第91話『Roadless Power(岐路絶たれた衝突)』 B Part
マーダの宣教師が如き黒の出で立ちと、拝領した両手剣『竜之牙』を振るうカーヴァリアレ・カルベロッソを相手取ったラオの軽業師ランチア・ラオ・ポルテガの一戦。
槍の扱いでも特にランチアが長けた投槍を超軽量級の拳闘士の様な突きを以て見舞うも、カーヴァリアレに軽くあしらわれプリドール・ラオ・ロッソより歯が立たないかと思われた矢先。
全く同じに見える投槍でも重さがまるで異なる物を織り交ぜた反撃にて、カーヴァリアレから余裕の笑みを遂に消した。
加えてそんな時間稼ぎをしている間に出遅れていた戦斧の使い手、ジェリド・アルベェラータすら戦場に呼び込んだ。
此処迄青い鯱の思惑通りに事が運んでいるかに思える外野──実の処、そんな簡単な話ではなかった。
──敵のおっさん、俺様の槍捌き相手に、まさかついて来られるとはな。
赤い鯱プリドール・ラオ・ロッソが扱う馬上槍とは真逆。
軽量かつ間合いも剣よりは長い投槍を敢えて投げずに手で握る攻めに徹し様子を窺ったランチア。
かなり度肝を抜かれた上での立ち合いを演じていた現実──軽さを捨てた今の戦い方、妥協じみた転身であったのだ。
ズシャッ!
柄の長い斧を斜め下に構え現れた歩く重量級のジェリド。
騎士の威厳を体現した踏み込みを以て遂に参戦を果たす。重量物を下方に置き、振り子の要領で何処へも振り出せる基本の形。
「ジェリドのおっさん! 遅ぇッ! 遅ぇよッ!」
齢間もなく40歳を迎えようとしているジェリドを迎え入れたランチア。
ぶれぬ中年呼ばわりをジェリドにも無遠慮にぶつけた。『争いとてお遊び』ランチアの矜持が揺れ動いた現れの文句。共闘しても馴れ合いはしないのだ。
遅参をランチアに問い詰められたジェリドの悲哀。『お前達が速過ぎたのだ。馬で砦に飛び込むとは破天荒が過ぎる』云いたい言葉を黙って飲み込む無駄口叩かぬ漢の品格。
「ランチア、あの男は俺の師匠だった。絶対油断するな、然も俺が知っていた時よりどうやら若い!」
ランチアの方へ視線は送らず、嘗ての師カーヴァリアレへ全霊込めた視覚の牽制を送り続けるジェリドの吐いた不可思議な発言。然も敢えてカーヴァリアレに聞こえる声量を発した。
「ハァッ!? 云ってる意味判んねぇぞッ?」
およそ40歳に達した男の師。元々年齢の若かった師匠なら話は判る。『若返った』とジェリドは断言したのだ。ランチア、笑えぬ冗談に首を捻り眉を顰めた。
「フフッ……久しいなジェリド。流石にだいぶ老いたな」
「そう云う貴方は、まるで30代に見える。仮に生きていたとしても60は過ぎてる筈だ」
相も変わらず両手で柄を握るべき竜之牙を片手で握った上、斜に構えて腰を落とし、両脚を前後に広げたカーヴァリアレの冷笑。槍や戦斧に劣る間合いの差を埋める。
会話の内容が全く解せぬランチアを他所に話を進める老兵達の会話。互いの老いが頭に回ったと締め括りたいランチア、独り青い頭を抱えそうになった。
バシュッ!
話についてゆけないランチア。まるで自身の憤りを示したが如き、火薬仕込みの投槍をカーヴァリアレの足元に叩き込む、老人達に釘を刺した形。
「訳判んねぇ昔話なら勝手にやってくれッ! 俺様を湿っぽい話に巻き込むなッ!」
投下した投槍が成立させた新たなるワイヤーの囲い。
床の僅か上に張ったワイヤーに飛び乗り、その反動を用いた青い鯱が海原を跳ねる様に飛ぶ。
そのまま落下軌道を活かした攻撃を仕掛けるかと思いきや、次は上に張ったワイヤーをさらに蹴った変幻自在。真一文字、蒼い軌跡を薄暗い砦内部に描いた。
「フンッ!」
「な、何ィッ!?」
己自身を投擲用の槍と化したランチア相手にカーヴァリアレは、敵が握る槍の鉾先を踏み込んだ脚に依って竜之牙へ載せた体重だけで弾き飛ばした。
「だから軽いと言っている! 青い鯱の牙は小賢しい! 同じ鯱でも赤の方が余程潔かった!」
嘲笑忘れたカーヴァリアレの容赦ないえぐる指摘。本命ジェリドが目前に現れたのだ。若僧を相手取る遊びの時間は終わった。
カランッ……!
「へッ! よくも云ってくれたな中年爺ィッ! 良いだろう見せてやるぜぇ俺様の本気を少しだけなァッ!」
軽いとコケにされた投槍を文字面通り投げ捨てたランチアが滾らす青さ超えた藍染の本質。
白布に包んだ背負いの本命を掴み、全てを解いた。
現れた槍斧、左に構えたジェリドと真逆。右側に堂々立ちはだかり、柄が長くて斧に近しい両刃を漸く晒した外連味の極み。
「ほぅ……ジェリドが握る柄の長い斧と、青い鯱殿の構えた槍斧。まさしく両雄だが並び立たずに落ちないで貰いたいものだ」
漸くランチアの本気を引き出せたと思い、再び実況じみた嗤いを浮かべたカーヴァリアレ。眼鏡越しに緩んだ視線。
「余裕かましてんじゃぁねぇぞッ!」
初めから示し合わせた様にジェリドと二手に分かれ、槍斧のしごき突き。
そしてジェリドが握る戦斧の先に在る鉾先に依る突きを左右から同時に繰り出しカーヴァリアレを攻め立てる。
騎士の歴史的観点からみても両手剣と槍斧、そして間合いの長い戦斧。最も見劣りするのはカーヴァリアレの両手剣だ。
されど語る迄もなく、そんな常識など吹き飛ぶのが人の歴史に於ける争いの行方。高度な使い手同士の個人戦ならば、まるでアテにならず非情識に跳ねるものだ。
特筆すべきはカーヴァリアレが未だに竜之牙を片手に扱う素早さと異様な立ち回りであった。
若いランチアの苛立ちを呼び込む。彼の槍斧は、先が分かれた特殊な形状を活かし相手の武器を絡め取るやり口に長けていた。
無論、常識を破る方法は幾らでも存在した。例えば槍斧の鉾先を脇から弾く戦法。然し余程の速度と技術差がなければ厳しい。
だからこそ武器の優位性を負かされるランチアの腹立たしさは募り往くもの。
カーヴァリアレは、まるで竹刀でも握る手軽さを以て二人の騎士相手にあしらい続ける上、槍斧を弾いた後、ランチアに出来た間隙に敢えて攻撃加えぬ余裕をみせた。
──然しジェリドは流石に我が宿敵!
怒りが先立ち槍の動きが鈍るランチアとは対照的なジェリドの斧捌き。
ジェリドはカーヴァリアレとの速度差があると知るや、即座に誤差を修正。
後の先に依る優位を敢えて捨てた。此方から先に手出しするのに敵を合わせさせる高等技術。防御せねばやられる様に仕向けたのだ。
「我が師ヴァリアよ、貴方は本当に黒騎士マーダに堕ちたのか?」
加えて舌戦すら交えるジェリドの悠々たる攻勢。先程論じた『年齢の話』を持ち出した裏腹なる切り口。如何にも弟子らしく愛称で呼ぶ。
若返りとマーダの教えを説く宣教師の影を匂わすカーヴァリアレだ。この二つに関連性が在るとジェリドは踏んだ。
「フフッ……知っての通りカルベロッソ家は皆、不治の病を背負い、家そのものが消える一歩手前だった」
ジェリドと武器の立ち合いをまるで稽古の如く楽しむ様子で応えるカーヴァリアレ。不治の病を家族全員で抱えていたのはジェリドとて知っていた。
「マーダ様……正確には配下の者がカルベロッソ家を含め死に際であったフォルデノの騎士達をより強固にする術式を施して下さった」
「何だと!? だからマーダに仕えると云うのか!」
師カーヴァリアレの云い様がまるで腑に落ちないジェリドの不服──。
カルベロッソ家は、マーダ軍の襲撃を受ける以前から死に体であった。
然しながら彼の云う『死に際のフォルデノ兵』とはマーダ軍の夜襲を受け、死にかけた者達なのだ。従って『マーダ様に命を拾われた』では話が通じぬ怒りを呼んだ。




