第94話『Shining in the storm(ちひさしあらがひのてり)』 A Part
祖国フォルデノ王国を取り戻すべく、先ず境界上に蓋をしていた砦を落とすジェリド・アルベェラータが立てた作戦の一部始終。砦を護るカーヴァリアレ・カルベロッソの死を以て、取り敢えずの決着をみた。
元々同じ国を愛した者同士の空しき闘争。だが人間らしい欲望のぶつかり合いとも云えた。
そしてこの場所を守護する依頼を出したマーダ当人と、直接息の掛かった者達は、結局最後まで姿をみせなかった。そもそも要所だと感じてなかったのだと知れた。
トルルルッ……。
ローダ夫妻の結婚式とヒビキ生誕の手伝いをしてから民衆軍の仮宿漁村エドナに戻り、若過ぎる保育士の従事中。リイナ・アルベェラータの所有するスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
「リイナせんしぇのでんわがなってるよ」
幼子の独りが多忙極めたリイナ当人より先に気づき、スマホを手に先生の元へ持って来た。
「べランドナさん?」
ピッ……。発信元は今や親友の間柄になれた悠久の友人べランドナだと知ったリイナ。保育士の姿で通話を受ける。
「リイナ、如何にか無事に終わりました。電話を換わります」
「えっ……?」
べランドナ、リイナの着信を確認した直後、『如何にか終わった』『電話を換わる』何が終わって、一体誰に代わるのか、まるで要領を得ないリイナを差し置き、勝手に話を進めた。
リイナとてべランドナがジェリドと共に今回の作戦に従軍している話は勿論聞かされていた。
だから戦果の報告だと想像は出来た。されど一体誰に換わるのか? 今、最も声を聴きたい相手が出るとは──聡明な彼女でもそこまでは気が回らなかった。
「り、リイナ、僕だよ」
「ロイドッ!? え、う、嘘……そ、そんな……」
電話の相手が親友から彼氏候補へ様変わりした途端「少し頼みます」と他の保育士へ言い残し、受け持ちの教室を離れ、廊下へ小走りで駆ける。リイナの青くて大きな瞳は既に濡れていた。
「ロイド! し、心配したん……だから…ね」
いきなりの涙声にて応じたリイナ──父ジェリドの作戦に、好きを傾けた幼馴染が関わる話を後日聞きつけ、毎晩眠れぬ夜を過ごしていた。
べランドナは本作戦の最前線まで付き添っていた。そんな彼女の電話口にまさかの彼氏が出たのだ。心配と安堵の想いが一挙に噴き出すのを抑えきれる訳がなかった。
彼女候補を泣かせたロイド、声がたじろぎ伝えたい事柄を瞬間忘れかけた。
「り、リイナ……ご、ごめん。で、でも僕、何とかジェリドおじさんからの頼み事を無事に果たせたよ」
言い淀みながらも、リイナの父親ジェリドからの依頼を熟せた成果を伝えたロイド。少しは成長出来た報告を誇らしげに語る。
ジェリドからの依頼は元々、馬を届けるだけであったにも関わらず、戦闘へ首を突っ込み、それでも如何にか果たせたのだ。
「僕、ちゃんとべランドナさんやファグナレンさん達の力に成れた……と思う」
ロイド此度の目標──。
出身地でのリイナは別称『森の天使』。戦の女神エディウスの司祭級に史上最年少にて取れたばかりか、その愛らしさと皆に好かれる品性を存分活かし、その名が知れ渡っていた。
そんな非凡なる幼馴染と少しでも肩を並べる存在へのし上がりたい。判りやすい男子の意地。だからロイドは焦っていたのだ。
「馬鹿ぁッ! 私も気も知らないでぇッ! それにファグナレンって一体誰よォッ!」
ブツンッ……!
「え? ええ……」
耳が痛くなるリイナの絶叫──終えた途端、一方的に電話を切られたロイド。『通話終了』の文字を虚しい思いで覗き込み『何がどうなってんだよ』訳の判らぬ気分を抱えその場に崩れる。
雨こそ止んだ戦場、されど未だ血や泥に濡れた余韻の渦中に、ロイドは独り沈んだ。
ポンッ……。
「ファグナレン……さん」
正直泣きたい気分だが顔を顰め涙を押さえた自分の未だ小さな肩を、気軽な表情を浮かべ、軽く叩いたファグナレンの方を見やるロイド少年。
大好きなリイナから『ファグナレンって誰よ!』在らぬ疑いをかけられた当人が、痴れ者顔で割り込んだ。
「少年、そっちの方は、まだ青いな……」
争いの最中は男を認めた証に『ロイド』呼びしていたファグナレン。おどけた笑いで少年に落とし込む。
「ファグナレン……それはいよいよ大人げないですよ」
琥珀色の瞳をすぼめファグナレンを睨んだべランドナ怒りの現れ。彼女自身、偶然とはいえ少年少女の会話を盗み聞きした証拠を思わず零した。
彼女の数少ない親友リイナ──さらにその親友から聞いていた彼氏は未だ15歳になったばかり。どれだけ立派な行為を果たそうが、揺らぐ子供の気分を思えば気の毒なのだ。
「おっと……美人が怒ると箔が付いて良くない。この場は失礼する」
べランドナから向けられた不満にファグナレンは、さらにおどけた赤目を泳がす。そして踊る様にその場から退散した。
「馬鹿……馬鹿よ。他には何にも要らないのに……」
リイナも離れたロイド同様、保育所を兼ねた教会の壁にもたれかかると、涙流した瞳を腕で隠しながらズルリッと、涙で濡らした床へ滑り落ちた。彼から貰った思い出詰まったハンカチを握りしめた。
彼女に取って既にロイドは立派な彼氏なのだ。
だから『他には何も要らない』戦勝報告に登場する出しゃばりなんかリイナにはやっぱり要らない。ちゃんと言って欲しい言葉を胸に秘め再び泣いた。
「リイナせんしぇ……どっかいたいの?」
「……!」
リイナの慟哭が教室に届いたのか、先程スマートフォンを持って来てくれた幼い少女が、廊下の方まで出て来たのだ。
リイナ、つぶらで真っ直ぐな瞳に見つめられ、自身が流した涙の意味を再び自らに問い掛ける。
──そ、そうだ私ったら何泣いているんだろ? ロイドも皆も無事だったのに……。
「な、何でもない……何でもないよ。うん、もぅ大丈夫! ありがと優しいね! 行こ!」
「……?」
リイナ、溢れる涙を勇気で拭うと笑顔に変えた。
自分自身、散々ロイドに心配をかけているのだ。彼は彼なりに自分の気持ちを態度で示してくれた。少女の曲がらぬ気持ちがリイナの凍りついた夢を溶かした。
満面の笑みを幼子に届け、小さな手を優しみ込めて握る。次は哀しみでも苛立ちでもない涙が溢れた。歓喜を自分に伝えてくれた天使へお返しの涙を届けた。
「あっ!」
雨上がりの気紛れな風の精霊達が廊下へ吹き込み、リイナの長い銀髪を覆い隠した灰色の頭巾を靡かせ飛ばす。小さな嵐が輝きを生んだ。




