第93話 『Last 5 minutes - (minus) x(命燃やした最後の刻)』 B Part
普段は漁師を営む海の男、青い鯱ランチア・ラオ・ポルテガ──青鯱の牙は獰猛かつ狡猾であった。
カーヴァリアレ・カルベロッソの守護する如何にも古めかしい砦の構造。
天井や床などの崩壊しては困る箇所は固い花崗岩、砦内部の通路など硬さを必須としない箇所には脆い石灰岩を用いていた事柄を理解した上で、敵の首領を落とす手筈を整えていたのだ。
無論、あくまで想定の話に過ぎない。だが勝利と仲間の命を必ず護り抜くと誓ったランチアの宿命と勇気が総てを呼び込んだ。
「カーヴァリアレ・カルベロッソ。アンタ、マジで強かったぜ。特に腕と脚を取った後の動きは異常だった。この俺様が心を折られかけた。──がっアンタは余りにも戦に対して気高過ぎたのさ」
自分の仕掛けたワイヤーに絡み取られ、雨に降られた石床に転がる憐れな敵を称えるランチアの言い草。
「クッ……余り褒められてる気がしません。何より私は負けたのですから……そう、最後の力を使ってなお」
苦笑禁じ得ないカーヴァリアレ。特に腕と脚に致命打を受けたにも関わらず、死を覚悟した全身全霊の力を使った。これで敗北したのだから言い訳する気も失せた。
「この力は例え貴方達に勝てたとしても、私の身体は5分と持ちません。それを退けた。もう何も言い残す事はありません」
此処迄言い切るとカーヴァリアレは両目を閉じた。
最期のトドメを受ける誉れを望んだ。『5分』経つ迄に僅かだが余剰を貰えた。お陰で哀れな自滅でなく、敵に命を取られる戦人の矜持を貫けるのだ。
ダダッダダダッ……。
ジェリドの時と同様に馬の蹄が石床を蹴る音が近づいて来た。
騎馬の方へ振り向く面々、ラオの騎兵が悠久の森人ベランドナと、短剣使いファグナレンを連れ現れた。
タンッ。
馬から軽い足音を鳴らして飛び降り、敗北を喫したカーヴァリアレの元へ近寄るベランドナ。
カーヴァリアレの子供達、兄スペキュラと妹ヴァデリの異能に苦戦を強いられた。泥と血に塗れた姿を強敵だと認めた者共の父と思しき人間に堂々晒すと、目前にて膝を崩して正座した。
「私の名はベランドナです。貴方の子供達と争った者でございます、最後までとても強くて苦戦しました」
「……?」
ベランドナ、敵の首領カーヴァリアレの息子と娘の強靭ぶりを丁重に耳元で伝える。
伝聞されたカーヴァリアレ、この耳長族の意図が判らず、少し顔を顰めた。
「今の貴方様と同様、死力を尽くしました。……ですが未だ生きております」
「──ッ!?」
美しき顔を歪ませずっと伏せていたベランドナの語尾に難色を示した父親。
兄妹共々、名誉ある死を望み、この者等と最後まで戦い抜いたと聞いた。ならば敵に殺され|黄泉へ召されたか、或いは自分と同様に何とも哀れだが、自分達の力に耐え切れず死した筈。
「ベランドナ殿!? 私の子供達は未だ生きている? 馬鹿な! 私の子供達は誇り高き戦死を迎えているべきだ!」
我が子等は未だ生き長らえている──本来なら吉報であるにも関わらず、怒気荒げた父親の狂気。金色の髪を垂らした美麗なる耳長族の女性を追求する。
「も、申し訳ありません。わ、私達には如何しても、あの子達をこの手にかけるなんて……!」
琥珀色に涙滲ませた瞳を逸らしたベランドナ罪の意識。
現状辛うじて生きているカルベロッソ兄妹。だが以後の生死は全く以て保障出来る訳がないのをベランドナとて重々承知していた。
グィッ!
完全に罪人へ甘んじていたベランドナの脇から、突如違う者の手が伸び、身勝手極まる戦人に拘るカーヴァリアレの首根をワイヤー毎掴んだ青年ロイド。
鬼の形相を以て、今から死する哀愁抱いた男の眉間へ自分の歪んだ顔を、額が当たる程に近づけたのだ。
「何勝手な事ばかり言ってるんだアンタはッ! 父親だからって子供達の生死を自由に出来ると思うなァッ! 今、あの二人は生きているッ! 必ず死ぬ!? 勝手に決めんなァッ!」
死を迎える男にロイドが唾を手向けた訴え。
生きる者に取っての必然──若さをガツンッとぶつけた。
「……ッ!」
敗北は死あるのみ、例え生き残っても地獄──固く思い込んでいた老兵の闇にどんな武器より突き刺さった。
「ベランドナさんも何故云われたい放題なんですかッ! ──ファグナレンさんも如何して黙っているんですかァッ! こんな馬鹿な話ないですよぉッ!」
完全にキレて地団駄踏むロイドがベランドナとファグナレン、大人ぶった二人にすら怒りを火に灯した声を吐きつけ言及した。
グィッ!
「ロイド、そのくらいにしておくんだ。お前の云う事は全て正しい。だからこそ彼等は……いやこの俺でさえ何も言い返せない」
ロイドの幼馴染、彼女候補の父親──ロイドに取っても殆ど父に等しきジェリド・アルベェラータが、青年の肩を掴み止めに入った。我ながら苦い思いを若さ漲る青年に懺悔した。
「ぐッ!」
ロイド、未来の父親だと確信抱いた者から握られた肩。歯を食い縛り振り解くと、後はあらぬ方を向いてだんまりを決めた。
彼に取ってのジェリドは、好きな女の子の父親と云うただの邪魔な存在ではなかった。
あらゆる修羅場をこれ迄潜り抜けた尊敬の念を抱く漢なのだ。憧れ向けた漢に頭を下げられては、黙る以外の選択がない少年に帰るしかない悔しさを滲ませた。
「し、失礼した。子供達の生死は自然の摂理に任せます。ですが……もし息を吹き返した刻、また貴方達の命を脅かす事に成っても……」
ガツンッ!
「おぃッ! おっさん! それこそ余計ってもんだ! それよりアンタ自身はどうなんだアアッ!?」
一言注意を促そうとしたカーヴァリアレを再びそこいらの中年に落とした上、首元へ槍を刺したランチア。大人に至ったばかりの怒声を叩き込んだ。
加えて最後の力を振り絞り、自分達と気高き勝負を挑んでくれた敵に対し、最後の安否確認を捻じ込む。
「わ、私は最後の一滴まで死力を振り絞りました。身体だけじゃない……例えこのまま生き長らえたとしても人間の冷静さを失うただの戦う傀儡に成り果てます」
「な、何だと!?」
命の灯揺らぐカーヴァリアレの弱体化した声音を聞いたランチアとプリドールの顔が歪む。この男の覚悟も異常だが『戦う傀儡』を造ったマーダの醜悪ぶりに立腹した。
「恥を忍んで言わせて貰えるのなら、プリドール殿から受けた膝裏の傷。あの痛みさえ実は灼ける様に痛い。ナイフで突かれたあの時から既に……」
これは余分で在りながらも、ランチアとプリドール的に衝撃の過剰と残存を与えた。
この云い様、プリドールが負ける間際に放った火薬仕込みの投擲用ナイフが実は勝敗を分かつ切欠であったかも知れない事柄を匂わせた。
「子供達や他の部下達まで同じ道を辿るかは未知数。ですが私は間もなく5分を超えます。その前に……私が私でいられる内にどうか最後の一振りを……!」
半ば縋る思いを顔に滲ませ訴えて来たカーヴァリアレからの介錯願い。
「そうか……判った! ジェリド・アルベェラータ、俺様がこの誇り高き男へ引導を渡す!」
「……」
ランチアが本気の槍斧を振り上げ、この作戦の総司令ジェリドへ最後の確認を言い渡す。
ジェリド、無言の返答を寄越した。彼は弟子──本来ならば親も同然の存在を葬送する役目はジェリドが担うべき。だがロイドの主張を肯定した彼には到底果たせなかった。
ギラリッ……。
ランチアの翳した槍斧が稲光を反射した。漸く死の裁きを受けるカーヴァリアレ・カルベロッソ。動じる処か微笑みを湛え死神の鎌を甘んじて受ける覚悟を固めた。
「カーヴァリアレ・カルベロッソ、お前の名を俺様は生涯背負ってやる。だから安心して逝け」
ザンッ!
振り下ろした槍斧。嫌な余韻がランチアの手元に残りゆく。それでもランチアは決して目を逸らさず最後の最期まで見届けた。
未だ降り続く豪雨。屋根を失った砦内部まで降りしきる。戦士達の涙に代わり、全てを洗い流す天が差し伸べた唯一無二の救済であった。




