第92話『Fighting Soul(不屈の魂)』 B Part
青い鯱ランチア・ラオ・ポルテガ──。
弱兵では決してないが、やはりまだ若いと思い込んでいたカーヴァリアレ・カルベロッソ。
ただの槍斧だとタカを括っていた物が二つの武器に分かれ、然も銃弾を発した。
意外性にとんだ武器の小細工と、何よりそこいらの騎士には思いもつかぬ発想にしてやられた。
汚い──?
そうは思わない、思った時点で負けを自ら認めた様なもの。カーヴァリアレは、自身の誤認を自覚した。
「成程……確か『兵は奇動也』でしたか。見事です」
ラオの連中が云っていたらしき聞き伝えの話を思い出すカーヴァリアレ。穿れた腕と脚を止血すべく破った漆黒の衣服で強く縛る。自戒の意味も込めた。
ジリィ……。
「嗚呼、俺様の生き方そのものだ。そもそも普段は人間より後先読めねぇ海を相手にしている漁師なんだ。海に独りで出たら頼れるのは自分だけだかんな!」
カーヴァリアレを睨んだまま落とした槍斧の上部を拾い上げたランチアの主張。
銃剣の上に被せ元の形に戻す。だが次、武器本来の扱いをするかは未知数。恐らく彼自身にも判りはしないのだ。
──ぐぅ、これしきの傷に感ずる痛みを超えている。身体を極限まで弄られ五感が増した後遺症か。
カーヴァリアレ、負傷した傷の激痛に顔を顰める。
されどジェリドとランチアの両者から鋭い視線を決して外さない。苦痛に顔を歪めたのではなく、敵を威嚇し続ける強気を匂わす老練の塊。
──フッ……寧ろこれで死兵の覚悟が決まると云うもの!
「……ッ!」
この争い、殆ど敵の攻勢に合わせ込む対処に徹していたカーヴァリアレが左右に駆け出す。自分から仕掛ける攻めに転じた。
脚に銃痕を刻んだ人間の速さとは思えぬ動きに度肝を抜かれたランチア。
だがランチアの前に重量級の武器、槍の様に長い戦斧の突きを繰り出した揺るぎないジェリドの牽制。
身体の改造なんて陳腐な力には頼らず、亡き妻ホーリィーン・アルベェラータの異能も介さない純なる自身の強さ。
ヴァロウズNo5、尋常ではない動体視力を持ち得た女戦士ティン・クェン相手に技巧で後れを取られなかった戦士だ。
ランチアの煽る『古めかしい矜持』を拘り抜ける気高さの体現がそこに在った。
ガシンッ!
ガキンッ!
戦斧と両手剣、重苦しい得物同士が激突した。火花と共に爆発物の如き轟音が砦内部に響き、崩壊し始める石壁が振動だけで揺れ動いた。
「流石だなジェリド、ギアを上げても着いて来られるか」
「俺はこの斧に信頼を置いている。それにヴァリアより習った戦い方だ、負けては礼を逸する」
武器のみ在らず──共鳴する互いの信念を賭けた闘争。刹那さえも決して見逃せないのだ。
ガッ!
戦斧の鉾先を師ヴァリアに向けたまま、後方へ跳んだジェリド。重い鎧とは思えぬステップを刻み、ランチアの背中に入った。
「ジェリドのおっさん、彼奴死ぬ気だ。まさかまだ上が在るってのかよ!?」
「……」
明らかに『彼奴』は人間の成せる駆動域を超えたと確信抱くランチアの冷や汗。
無言を以て答えに変えたジェリド。斧握る両手にさらなる力を込めた。
「全く冗談きっついぜ……アレはもう人を捨てた化物だ。これじゃァこっちがもたねぇ」
「──5分だ」
ジェリドは文句垂れたランチアへただの一言──呟きを伝えると再び石床を蹴り、馬上槍使いが裸足で逃げ出す突貫。カーヴァリアレへ飛び込んだ。
戦慄走りながらもジェリドが応じた『5分』とは、戦慣れした彼の想定に過ぎない。だがこれ程人間離れした攻撃を続けられる限界を読んだ形。
──5分!? 野郎、あの動きが5分続くって意味か? やっぱり化物じゃねぇかよッ!
投槍が張ったワイヤーの結界を蹴って宙へ舞うランチア。ジェリドが告げた予想の本質を受け取ったものの、自分達が逆に5分保つのか。此方側とて危い時間だと思えた。
正直逃げ出したい気分──蛇に睨まれた蛙。ランチアの本能が『逃げろ』と己に告げた。だが彼は蛙でなく、海の生物の頂点に君臨する鯱の異名に賭けた。
◇◇
ジェリドが率いていたフォルデノ王国の騎士達と、カーヴァリアレと黒騎士マーダへ天命を誓った者共の争いも佳境を迎えていた。
ジェリド総司令は持ち場を離れ、敵の首領相手に最後の戦いへ向かった。
だが代わりに現れた騎馬を操るラオ守備隊の生き残り。石壁を破砕した勇敢な味方が挟撃を仕掛ける。
砦を護る敵兵も人を捨てた死兵ばかりだ。ジェリドが連れて来た兵達は『生きろ』と厳命されていた。
鬨の運任せな戦に於いて何方に利が在るのか語るのも愚かしいが、個々の力比べならカーヴァリアレの兵達に五分の魂が在る。
然しラオの兵士達は100mもの崖を馬で下った此方も常識を破棄した者共。依って戦の勝敗を左右する勢いなら彼等も常軌を逸していた。
「──うがァァッ!」
敵兵のひとりがジェリド達に着いて来たロイドの幼馴染、戦の女神の司祭級である少女リタへ襲い掛かる。
愕然とする表情滲んだリタ。敵とて王国の誇りを貫く騎士なのだが進退窮まる現状に我を見失ったやも知れない。
カキンッ!
キンッ!
命の危機に瀕したリタへ容赦忘れた剣を振り下ろす敵兵の眉間に当たった投擲用のナイフ。甲高い音を鳴らした。
致命打にこそ至らなかったが敵兵の狼狽えを呼び込む。そこへ拾った槍を手に飛び込んだ勇気溢れた若き魂の一閃。
「ろ、ロイドぉッ!?」
「リタッ! 大丈夫か!」
リタの片思い焦がれた王子様が自分の命を救ってくれた夢にも昇りそうな恋の展開。
語る迄もないロイドの救出。自分の身を案じたロイドの叫びに胸が締め付けられ鼓動高鳴るリタ、乙女の至福。顔を朱に染め別の意味合いで気絶するかと思えた。
カルベロッソ兄妹の相手で出遅れたべランドナ達が追いついたのだ。牽制のナイフを投げたのはファグナレンだが、リタの心には全く以て刺さらなかった。
「リタ! 貴女、眠りの奇跡を使えますか? 敵兵達に唱えて下さい!」
夢心地であったリタの耳に届いた女性の声。ロイド同様、子供扱いする無礼を忘れた呼び捨てのベランドナ、鋭きレイピアの如き必死な声。
瞬間、小皺ひとつない眉間を顰めたリタであったが、髪を切り裂き、血と泥に塗れた耳長族の訴えに揺れた心を取り戻す。
ベランドナとファグナレンは、大層汚れた少年少女を抱えていた。無論、敗北後気絶したスペキュラとヴァデリの痛々しい姿であった。
ベランドナがリタに問う『眠りの奇跡』とは彼女の親友リイナ・アルベェラータが、ルシア・ロットレンへ全身麻酔代わりに掛けた『天使之休息』に他ならない。
ベランドナの意図する処こそ不明だが『やれるか?』と問われ、俄然やる気に火を灯したリタ。ロイドが護ってくれる幸せの真ん中で握った杖を掲げた。
「戦之女神よ、この者等に心安らかなる刻を──『天使之休息』!」
決して目には映らないが穏やかな意識がリタの杖から注がれ、霧の様に敵兵達を包み込む。
バタッ、バタバタバタ……!
続々と眠りに堕ちゆくカーヴァリアレ側の敵兵達。
「えっ、えっ? こ、こんなに効いたぁ?」
自分の成した結果に驚き緑色の長髪を振るい巻き込み、ロイドや皆を振り向いたリタの慌てぶり。
真っ新な司祭見習いのローブを揺らした。圧倒的な恋敵『森の天使』リイナに自分の神聖術が匹敵したと思えた。
ギュッ!
「ろ、ロイドッ!?」
「よくやってくれたリタ。彼等は五感が敏感だから、君の起こした奇跡が特別に効いたんだよ」
ロイドの優しさ滲んだ笑顔に肩を抱かれ、膨らみ帯びた胸に染み入ったリタの喜び。
歓喜溢れ、告白を受けた気分に独り浸った。ロイドと同様、若さが為せる力──意外なる勝敗を決した。




