り明かした女性はあくまで過去の女性を形作った情報の塊に過ぎぬ現状を思い起こさせた。
「な、何だと? 今さら呼び戻して何を狙…う……!」
レヴァーラに寄せた存在であるルヴァエル──。
零れ落ちた情報体を強制的に呼び戻したと思えたサイガン。
然しレヴァーラの繰り言『生体認証』が白髪頭を即座に過る。鍵の彼女が必要な時間が迫っているのを確信した。
トクンッ……!
「あ! そうか、そう……なのね」
「……ルシア?」
ローダの答えを待つ迄もなく、自分で答えを導き出したルシアに溢れた笑顔。夫の胸内にて眠る娘と、自身に感じた胸の高鳴り。
愛妻の仕草に首を傾げたローダ。感涙が未だ零れ落ちるルシアに手向けた黒の視線。
「確かにヒビキの云う通りなのよ。優しさに満ち溢れた貴方になら絶対に判るの。この砂、私達全ての生命に流れ、やがて出て来るのだから」
それぞれが残留思念を持った金色の砂粒達──。300年前、世界が滅びかけた『星屑達の粛清』のまさしく元凶であった。
父と呼んで差し支えないサイガンに依って造られたルシア。自分に流れる物を感じ取れたのだ。




