第95話『A world of mirrors reflecting vanity(虚飾を映した鏡の世界)』 B Part
ルヴァエル一派が扉の候補者殺傷兵器に搭乗し、Forteza市街に空から襲い来る。
これを察したローダ・ロットレン。
妻ルシアと愛娘ヒビキを連れた家族ぐるみの世界平和に向け、義理の父サイガン・ロットレンと、ドゥーウェンが待ち受けるEL・Galestaの眠る格納庫に馳せ参じた。
『此奴、俺達に動かせるのか?』
必然的な質問をローダは義父に向けたのだ。
一方、ルヴァエル達が大気圏外より来襲した姿、数十km離れた漁村エドナからも視認出来た。
「ずんばい派手な花火やっど──。おっ、リイナじゃなかか」
エドナの高台に登りつめた桜陽の男。髭面のガロウ・チュウマが、まるで火事場見学に興じた態度。
ドゥーウェンが仕損じた迎撃ミサイルの様子を遠目に眺めている。
そこへ息を切らした修道女姿の少女──リイナ・アルベェラータが息を切らしてスカートの裾をたくし上げ、駆けながら現れた。
「ハァハァ……あ、アレは前にもルシア御姉様達を襲った……」
「嗚呼、間違いなか。ドゥーウェンの馬鹿がミサイル打つの早かったが。あいじゃ意味がなかど」
未だに息がつまるリイナは地面と空を交互に見ながら少し以前、試作機RaviNeroとルヴァエルが引き起こした事変を思い返す。
大好きなルシア御姉様が心底愛したローダ。
一時的とはいえ、心肺停止した最悪に導く切欠へ繋がった最低を振り返らずには要られなかった。
戦の女神の司祭級である自分、ひょっとしたら葬送の役割を帯びたやも知れないと思うとゾッとするのだ。
「わ、私達も……」
「今さら無理じゃっど。徒歩で向かっせえいけんもならん。リイナにもしっかい分かっちょっどが?」
リイナはゆったりした修道服を揺らしつつ、無駄な努力を切り出そうとする。
脇目も振らずにForteza側の空を見つめたガロウ。未だリイナに取って聞き取り辛い言葉を締めやかに吐露した。
「そ、それは……」
ガロウから云われる迄もなく、今から戦場へ向かう無意味さをリイナとて重々承知していた。
然し『それでも』な気分が心の中でのたうち回る。青い瞳が潤んだ訴え。
「なぁに心配要らんが。強かルシアは勿論、ローダもわっぜかよかにせんなった」
「よ、ヨカニセ?」
そんな15歳の少女を嗜める髭面の破顔を寄越すガロウ。
此処まで如何にか場の雰囲気を以て、ガロウの台詞を察していたリイナだった。ヨカニセ──解せぬ言語に思わずキョトン。
そう云えばローダ夫妻の結婚式でも同じ台詞を、ガロウが歓喜しながら言ってた事柄を思い出す。
──ふふっ……そっか。うん、そうだね。
『よかにせんなった』
恐らくローダを褒め称えたのだと悟り、長い銀髪を傾けると、釣られ笑いを思わず零した。
◇◇
話をForteza市の地下格納庫に戻す──。
「この私がお前さん達を此処へ呼び出した。やれると思うが故だ。嘗て護りの女神は、この人型兵器と自分を、蜘蛛の糸と云う魔法を用いて電子回路に直結させ操ったらしいのだ……」
しゃがれた声でローダ一家に説明をし始めたサイガン。『不可能だと思うなら、初めから呼んだりしない』自信を帯びた判断だと言い切る。
「成程……それなら確かにやれそうだな。俺なら独りでも此奴を動かせる」
冗談を余り吐かないローダが即座に応じた。義父の言いたい旨を瞬時に理解した。迷いの覚めた顔立ち、サイガンの自信が彼に乗り移った。
「だかなあ……問題もあるぞ。ルシアにお前と同じ事が成せるか?」
「父さん? ファウナと契約こそ結んでないけど、ベランドナに出来るのなら、私にだって多分やれるよ?」
老いた皺で潰れた細目を我が娘ルシアへ向けたサイガンの心配。
ルシアは大きな胸を堂々張ると、誇らしげに答えてみせた。蜘蛛の糸なんて術は知らないが、自分とこの機械を繋ぐだけなら心当たりがあるのだ。
「ただ繋げば良いって訳では……」
何かを言いかけたサイガン翁。アテはあるのだが出来れば頼りたくはない存在──視線をそちら側へと流した。
然しルシアにも別の心配の種が在る。その種へ緑の瞳を流し込む。その流れ込みの先は父親と一致した。
「え、え? ぼ、僕ぅ?」
母ルシアとお爺ちゃんからの視線を感じたヒビキが自分を指差す驚き。長い金髪が揺らぐ思い。
向けられた心配と期待が混ざり合う潮目。
それは300年前、金色の髪を垂らした18の少女へ手向けられたものによく似ていた偶然。
敵は3機、此方も3機。
然し我が娘をたった独りで戦地へ送り込むのは、余りにもしのびない。
なれど繋ぐ事柄に於いては、心の壁を持たないヒビキこそ適格者。ルシアとサイガン、だからこそ必然の悩みを思い描いた。
「この兵器、自立式なんだろ? ならばこうしたらどうだ?」
いつの間にやらEL・Galestaの操縦席へドサッと座ったローダが創造力の異能を働かせる。
「そ、それは複座?」
モニタにて操縦席内の様子を眺めていたサイガン。
狭い室内にもうひとつの座席を適当に作ったのだ。ローダの汎用性ぶりに目を見張る。何をするつもりなのか即時に察したのだ。
「この機体にはルシアとヒビキが二人で乗れば良い。俺は独りで充分やれる。残りの1機はAIに命じるんだ。『Fortezaを護れ』──これならAIでも迷いは生じない」
やはり滑舌の悪いボソボソ感の抜けないローダの語り。さりとて言葉通り、迷いは粉微塵とて滲ませなかった。
トンッ……!
勝手に話を進めるローダの前に、風の精霊術『自由の翼』を用いたルシアが軽く床を蹴り、飛んで滑り込む。ローダの袂へ目に映らぬロープが張られていたかのような軽やかさ。
ルシアの気軽な飛び方に独り瞠目したドゥーウェン。
それは彼が少年の頃、テレビに齧り付いて視聴した、無重力下に於ける船内の移動を彷彿させた。
「ま、待ってローダ。貴方とヒビキで一緒に……!」
抱き合う距離感にて操縦室内に飛び込むルシア。甘くて切ない想いをローダの耳元に響かせる。
ルシアは戦場にも関わらずローダとヒビキ──父娘の共同作業が見たくて仕方がなかった。
「ヒビキにEL・Galestaとルシアの橋渡し役を委ねるんだ。君はこの機体を扱い、普段通りの戦いに徹する。──精霊術と格闘が出来る人型兵器、華麗な乱舞が俺には見える」
次はローダがルシアの両肩を握り、鼓膜と心を大いに震わせた。彼とて望んでいたのだ。愛する妻と娘の助け合う姿を。
ギュッ……!
ルシアの顔色が一気に上気する。溢れんばかりの笑顔が零れ落ち、夫を強く抱き締めた。
「判ったわ貴方、私に任せて! 世界中に魅せてあげる。私達の強さを!」
少女の様な屈託のない笑顔を見せるルシア。新婚夫婦の初々しい絡みがサイガン達の瞳にも飛び込んだ。
「ろ、ローダさん……?」
「フンッ!」
ローダの女の扱いがやけに巧くなったと感じたドゥーウェン。
管制室を兼ねた部屋の壁に肘を立て、サイガンは如何にも面白くなさげな鼻を鳴らした。
「ちょっとぉ! パッパ、ママァッ! ぼ、僕恥ずいよ……はぁ」
家族の中で独り置いてきぼりを喰らったヒビキが本物の叫びを格納庫に響かせる大声。
両親の仲睦まじさは正直嬉しいもの。けれどこうも見せつけられては、娘として堪らなくむず痒い。
──僕の事を大切にしてくれる。それは有難いんだけどさ……。
心の奥底だけ感謝を送るヒビキの本音。眼鏡の下に在るルシア譲りの緑色の瞳を細めた。
「──『重力解放』」
「わ、わわ!? もぅっ、パッパァッ!」
不意にローダがヒビキに掛けた重力解放──以前戦った相手から模倣した術を、自分と異なる者にも付与させた。
全身が急にフワリッと浮き始めたので、慌ててスカートを押さえる仕草で文句を告げたヒビキ。
「ヒビキ、行こ。私と一緒に……ね?」
示し合わせた様に宙へ飛び出してヒビキを迎えに出向いたルシア。柔らかな笑みを湛え、白い手を伸ばした。
ヒビキ、そんな母の神々しさに驚きの赤が、嬉し恥ずかしな朱色に転じたのを感じながら、その手を取り頷き返した。




