第93話 『Last 5 minutes - (minus) x(命燃やした最後の刻)』 A Part
なし崩しとはいえジェリド・アルベェラータ総司令が置き去りにした彼に従う兵士達と、砦を守護する役目を仰せつかったカーヴァリアレ・カルベロッソ側の兵士達の争い。
まさか16歳の少女が呼んだ神聖術──文字通り奇跡の一振りで事が終わったなど露知らず。
戦の女神の司祭見習いリタの呼び起こした『天使之休息』が死に逸る砦側の兵士達を天使の様な穏やかさを以て眠りに誘ったのだ。
命賭けた戦争の最後にしては肩透かしとも云える終焉。眠りに落ちた敵を殺す無常なトドメを刺す必要はなかった。例え目覚めても抵抗出来ない様に手足を縛るだけで事足りた。
──5分!? 長ぇ、長ぇよ!
片腕と腿に深い傷を与えたカーヴァリアレがさらなる全開を以て最後の襲撃を掛けて来た。人の常識で計れぬ敵の狂気に恐れを抱いたランチア・ラオ・ポルテガ。
カーヴァリアレの背中から溢れ出る雰囲気が相手の生命を奪うだけを欲する獣に思えた。
されどそれで引き下がる程、弱兵ではないランチア。彼は一見無鉄砲に思える攻撃を仕掛けながら、蒼い髪の毛に覆われた頭脳を常に回し続けた。
火薬仕込みのワイヤー投槍。砦内部に張り巡らせたワイヤーの結界を蹴りながら、蒼い軌跡を残しつつ、カーヴァリアレの周囲をサーカスの様に飛び交う。
そして空中から投擲したり、槍斧を振るい、人を忘れたカーヴァリアレを翻弄しようと躍起になった。なれどそれがどれ程効果を上げているのかは未知数、最後は天運に任せるしかないと思えた。
死を決したカーヴァリアレ自身は、躰が再び云う事を利かなくなる刹那い命になろうとも構わないのだ。
青い鯱ランチア・ラオ・ポルテガと最強の弟子ジェリド・アルベェラータとの熾烈を極めた一戦の末、このまま死ねれば本望なのだ。然も砦の外の護りを任せた子供達二人は既に死したものと確信していた。
未だ降り止まぬ篠突く雨が自分と滅び逝くカルベロッソ家の哀愁を洗い流す天の導きにすら思えた。
「フンッ!」
ジェリドは頑固一徹、速度超過で襲い来る師匠相手に自分から仕掛ける攻勢を決して止めなかった。
ただでさえ軽装なカーヴァリアレ相手に続ける無謀──全身鎧と巨大な戦斧にて押しまくり全身が軋む悲鳴を上げていた。
キンッ!
「フフッ……青い鯱。そして我が誇りを形にした弟子もこれ迄なのですか?」
両腕を広げゆるりと近寄るカーヴァリアレの大胆不敵。ランチアの投槍を小刀でも振り払う気軽さで弾き飛ばした。
異名通りに飛び交うランチア、そして常に先手を取るジェリドとて充分異常なのだ。なれど最後の力を振り絞るカーヴァリアレにしてみれば単調に思えた。
ガランッ……。
ランチアの張ったワイヤーの結界。ワイヤーを張る為に槍を刺した石壁が僅かに崩れ落ち、石が床に転がり落ちる音。ワイヤーが少し頼りなくなる必然。
──へッ!
何故か心で微笑むランチア。然も天井の固い岩盤へ向け、残り最後の火薬仕込み投槍を飛ばしてみせた。刺さらず弾かれ虚しく石床に落ちた。
「ビアットォォッ! 待たせたなァッ!」
不意に吼えたランチア、砦内部に木霊し、敵であるカーヴァリアレはおろか、味方であるジェリドさえ、その奇異な仕草に耳はおろか五感そのものを疑った。
バァンッ! バァンバァンバァンッ!
ズガガァァンッ!
「な、何事!?」
「──ッ!」
状況が全く以て飲み込めないカーヴァリアレとジェリド。共に細い目を見開く瞠目を呼んだ。
砦の天井、それも外から聞こえた誘爆していた発破音。
そして固い花崗岩で建造された砦の天井が爆破され大穴が開いた。砦内部の柔い化石含む石壁は、煙を上げ虚しい大崩落を始めた。
「遅い、遅いよランチア兄ちゃん! おいら雨の中、ダイナマイトを濡らさないようにすんの大変だったぞ!」
爆破した天井の穴から薄汚れた顔を出したあどけない少年の破顔一笑。親指を立て自分に課された使命を見事果たした満足感を砦内の兄ちゃんに送った。
「な、何だこれはァァッ!?」
余裕の笑みも強敵達と、最後の命を賭け争える愉悦さえも吹き飛んだカーヴァリアレの顔が動転一色に変わりゆく。
ランチアがワイヤーを張るべく石壁に刺した投槍が総て落ちる。
そして張られたワイヤーがカーヴァリアレの全身に絡み付く魔法。解こうと藻掻く程、絡んで二度と解けぬ拘束の裁きを黒の宣教師へ下したのだ。
カランッ……。
遂に両手剣『竜之牙』を握っていられず、やはり強固な花崗岩の石床へ落としたカーヴァリアレの空しき姿。全身を絡み取られ彼も床に転がり倒れた。
「ら、ランチア!? まさかこれも計算づくだと云うのか?」
共闘しつつも全然聞かされていなかったジェリドも仰天の声を策士ランチアに向ける。
「な、なんだ……? やけに五月蠅いねぇ……!」
カーヴァリアレとの争いで全力を出し尽くし気を失っていた赤い鯱が無理矢理起こされ、赤い目を擦りながら意識を回復。最早砦の役目を終えた景色が視界へ飛び込み目を回した。
「ジェリドのおっさん? いや、流石に計算なんかしてねぇよ。してたら格好つくんだろうがな」
ジェリドの問い掛けに手を振り否定したランチアの苦笑。
だが余りにも出来過ぎた台本、『偶然だ』と云われた方が寧ろ納得往かないのだ。
「こ、こんな馬鹿な決着があってたまるかッ!」
天井を失い豪雨にも晒され床上で藻掻く憐れ極めたカーヴァリアレの憤激。
確かにおかしな話だ。ランチアと共に逆落としの相棒を果たした少年ビアットが何故都合良くダイナマイトなんて危うき物を持って態々外で待っていたのか。
「へッ! 堅物のアンタにも判る様に説明してやんよッ!」
腰に手を充て、無遠慮にも倒れたカーヴァリアレに向かい唾を飛ばすランチアの堂々たる説明。
先ずカノン回りでこの場所へ侵攻すると決めた際、まさか100mの崖降りをする事など想像しておらず、崖上からダイナマイトを投下する手を思いついていた。
然しビアットから崖降りの可能性を聞きつけたランチア自身が、結局100m近い崖下に在るこの砦へ騎乗したまま降りたのは知っての通り。されど問題はこの後にある。
自分を含むラオの兵士達が逆落としを成功させる絵面は予想の範疇であった。
然し砦の上に着地後、どうやって砦内部に隊毎侵入させるか。ランチアは思考を巡らせ余ったダイナマイトを使い、砦を破壊する手を思いついた。
それもジェリド達が砦内部に進撃果たすギリギリの時合を計っていた。
けれども実際には逆落としの二番手、プリドール・ラオ・ロッソが赤い異能に目覚め火薬不要の突貫を果たしてしまった。従って突貫用に変えたダイナマイトは結局の処、余ったのだ。
「……ビアットは子供、元々砦に乗り込むまで付き合わせるつもりはなかった。だからダイナマイトを彼奴に預けた。ただな、砦の中の石壁はやけに脆かった。化石の混ざった石灰岩だって見抜いた。……どうだ? 満足したかカーヴァリアレ・カルベロッソさんよぉ」
敬意を表し『カーヴァリアレ・カルベロッソ』と名前呼びしたランチア。彼は海を愛する漢だ。砦内部の石壁にアンモナイト等の海にまつわる化石をあざとく見つけていた。
隣で事の顛末を聞いていたジェリドが舌を巻く。偶然が重なり過ぎており、説明を受けた処で腑に落ちぬのだ。
「はぁ……俄かに信じ難い話、ランチア殿の勝ちに拘る飽くなき精神が闇すら突いた。で、なくては私が浮かばれない」
完全敗北を認めたカーヴァリアレ、思わず溜息を吐く。だが全力を尽くした清々しい気分に転じて、薄ら笑いを浮かべるのであった。




