第91話『Roadless Power(岐路絶たれた衝突)』 A Part
砦を護る役目を黒騎士マーダから仰せつかった父カーヴァリアレ・カルベロッソの子供達。
兄スペキュラ・カルベロッソと妹ヴァデリ・カルベロッソが遂にべランドナ達の前に屈した。
そんな気配を遥か遠くから感じ取る一見16歳の少女と、兄の様な若い容姿の20歳男性。
べランドナ達の戦場はアドノス島の西南のほぼ端──真逆に位置する最北東にて旧欧州の列強相手に島を護るForteza市に住むヒビキ・ロットレンとその父ローダであった。
「──ふぅ……。取り敢えず良かったぁ。べランドナさんが何とか勝てて。──んじゃ僕(部屋)戻るね」
バタンッ!
母譲りの金髪を流したヒビキの安堵。チェック柄のスカートをふわりと揺らし、家族が揃うリビングルームから出て行った。
「べランドナ達の戦い、如何にか終わったのね。良かった。──でも終わったからって(自分の)部屋に戻らなくても……コレ要る?」
空色のYシャツを着た母ルシアの複雑な面持ち。
首元からボタンを3つ外したラフな部屋着、ルシア当人は気づいているのか。シャツの下、魅せるべきではない物が見え隠れしていた。
ルシアがヒビキへあげようとしてた淹れたての珈琲。茶托に載せたカップと用意してたお茶請けを持て余す。
「嗚呼……折角だから貰おうか。俺の予想が的中して少し面白くなかったのかもな。それにジェリド達の戦いは未だ終わってない。寧ろこれからが本番だ」
そんな守りの薄い妻ルシアの姿を気に留めているのか判らぬ夫ローダの無表情な返事。
心の壁を取り払った娘より未来視が描けた父の想像力に嫉妬した? これは本音を隠す用意した台詞だ。
カタンッ……。
妻ルシアがダイニングテーブル、夫ローダの向かいに座った。珈琲の焙煎と女性の香り入り混じって辺りに漂う。
ローダ、独身時代を彷彿させる妻の上目遣いにあてられ思わず顔を赤らめる。甘えと誘惑を織り交ぜた、未だに刺さる彼女の仕草。
「フフッ……何か気になる?」
そんな可愛い彼氏の反応を愉しみ、微笑んだ顔を傾けるルシアの戯れ。妖しいモノが同時に揺れた。
「そ、そんな格好してるから娘が逃げたんじゃないのか……?」
ローダの『気になる処』元々場所の話ではなかった。マーダが幼き兄妹の身体を弄った結果、異能が生まれた。これを危惧していたのだ。
「悪いこと考えてた? 違うでしょ?」
Yシャツのボタン、上から3つ目を嵌めたルシアの焚き付け。女の勘なのか。真面目な夫の気分を見透かした上での行為らしい。
「ふぅ……強いべランドナが苦戦した敵やジェリド達と同じ色した鎧を着ている敵兵達の事を考えていた」
空から滴り落ちる雨粒へ視線を移しながら吐いたローダの溜息。自然が織り成す調べへ傾倒する自分を装い隠した。
「ルイスに取り憑く前のマーダがやった事だと思いたい……そういう話だよ」
寂しさ滲む顔──見える筈無き兄ルイス・ファルムーンが暗雲立ち込める窓際に映る様子をみせた愛焦がれたローダの弱さをみつけたルシアの後悔。
ガタンッ……。
「……ご、ごめんローダ」
「か、構わないさ……」
猫背に沈む夫の黒い頭。
椅子を蹴る様に身体寄せ抱いたルシアの謝罪がかえってローダの心に沁み、彼の方からも甘えを強請った。
「ローダ……貴方は充分頑張ってるから、だから自分にもっと優しくして。(私に)甘えたって構わないから……ね?」
「……」
抱いたローダの頭を涙混じりの声で撫でるルシアの愛情表現。
兄ルイスが現在のマーダ──兄の悪行を未だ止めるに至れぬ不器用な彼氏。
二人が初めて出逢った漁村エドナの過半を喪失した護る戦の結果に嘆いた自身の肩を抱き寄せ『半分は護れた自分を誇れ』と励ましてくれたローダの温かみを思い出した。
◇◇
相棒であり友であり──そして今もなお愛する女。
プリドール・ラオ・ロッソを倒した敵、カーヴァリアレ・カルベロッソを睨みつける青い鯱の異名が鎧の色合いに溢れたランチア・ラオ・ポルテガの燃える野心。
ジリィ……。
ワイヤー付き投擲用の槍を放ち張った結界の下、別の投槍を握り、間合いを詰め、獰猛なシャチの牙を剥き襲い掛からんとする。
余裕の笑みを以て両手剣『竜之牙』を中段に構えるカーヴァリアレ。
一見隙だらけに見えるのだ──その実、何処からでも受けて立てる騎士の風格が上っ面とは異なる護りの固さ。敢えて気配に晒していた。
「おぃ、おっさん。プリドールの見せた突きはどうだった?」
「見事の一言に尽きました。あれだけの重装備を振り回せた、あれぞまさしく騎士の誉れ」
ダンッ! キンッ!
倒した敵をやはり褒め称えるカーヴァリアレを老兵と罵り、砦の石床蹴って投槍の突きを繰り出すランチアの駆け引き。
──速いッ、だがッ!
三段突きが速過ぎて一見ひとつの攻勢の影として重なり合うのを感じたカーヴァリアレだが、平静さを決して損なわずに竜之牙の一閃のみで受け流した。
鋭い突きを続けたランチアだが、すべからく弾いたカーヴァリアレの老獪。若輩者の狡猾など殺気無用の気軽さであしらった。
「流石にやりやがんなぁ、おっさんッ!」
「速いですが軽いのです。どれだけ軽妙な技を繰り出した処で、真正面から出されて遅れなど取りませんよフフッ……」
カーヴァリアレは、中年呼ばわりを重ね唾を飛ばすランチアの強がりを、嘲笑ひとつで一蹴した。
然し言葉通りに小馬鹿にしている訳では決してなかった。『裏が在る──故の仕掛』信じ待ち構えるのを止めないのだ。
タンッ! ビュッビュッ……!
キンッ! キンッキンッ……!
ランチアは、カーヴァリアレを中心に円を描く脚の動きを用い、相手を翻弄し始めに掛かる。四方八方、前後左右お構いなく軽い槍に依る直突き一辺倒。
総て正面で受けられるカーヴァリアレの余裕。ほんの僅かだが呆れを生じ始めた。虚しき攻防が轟く残響。
先程の女騎士と演じた社交ダンスと比べるまでもない味気なさ。若い男と踊りに興じる趣味は持ち合わせがないと思えた。
ガツンッ!
「──ッ!?」
「ハンッ!」
不意に両手剣を弾いた重み感じた一撃、明らかな違和感と異なる音伝わるカーヴァリアレの一驚。
それでも剣を落とす破綻はきたさない。だが全く以て動き変わらなかった一閃に眉を顰めた。
対するランチアは、自分より背丈が高い敵を見下す態度に転化する。見た目も長さも変わらぬ槍の一突きだけ。さも当然といった仕草。
「だからおっさんだって言ってんだ俺様はよぉッ!」
「ぐッ! やってくれます……ですがこれしきの事!」
余剰秘めた受け手に徹したカーヴァリアレ的に面白くないと思えたランチアの仕掛け。だが最も歯痒いのは、敵を軽んじた己自身。敵を称える余分が失せた。
単純明快、外面が同一の槍に重量が増したのみの子供騙し。
重い槍を他と変わらぬ動きで扱える青い鯱の平静ぶりと散々受けた軽い槍の下地にしてやられた。
ヅガガァァンッ!
「今度は──なッ!? ジェ、ジェリドなのか!」
──ッ! ば、馬鹿な……本当に俺の師匠!? だが若過ぎるッ?
カーヴァリアレが感じた次なる驚異超えた狂気。
砦内部にて未だ騎乗を止めぬラオの兵士が副団長の意思を継いだ剛毅な馬上槍の突貫。砦の石壁をさらに突き崩した轟音。
ランチアがラオ守備隊の兵士に頼み、ジェリド・アルベェラータを出迎えに行かせていたのだ。
嘗ての師と弟子が視線だけ流す火花を散らした。
カーヴァリアレ・カルベロッソとジェリド・アルベェラータ──。
フォルデノ王国聖騎士団出身の両者。轡並べ合った間柄が激突起こす舞台、役者が揃う。最強の火花散らした者同士、二人だけの最終楽章が幕を開けた。




