第103話『"Soul", Burning for Hibiki("たましい"、こがした"ひびき")』 A Part
ヒビキ・ロットレン死す──。
扉の候補者、旧姓ローダ・ファルムーンと、扉の存在を見定める鍵の女性ルシア・ロットレン。
鍵が扉を認め、結ばれた初夜。心の扉を開け放った運命づけられた新人類ヒビキが着床を果たした。然し未だいつ終わるか判らぬ戦いの最中、母胎に負担をかけ、戦線離脱させる訳にはゆかない。
そこでサイガン・ロットレンがヒビキの意識だけを母胎であるルシアから取り出し、ローダがヒビキの創造を不死鳥の使い手リイナに伝達。炎をヒビキの形にした上で意識を定着させた異例にも程ある出産劇。
こうした苦労を経て、精神、容姿共々16歳位を産まれながらに持っていた愛娘。
涙ながらに抱き締めたルシアの幸福。されどそのヒビキがルヴァエルの人間を爆弾に変える能力の餌食と化し、跡形もなく吹き飛んでしまった。
『ククッ……死んだか? ざまぁ!』
ルヴァエル、自分の乗るRaviNeroの頭部を殴打した憎き敵機の操り手をまんまと堕とせた愉悦に浸る。
ヒビキを通した伝達あったればこそ無類の強さを誇れたルシア母娘のEL・Galesta。伝達役不在となれば戦う処か身じろぎひとつ出来はしないのだ。
──『ぐッ……! あの小娘。よもや『暗転』すら捨て駒にするとは。本家の方が幾らかまだ可愛げがあったと云うもの!』
300年前、暗転の使い手『ディスラド』との死闘を経験していたレヴァーラ・ガン・イルッゾの感じた苦悶。
ディスラドは、まさしく狂気の男であった。
自分が見初めた女性だけを視線で口説き落とした後、美麗な爆弾に変えるのを美徳としていた。
然しながら当時、視線で口説く道理がまるで理解不能であった。実際の処、レヴァーラが懇意にしていた連中は、誰も彼の芸術には化けずに済んだ。
──『今なら判る。要は術者と被術者に依る精神力の高さを争っていたのだ。ヒビキと云う少女、何と不憫な……!』
嘗ては人の母親であったレヴァーラ、密やかに心中だけで哀しみに暮れた。
何しろヒビキは人同士を繋げる為に垣根を外した存在。
だからローダやルシアに全く効かなかった爆弾魔の能力が自ずと効力を発揮したのだ。争う精神性──抗体が無かったと云って差し支えない。
レヴァーラ、自分達が戦いに明け暮れていた頃は、全く以て気が付かなかった。
第三者目線、脇役に下がったからこそ見抜けた。それにも関わらず、この悲劇を止められなかった自分を卑下した。
「レヴァーラ? お前さん、さっきから一体何を云っておる?」
レヴァーラの心中から流れて漏れた分を聞き遂げたサイガン翁。
何か如何わしい出来事が起きているのは、ルシアとヒビキが乗っていたEL・Galestaが活動を停止した急変で知れてはいた。
──『サイガン・ロットレン! 今直ぐあの停止したEL97式改の操縦者を緊急脱出させるのだ! 急がねば巻き沿いを喰らうぞ!』
サイガン、急に意識の声を荒げ、頭ごなしに怒鳴りつけたレヴァーラ相手に、小皺の多い眉を顰めずに要られない。特に『巻き沿い』の意味が全く解せなかった。
パチンッ!
『ルシア、ヒビキ、返事をしろ! 一体何が在ったのだ?』
無線機に依る緊急連絡を試みたサイガン。何故か応答がない。代わりに娘のすすり泣く声だけが聞こえてきた不審。
『ひ、ヒビキがァッ! ヒビキが居なくなったのよォッ!』
ルシア、涙ながらの訴え。『死んだ』や『吹き飛んだ』など真正直には伝えられなかった。
『なんだと?』
ルシアから漸く得られた返事。されど未だに訳が判らぬサイガン。
孫娘の声は幾ら待てども返っては来ない。味方機全てに伝達した回線。夫ローダにも妻の慟哭が漏れて通じた。
『居なくなっただと? ヒビキが!?』
漏れ聞こえた無線にかじりついた体のローダ、大切な妻から届いた絶叫。愛娘の安堵を確かめずには要られなかった。
「な、ないがあったと?」
EL・Galestaに搭乗してないガロウ・チュウマが独特の訛りと心穏やかで要られぬ様子を声に載せた。無線こそ通じずとも異質な雰囲気は感じ取れた。
「──ッ!」
特にヒビキの身体を錬成した立役者、不死鳥の炎を纏ったリイナ。自分の欠片的な何かが弾け飛んだ不可思議なる感覚、リイナだけには明確に伝達していたのだ。
──『ルシア! どうか落ち着いてぇッ! ヒビキちゃんは、まだ生きてるから!』
「えッ……? 今のリイナ!?」
完全に泣き腫らしていたルシアが不在になった後部座席を緑色の瞳で思わず凝視。
普段は『ルシア御姉様』と丁寧な口調を決して絶やさないリイナの声。呼び捨てと荒々しい口調、泣き止まないルシア相手に、不在の後部座席辺りから響かせ叱咤激励したのだ。
「で、でも確かに……?」
ヒビキはルシアの目前で『パァンッ!』と音を立て確かに破裂した。決して認めたくはないが弾け飛んだ時の血がルシアの右頬に届いていた。
ルシア、頬に付着したヒビキの血を恐る恐る人差し指で触れてみた。
これだけ、たったこれだけを自分に残して娘は旅立った。だから拭うのは、多大な勇気が必要だった。
──『御願いルシア! 貴女が! 貴女が一番、彼女を信じてあげてぇッ!』
リイナの意識がルシアの耳元まで轟き、絶叫してるのが如き必死の訴え。
グッ……!
涙を振り払ったルシア、新たな決意に満ちた顔。まるで自分が受けた深手の傷口を決死の信念を込め、掌でグッと拭うと、付着したものを視界におさめた。
ボゥッ!!
「きゃぁ!?」
掌で拭ったヒビキの血、ライターで火を灯した様な音を響かせた火の手。
驚き慄いたルシア、然し熱さではなく仄かな温かさを感じた。
徐々に力強く燃え始めた火をルシア、万感の思いを胸に秘め、両の掌にて包み込む。母が娘の魂を掬い上げる様に似ていた。
──『不死鳥の匂い!? そこに居るのか? パルメラ・ジオ・アリスタ!』
ルシアと同じく泣き崩れていたレヴァーラの意識。金色からただの黒い巨人に戻ったEL・Galestaの方を見やる。
アリスタと不死鳥の真祖、パルメラの旧姓。
レヴァーラに取っての懐かしき思い出。夫エルドラを失った哀しみを乗り越えた当時のパルメラ。『夫の末期の声を聞き遂げたい』パルメラは夫が死す以前、入籍を軽んじていた。
パルメラは夫の仇であるレヴァーラに敢えて頭を下げた『夫は戦った誇りを胸に散った。貴女を恨んでいない。ただ不死鳥が欲しい』と懇願したのだ。レヴァーラは切欠だけを彼女に与えた。
そしてパルメラは見事成し得た。この地球上に於いて初の不死鳥召喚の儀に成功、僅かの時間だが夫の魂を呼び覚まして、末期の声を聞き遂げた。
『君にパルメラ・ジオ・スケイルの名を捧げたい』
斯くしてパルメラは、亡き夫エルドラの鬼籍を得る幸せを獲得した。
あの刻の匂いと同じものをEL・Galestaから嗅ぎつけた気がしたレヴァーラ。
大層執拗い話だが意識で在りながら『嗅いだ』とは何とも不自然な話。
なれど理屈では決して図れぬナニカ。何しろ女に取って好きで在り続ける限り、香りとは永久不変なのだ。
ザンッ──! ガシャンッ!
「え!? き、機体が傾く?」
敵機の中で最も火力の高い存在を止めた愉悦に浸っていたルヴァエルを戦地に呼び戻す動転。
彼女の駆るRavinGrayが立っていられず、頭部に仕込んだ視界がぐらついた。
「へッ──! 足ん指ば叩き斬ってやったど!」
ヒビキの生死に皆が気を取られている最中、堂々と忍び寄り、滾る示現我狼の刃をガロウが叩きつけた。




