第96話『Chromatic Ascension(極彩色の出撃)』 A Part
バルタバザルからの外敵──ルヴァエル達の襲撃は遠く離れたフォルデノ王国の城を我が物にしたルイス・ファルムーンこと旧マーダ達も捉えていた。
「また来たのかい彼女達? 誰も望んでないと云うのに……」
ルイスは項垂れつつ、王の寝室にて興味なさげな声音を呟く。自身以外の者が寝ているベッドを見つめ、その者の右手を優しく握り、自身の頬を寄せた。
今はルイスの中に眠り往くマーダの意識。そのマーダが300年前──最初に取り込んだのがレヴァーラ・ガン・イルッゾ。ルヴァエル達もやたらと同じ名を囃し立てる。
ルヴァエルはレヴァーラに似た面影を抱く。その理由は必然なのだ。やがて周囲もその理屈を知る事になる。
ルイスが嫌気のさした感じを以て呟いた『誰も望んでない』に直結する話。少なくともレヴァーラを中に飼っているマーダもルイスとて、彼女の起こす戦乱を望んではいなかった。
そしてルヴァエルが声高に挙げた宣言──『レヴァーラ・ガン・イルッゾの眷属』300年前に死したレヴァーラ自身が欲していない、身勝手にも程ある遺産相続なのだ。
そして現状のルイスに取って、それは増々如何でも良き事柄へ跳ねた。
彼の寝るべきベッドに横たわる長い黒髪の女性。ルイスが愛する琥珀色の瞳は閉じられた目蓋の裏側に隠れていた。
眠りについていたのはヴァロウズ第4番目の女魔導士──フォウ・クワットロ。ルイスが心から愛する女性。加えて彼の子供を宿した唯一無二の存在である。
フォウは、ヴァロウズ同士の多大なる暇潰し──No3の剣士とNo5の女格闘家、そしてNo7の大気の使い手の争いを止めた後、深過ぎる眠りについた。
もう数日に及ぶフォウの眠り。あの戦いを止めた疲労? そんな筈はなかった。
ルイスが思いつく一番手──それはもう独りの鍵の候補者である、自分の子供を身籠った事情に他ならぬ。理由はない、されども他に思いつくフシも全くないのだ。
王国お抱えの医師は首振るばかりでまるで役不足。他にも神聖術や精霊術等、様々な者達を呼び寄せたが原因さえも掴めず終い。
ひとつだけ判った事柄──それは母胎に眠り往く、自分達の為した希望の種子は生きていた。けれども妊娠4か月を迎えた割には未だ小さく、フォウの下腹も妊娠前とさほど変わらなかった。
『何故、どうしてこんな事に……?』
哀しみの抜けぬ日々を過ごす今のルイス。自分と結ばれたからと思えば、心痛が身体すら蝕む。黒い何かの気配を感じずにはいられなかった。
だから外敵が誰であろうが関係ないのだ。ただ念のため、Fortezaの動向を探るべきか悩んでいた。
◇◇
「兎に角もぅ時間がないのだ、急げぇ!」
再びEL・Galestaの格納庫内──。初老サイガン・ロットレンの怒号が響いた。
一度はルヴァエル達の特攻を強力な電磁波を用いて弾く手段に成功を収めた。然しいつまでも続く訳がないのである。一刻も早く次の手をうたねば今度こそFortezaの街並みに火の手が上がろう。
扉の能力正候補者──ローダ・ロットレンが3機存在したEL・Galestaの1機を複座式に変えた後、隣の機体へ『重力解放』の力を借りて飛び移った。
ガツンッ!
そして炭化タングステン製の剣を一振り抜刀すると、なんとEL・Galestaの操作系に迷わず突き立てる。
それは紛れもなく機械を破壊する行為──だが彼の搭乗したEL・Galestaが瞬時に目覚めた。
これぞファウナが用いた呪文『蜘蛛の糸』の代替品。自らの意志と異能を機械へと繋ぐ術であったのだ。
「フゥゥゥ……」
操縦席に乗り込んだローダが深い息を吸って吐くのを繰り返す。EL・Galestaの状況をモニタリングしていたドゥーウェンの目つきが変わった。
「電力・推力共に2倍近くも跳ね上がっている!?」
瞬時にしてローダ専用機と化したEL・Galestaの示す数値がこれ迄の機動実験と比べ、明らかに群を抜いていたのだ。さらにローダ機は無塗装の黒から、彼自身の服装を思わす白に変化を遂げた。
「凄まじいものだな我が不肖の息子は。これぞ過給圧変化の異能か」
義父サイガンは冷静さを装い、敢えて『不肖の息子』と落とした上でローダの力を認識する。
これは戦の女神の都、ロッギオネ奪還時にローダがみせた能力の再現に他ならないと察した。なおEL97式は電気駆動、従って過給圧変化は比喩表現だが、言い得て妙とも云えた。
そしてローダが特別仕様を施した機体へ搭乗したのが妻ルシアと愛娘ヒビキ。前の座席にルシアが座り、後部側にはヒビキがスカートをめくり腰掛けた。
「さぁさぁ、ちゃんと動いて頂戴よぉ。私のエルちゃん!」
待ってましたとばかりに狭い操縦席内にて奇声を張り上げたヒビキ。
例の学生服的なシャツの袖を捲る気合の入れ方。なお彼女には特別な戦闘用の装備は与えられていない。制服にて戦場へ繰り出す強いJK。
なおこの前後座席、ローダの力に依って配線が繋いである。
要はヒビキさえ巧くEL・Galestaとの接触が熟せれば、前席に座るルシアの意思がヒビキを通してEL・Galestaにも伝達可能なのだ。
ヒビキは接続のエキスパート、文字面通りのオフラインにて、EL・Galestaの電子制御を探り当て、楽々に接続を果たした。
フォォォン……。
「き、起動しました。ローダさんもですが信じられません! 鍵も認証さえなしに機体を起動させるだなんて!」
ルシア&ヒビキ機に転じたEL・Galestaの様子をモニタリングするドゥーウェンの鼻息が荒くなる。ただローダ機の様な特別感はないかと思えた。
「勇気の精霊よ、私とヒビキに貴方の勇気を! さらに風の精霊達よ、このEL・Galestaに真実なる自由の翼を!」
ルシアが立て続けに精霊術を威勢よく唱えた。
すると母娘の乗るEL・Galestaが輝き始め金色に染まり始めた。然も鳥か、はたまた天使が如き翼が背中に生えた。母娘の流した金色の髪色そのもの。
ルシアが詠唱したこの組み合わせ。ローダと初めて出逢った刻──扉の力が暴走し過ぎて全身にガタが及んだローダを、ルイスから救うべく使った精霊術と同じもの。
ヒビキと手を取り合い始めて戦える喜びを全面に押し出した形。あの夜の奇跡が在ったればこそ、今の幸福を勢いに乗せたのだ。
「す、凄い……なんて美しくて圧倒的なんだ」
完全に語彙力を失ったドゥーウェンの興奮冷めやらぬ感動。これぞまさしく『操縦者が機体の性能以上を引き出す瞬間』彼の望んだ形が図らずとも実を結んだ。
「護りの女神もEL97式に自身の魔道を上乗せする手記をみつけた──がっ、これはそれさえ超えてはいまいか?」
一方、サイガンは顎の白髭を押さえ、物思いに耽る。彼はロットレン一家の先行きを案じていた。
EL97式の再構成は達せられた。然し武器の生成には至れなかった。
この状態でもルヴァエル達に勝てるものなら、護りの女神越えを成し得るかも知れない。逆を思えば『機体が操縦者の能力に追いつけない』足を引っ張る心配を抱えたのだ。
パチンッ!
『ローダ・ロットレン、EL・Galesta発進する!』
無線のスイッチを入れたローダの出撃宣言。EL・Galestaの両膝を鋭角に曲げた。次に飛び出すであろう準備の姿勢。
パチンッ!
『ルシア・ロットレン……!』
『同じくヒビキ・ロットレンッ……!』
『『……EL・Galesta、出るよッ!』』
父と同じ無線越し、母と娘の興奮が完璧に重なった。
完全なる翼を得たルシア&ヒビキ機が金色の翼を広げ、格納庫の天井へEL・Galestaの肘をぶつけて、構わず押し上げ飛び立つ。
あまりの異常ぶりに格納庫のハッチを開け忘れたドゥーウェンの悲鳴を呼ぶ。加えて地下の格納庫らしく上に張り詰めた地面の土が崩され、壊れた天井から盛大に降りしきった。
続いて起動こそ先であった白のローダ機が重力解放を機体に流し込んだ大飛翔。ルシア&ヒビキ機にこそ及ばないが、天高く12mの人型兵器が都会の空を舞う。
ヴンッ……!
最後に漸く起動した人工知能を積んだ3機目のEL・Galesta。
異能も魔法に依る底上げもない機体の初出撃。されど流石にAI──先んじて出撃した2機の動きを学習したらしい。意外にも機敏な動きを以て格納庫を飛び去った。




