第94話『Shining in the storm(ちひさしあらがひのてり)』 B Part
世界中の先進技術を総取りしたForteza市のHOTELを仮宿にしているローダ・ロットレン一家。Fortezaが技術の独占ならばこの家族は、異能の先端を歩む存在と云えよう。
「終わったかジェリド達……」
想像を創造に変える力を持つ扉を拓いた先駆者──。相も変らぬ説明不足の呟き。
ローダは、娘ヒビキが生まれながらにして持ち得た異能。世界に住む人間達の意識を繋げる力を元手に、ジェリド・アルベェラータ達の作戦が終了した現状を把握した。
「そう……その様子なら皆無事なのね、良かった」
夫ローダの鍵を拓いたルシア、愛する夫を背中から優しく抱いた。
気難しい表情こそ崩さぬ夫だが、堕ちた態度は見せなかった。ルシアは、金色の髪を揺らして安堵の色合いを浮かべた。
ローダは、今回ジェリド達の前に立ちはだかった者達──死の淵際から這い上がった旧フォルデノ王国兵士達の強靭さの理由。マーダの配下が成した狂気の結果だと理解した。
人間のやり口とは思えない残虐非道──兄ルイス・ファルムーンを取り込む以前、マーダの所業でありたいと願った。その答えは未だ掴み切れていない。
さらにもうひとつ、危惧する争いの火種が在るのだ。
それ故、二人の結婚式とヒビキ奇跡の出産劇が終わっても、心落ち着く出逢いの地──漁村エドナに帰らずこの場所に居残りし続けていた。
「──ッ!?」
「こ、この気配!」
心配していたジェリドやべランドナ達の戦いが一旦落ち着いたのを知り、夫婦の心穏やかな語らいへ触れた次の瞬間、ローダとルシアの胸中を過去の記憶が蝕み首を擡げた。
二人に去来した戦いの経験が否応なしに再生され、夫婦の愛情を表現したかった緩い気分が吹き飛ばされる。
黒い巨大な猫とそれを操った半分機械に思えた黒髪結った少女の絵が見えた確信。
当時は戦いの後、ローダは一時的にも力を使い果たしたが故に、心停止を必要とした異端な安息を余儀なくされた。
バァン!
「パッパ! ママッ!」
再びリビングダイニングの扉をけたたましく開いたヒビキが血相を変えて飛び込んで来た。
彼女の両親が知覚した危険──ヒビキも母ルシアの命の器に居た頃、既に感じ取っていたのだ。
そしてルシアとヒビキのスマートフォンが聴くのも悍ましい緊急信号を響かせる。Forteza市の防衛システムが何かを感知した知らせ。
この三人、ほんの僅かではあるが、機械仕掛けの防衛網より先に異常事態を知覚したのだ。
ローダが危険視していた戦いの火種。アドノス島内部の混乱に乗じた外敵の襲来──当たって欲しくない予見が的中した。
『ローダさん、ルシアさん! Forteza市の防衛システムが敵の襲来を捉えました!』
着信の行為不要でスマホから漏れた現・Forteza市長を務めるドゥーウェンの慌てふためいた声。穏やかな家庭の団欒をさらに壊して焚き付けた。
ピッ……。
「亮一、俺だ。来たんだなルヴァエル達が?」
妻ルシアのスマホを勝手に取り上げ、一方的な通信を通話へ切り替え、緊張の面持ちで声を流したローダ。だが声色は落ち着き払っていた。一応想像していただけの事はある。
『る、ルヴァエルなのかは未確認ですが敵は空──大気圏外から降って来るのを感知しました。数は3!』
防衛システムが検知したのはあくまで敵の気配に過ぎない。機械より先回りしたローダから『ルヴァエル』の名を聞き及んで金縁眼鏡を掛けた眉間に皺を寄せたドゥーウェンが応じる。
「そ、空!?」
瞠目し合った顔をルシアと鉢合わせしたローダの驚き加減。
最先端技術を総取りしているFortezaでさえ、宇宙から攻め入る方法など未だ前例を知らないのだ。
「と、兎に角急ぐよローダ!」
「嗚呼ッ!」
家族の幸せを剥ぎ棄て夫へ鋭い緑色の視線を向け『ローダ』と煽るルシア。強いルシアが踵を返して帰って来た合図。
ローダも言葉要らずの頷きで返す。例え敵の現況知れずともこの家族を、今の幸せを必ず護り抜く思いが彼の瞳に炎を宿した。
『ローダ、ルシアよ! この間、私が届けた装備を使え! 気休めにもならんかも知れんがな!』
スマートフォン越しの向こう側、弟子であるドゥーウェンの通話に割り込んだサイガン。しゃがれた初老の声で叫んだ。
「判った、これ以上は敵に傍受されるかも知れない。取り敢えず(通話を)切る。例の場所へ向かう」
義理の父に対する感傷へ浸る己を捨て、遠慮なく通話を切ったローダ。されどサイガンが贈ってくれた装い新たな装備に袖を通す準備を始める。
少しだけ愛する妻ルシアと愛娘ヒビキの様子を顧みた。
此処を絶対守る気迫が俄然立ち昇る。アドノス島に渡る以前──独りぼっちだった自分は消え失せ、後は現実に立ち向かう勇気だけが残った。
ブツンッ……!
「ふぅ……早い。敵が来るのが早過ぎる。──いや、それは此方の甘えだ。それにしても不肖の息子、異様に落ち着いてるから驚いたぞ」
義理の息子を褒めているのか、或いは貶しているのかいまいち要領を得ないサイガンの言い草。やけに声が反響する場所で正直な感想を述べた。
「先生、ローダさんの力は、私から見ても不肖ではありませんよ。此方も数は3機用意出来ました。……で、ですが彼等に扱えるのでしょうかコレを?」
ローダ・ファルムーン時代から戦場での活躍を知っているドゥーウェンがサイガンの息子を褒める。少なくとも戦場に於けるローダは、頼り甲斐のある存在なのだ。
それはさておき、やたら高い位置を見上げながら、不安定な気分をサイガン先生に問う。
「そんなものやってみなきゃ判らん! 不安要素を逐一私に尋ねるな、仕事じゃあるまいし……。先ずは予定通り予備で動かす。後は出たとこ勝負しかなかろう」
サイガンは、旧日本人であった吉野亮一と共に凍結の惰眠へ落ちる以前の記憶を引き合いに出す。
亮一は大変優秀な開発者、半端な仕様を極端に嫌う青年だった。今はそんな揺らぎに付き合っている暇など皆無なのだ。
──此方が最適だと思う操縦士は不在……。然し思い通りに事が運ぶ訳ないのだ。
サイガン・ロットレン──。
血の繋がりなき義理の息子と同じ瞳を巨大な不確定要素へ向けた。
◇◇
A few hours ago──数時間前。
アドノス島から遠く離れた暗闇に沈む海から、自分達の先祖が成し得た仕事の結実。Forteza市を覗き込む女性達が居た。大気圏外──コロニーより見下ろしていた。
「量産型がたったの3機か……。これだけで本当に遊べるのかなぁ?」
黒髪を背中で編んだ少女。
肩から下が金属思わす素材で覆われている。実際の肉体を隠した鎧やギミックの類か、もしくは躰そのものなのか不明な妖しき姿。身体中に瞳色と同じ光る緑──装飾ではなく部品に見えた。
面倒臭げでかつ少年の様な声音を発しながらも、黒に染まった四足歩行の機械──ハッチを開いた操縦席に収まり、計器類のチェックに余念がない様子。
「ルヴァエル様、取り敢えず3機です。未だに量産を続けていますよ。それより貴女様が態々出られるのですか?」
右隣、笑顔絶やさぬ褐色の美女が応じる。『ルヴァエル』と呼んだ少女へ、にこやかなる返答。
水の惑星を彷彿させる水色のサリーを身に纏っていた。如何にもバルタバザル出身らしき服装だが、これより出向く戦場とは不釣り合いだ。
「エルミュラ? 僕は思い切り遊びたいんだよ、あの場所でさ。それを言うならエルミュラだって出る気かい?」
黒髪伸ばした頭を組んだ両手にて抱えて、脚組む気楽な態度でさらに返したルヴァエル。
同じく操縦席のハッチを開いていた『エルミュラ』がまたも笑顔で応じる。
「はい、ルヴァエル様、私も大変遊びたいのでございます」
エルミュラの湛えた笑顔を見た途端、背筋に冷たいものと感じたルヴァエル。緑の視線を外して次は左隣へ変えた。
「エレーネも遊びに行きたいの?」
「……エレーネだけ仲間外れ……狡い」
やはり同じ黒い四足歩行の機体。操縦席に小さく丸まっていた金髪碧眼の少女がボソリッとひと言。
金色の滾る炎を象る髪飾り、見ように依っては獅子の鬣を匂わせた。
彼女達が乗っている機体は全自動、人工知能が本来操る機体なのだ。従って操縦士は無用の長物。然し実は搭乗者の方が強靭な可能性がある。
以前、ルヴァエルが独りで試作機RaviNeroを駆り、Fortezaを襲撃した際、RaviNeroが壊れた後に乗騎を降りた彼女の方が余程強かったのだ。
「ま、いっか……! んじゃま、派手に遊ぼう!」
旧イタリア本国に属していた旧シチリアをAdon-Northへ押し上げたレヴァーラ・ガン・イルッゾが眷属を自称するルヴァエル一派。
気高き先祖が成した大地と街を取り戻すべく──嵐を今、巻き起こす。
──第7部『Back-to-Back Battlefield(背中合わせの戦場)』 Fin ──




