第103話『"Soul", Burning for Hibiki("たましい"、こがした"ひびき")』 B Part
「ひっく……! お、お願いよヒビキ! 起きているのなら元気な声で『ママ』って呼んでぇッ!」
電源が切れ暗闇に落ちたEL・Galestaの操縦席内。一度は泣くのを止めたルシア・ロットレンの慟哭を交えた絶叫。
彼女が合わせた掌の内で燃えて揺らいだヒビキと思しき命の火種。燃え続けてこそいるが安定した炎の落着に届かない。如何にも消えそうな危うい燃え方、母の心に再び不安が過り涙を呼んだ。
神に仕えし巫女を彷彿させるルシアの戦衣装。泣きながら掌の上にて炎を滾らす姿は神々しい御使いそのもの。
なれど涙を流して短い金髪を激しく散らした。髪の毛さえも燃やした様相。ケルト神話に登場する火の諸業を司る巫女ベリサマを思わせた。
ルシア・ロットレン、家族の生死に関わる心労が兎に角後を絶たない──。
ヒビキを命の器に孕んだ直後、ローダとの婚儀は、未だ終えてなかった虚ろな恋人時代。
ルヴァエル、さらにローダの兄ルイスとの死闘を経た後に心停止の深い眠りに落ちたローダの身を案じたルシア。
夫の安堵を確認した次は、娘の命を繋ぎ止めねばならぬ艱難辛苦を抱える羽目に陥っていた現状。
──『ローダァッ! 御願いだから私をッ! 私とヒビキを助けてぇッ!』
自分でも知らぬ間に愛焦がれた夫へ、心の絶叫を差し出したルシア。
──ルシアッ!? 泣いているのか?
妻が独り孤独に泣いているを知り得たローダ・ロットレン。
未だ健在である敵方を目前にしながらも、妻からの呼び掛けを最優先。自分の操る白いEL・Galestaを静かに寄せ始めた。
──戦場で敵に背を向けるかッ!
ヒンドゥー教の神聖術士、エルミュラ・フィス・スケイル。敵機に背中を見せられ怒気を胸内に抱く。即時、神の裁きを落とすべく詠唱の準備を始めた。
バチンッ!
「な、素手で殴ったァッ!?」
「ルシアとローダの邪魔は絶対させない!」
不死鳥の力を己に取り込んだリイナ・アルベェラータ。大胆にも程ある燃えた平手のビンタをエルミュラ機の頭部に叩き込む。全高5mの巨体が揺らいだエルミュラの一驚。
ガガッ! ガツンッ!
間髪入れずに無人のEL・Galestaがエルミュラ機に右拳を振るう怒涛の連携。AIがリイナの行動力を拾った形。
「示現我狼──『櫻道』ォッ!」
ガロウ・チュウマ、狂気じみた破顔を以て、立て続けに投じた剣技。
最下段から滾らす炭化タングステン製の刃を天に向けて振り上げる。彼を先端に地面から立ち昇ったマグマを連想させる火炎の道がルヴァエル達の足元に届き、連携の分断を見事果たした。
「良かァッ! こいはまこち良かどッ!」
戦場では死人と化す武士の生き様。ガロウはローダ一家の安堵など気に留めていないのだ。全身全霊を以て、己が刃を敵に向けるだけが彼の真骨頂。
自らの剣術、櫻道の斬り拓いた火加減にさも満足げな表情。
ローダから借りた漆黒の刃は、彼独自の剣術に見事呼応した。ガロウ、密かに決意。『次は脇差でなく、大太刀をローダから奪う! 俺にこそ相応しい!』
戦場を生身の人間二人へ完全に預けたローダの異常な行動。ルシアの待つ機体に近寄ると操縦席の扉を何の惜しげもなく開放した。
ローダの姿を体現した白いEL・Galesta。完璧に火が落ち活動停止、彼の機体も無塗装のカーボン色に帰る必然。
ポロリッ……。
ローダ機が握っていた自動小銃『Leythemend』も元の小さな銃に戻って地面に零れ落ちた。
──ニヤッ……!
冷笑を浮かべながら、ソレを拾い上げた本来の持ち主。楽し気に御自慢の銀髪を揺らして、バトンを身勝手にも引き受けた。
ガコンッ!
ローダが動きの止まったルシアが乗るEL・Galestaの操縦席を外から非常用ボタンを押して開いた。電動ではない、タガが外れた虚しき開き方。
「ローダぁ! 火が、ヒビキの火種が安定しないのよ!」
まさしく救世主を見つけたルシアの安堵と不安が入り混ざった不安定な訴え。
愛妻の様子を漸く肉眼で捉えたローダ。彼自身が創造で造った後部座席が空席、さらにルシアの掌の内側にて風を送り続けなければ、消失しそうな火の手を見やり、現状を完全に理解した。
ぐッ……!
創造性を力に変換出来るローダ・ロットレン。妻の両手を優しくも確固たる決意を以て握り、支え始めた。
「ルシア、その火はヒビキの魂を入れる受け皿。リイナが不死鳥の炎を燃やして造形した入れ物なんだ。一刻を争う、早く形にしなければヒビキの魂が自分の在処を見失う!」
ルシアはヒビキを産み落とした際、リイナの施した全身麻酔の代わり。リイナが信仰する戦之女神の奇跡『天使之休息』で眠りに落ちていた。
依ってリイナが炎を媒介に錬成した燃え盛るヒビキの身体をルシアは巧く想像出来ずにいたのだ。
死してなお、自らを神の火種に飛び込ませ生きながらえる不死鳥。
不死の炎を躰と成したヒビキ。ならば吹き飛んでも生きていられる? 事はそれ程、単純ではなかった。
「ルシア、共に燃やすぞ! 俺がヒビキの創造を君に届ける! 大丈夫、俺の愛した君なら絶対にやれるさ」
力強くも真心込めたローダ、男の甲斐性と父性を同時に愛妻へ贈り届けた微笑み。ルシアの泣きぼくろを濡らした涙を袖で拭う優しさ。
「ろ、ローダぁぁ……。う、うん! 絶対やり切ってみせるよ! だって私、ヒビキのママなんだから!」
夫の優しい心に触れ、一瞬気が緩みかけたルシア。されど直ぐに己が役目を自覚し、未だ若輩な母性を燃やす決心を新たに固めた。
「征くぞ! パッパとママはヒビキ、お前の帰りを心待ちにしているんだ! お前さえ居れば他には何も要らないッ!」
ローダ、今こそ魂の焔を燃やせと己に問い掛ける。
扉の正候補者──?
Fortezaを護り抜く英雄の座──?
そんな形に嵌った肩書きなんぞ無用の長物。
俺の閉じた心を拓いてくれた女がこれ迄の自分を精一杯支えてくれた。
扉の候補者に押し付けられた青薔薇の花言葉──ルシアは満面の笑みで『その花、私が背負いたいの』二本の蒼い奇跡を独りで背負い込む覚悟を己に届けた。
青い薔薇が引き出す奇跡──呼び込むのは、まさしく今を置いて他などないのだ。
『ヒビキぃ! 帰って来るのだ! この老いぼれの元に!』
サイガン・ロットレン、本物の愛情を教えてくれた孫娘に届けと無線で愛を叫ぶ。
──『ヒビキちゃん! 皆で一緒にお茶しよ! 絶対だよ! ベランドナも待ってるから!』
ヒビキを錬成した不死の炎を通して心境を爆発させたリイナ。
次にFortezaのドーナツ屋を訪れる時は、凍結の眠りに落ちてるジオーネ・エドル・カスードだけでなく、ヒビキも大切な友人として迎い入れたい夢を贈った。
──『ヒビキ・ロットレン! 全世界の人類を受ける器を真に目指すのならば、我が産み落とした俗物さえも受け留めてみせよ!』
レヴァーラ・ガン・イルッゾの魂、自らの仲間が生んだ元凶ルヴァエルを敢えて受けろと、無茶な要求を伝えた。
「み、皆の声が降って来る!?」
驚嘆するルシア、金色の砂粒が渦を巻き、自分達を取り囲む。様々な意思の塊が飛び交う最中、何故か安心出来る人の温もりを感じた造り物の人間。
「ヒビキィッ! 皆がお前を呼んでいる! 聞こえないとは言わせないッ!」
ローダも金色の砂粒が届けた温かさを心地良く思いながらも今、最も必要なヒビキの創造をルシアに伝えるべく、全ての意識を傾けた。
父と母、二人で包んだ炎がやがて両親の手を離れ、少女の身体に移り変わる感動を目の当たりにする瞬間が間もなく訪れるのだ。




