第90話『Destiny Entwined in Spirals(螺旋”からめたさだめ”)』 B Part
幼少であり、病弱であったカルベロッソ兄妹。
本来なら死を免れぬ病に伏せてた少年少女。
扉の候補者が裏側──300年間もの年月にて、あらゆる異能者達を取り込んだマーダの力を以て、この兄妹も幻術を見せる異能を勝ち得た。
然し二人の幻術が本物の幻に格下げされる刻が迫っていた。
兄スペキュラは異能の鏡を用い、短剣使いファグナレンを映し込む細工を働き、妹ヴァデリは小柄な身体をべランドナに滑り込ませ、直に音の地獄を送る最後の足掻きで応戦。
死にかけた病を治す処か底上げしたマーダの改造。結果、五感が一般の人間より異常に発達し過ぎたのだ。
瞬く光に目を伏せ、敵が弾いた掌の音に鼓膜を痛めた。
己が出したものであれば余分な反射は恐らく起きない。だが他人が仕掛けたのなら、想定の範囲を超える。実に単純なからくりであったのだ。
バシャンッ!
「ぐッ!?」
「な、何すんのよぉッ!」
ファグナレンがベランドナへ赤い眼で送った合図を皮切りに豪雨で出来た泥だまりを脚で強く弾き飛ばした。
本来なら決して動じぬ泥はね、スペキュラとヴァデリの瞳に飛び込み視界を奪う。物語性に欠けた下らぬ小細工が過度に通じた侘しさ。
そして何より元来戦いなど不慣れなただの子供。例え気力と体力、共に失おうとも戦に慣れた者なら、目に泥水が入った程度で隙を作る道理がないのだ。
Forteza市からの出陣以来、連日連夜の争い事にて魔力を酷使し続けたべランドナ。幾ら普通の人族より優れた知能を持っていようが限界が近い。
加えて妹ヴァデリの御遊戯『怨響現界』を受け続けた結果、脳の不快指数が限度を超えていた。
故にファグナレンが送った合図『子供達への嫌がらせは任せろ。弱点を探し当てただけで充分な働き』だと言葉要らずで告げたのだ。
バシャッ!
パシャンッ!
「なッ! ま、まだ!?」
「……ッ!」
されど父カーヴァリアレ・カルベロッソへの誓いは愚直に護る血縁の品位。
例え目が見えずとも、全身が云う事を利かずとも、残り僅かな全霊を振り絞り、自分達が請け負う敵目掛け、特攻を賭ける。
これは偶然?
それとも兄妹の執念が呼んだ必然?
飛び込む相手が入れ替わる変化に転身を果たした。
ただ入れ替わったに過ぎぬ子供相手に酷く狼狽えた紳士淑女。
いや──決してそれだけに非ず。自分達が産み育てた生命の息吹を知らぬ未完の生物。『子供だ』と切って捨てた油断。
──僕達を憐れむッ!? それは勝手な侮辱だッ!
──私達はパパの手助けが出来る力を手にしたッ! 生きる糧を貰えたのよッ!
黙って死を受け入れる以外の選択肢がなかった者共。がむしゃらでも渡り合えている自己肯定が呼び覚ました祝福。自分の物差しを使い他人を計るは法度なのだ。
「受けろ──『恐面幻下』ァッ!」
「喰らいなさい──『怨響現界』ィッ!」
目を泥で潰されたまま矮小なレイピアの一振りにて、満身創痍なべランドナへ鏡を振り出す兄スペキュラ。
一方泥水を蹴散らすスライディング。次はファグナレン相手に立体音響の奈落を伝えるべく果敢に滑走した妹ヴァデリ。
兄妹揃ってまさしく夢見た異能の名前を全力振り絞って叫ぶ頼みの綱。
これぞ最後の一閃。計算省いた子供の全力──後先考える大人達の卑屈を呼び込んだ。
ドシャァァンッ!
「いい加減にしないかッ! そんな無理して一体誰が喜ぶんだよォッ!」
「「──ッ!」」
異能開花などなくとも目覚めたロイド。カルベロッソ兄妹より少しだけ『お兄ちゃん』な男子。同じく『子供』と小馬鹿にされ人未満を押しつけられた存在である。
此方も全力以て止めに掛かる。倒された王国の騎士から拝借した槍を握り絞め、命捨てた特攻に全てを賭けた兄妹の面前に槍を振って叩き下ろした。
またしてもロイド突然の横槍がカルベロッソ兄妹の戸惑いを生む。迫力のみ、槍の扱いに長けてない一振り。
されどそれで充分、ロイドが体現した燃ゆる情愛の一撃──大人と子供の境界を埋めた。
『子供とて独りの人間』
子供の存在を否定した巫山戯た大人達を、否応なく叩き起こす真実。
『他人に振られぬ自身が決める幸せ』
卑屈の狭間で揺れ動く少年少女の気づきを、年上の一振りが呼び戻した。
──赦せッ!
逆手に握っていた短剣、持ち替えずそのままかち上げたファグナレン。
滑り込んだヴァデリの腹を強かに殴る気絶を果たした。子供相手と手を抜いた訳ではない。殺意に返す暇がなかった。
「──ッ!」
ヴァデリ相手に反応返せたファグナレン。
されどべランドナは未だ迷いを断ち切れずに、スペキュラが飛ばす鏡を茫然と見つめるのみ。
女性の本能──そして悠久の旅人の300歳とは未だ大人に成り切れぬ境目を夢うつつに彷徨っていた。
ブンッ! ──キャシャァンッ!
ファグナレンの鮮やかなる短剣二刀目、スペキュラが最後の渾身込めて創造した幻を生む鏡面を見事打ち砕く。
同刻──ベランドナの胸に渦巻く迷いを断ち切る刃も成し得た。
命捨てる覚悟だった特攻の気持ち揺らいだ兄スペキュラのみぞおちを、握った拳で叩いて此方も失神を招いた。
漸く崩れ落ちたカルベロッソ兄妹。兄はベランドナの腕に抱かれ、妹の方はファグナレンの腕を枕に止まる。ぜんまいバネの捩じ切れた玩具の如く静止した。
「ふぅ……つ、強かった。理屈抜きでな。ロイド、助かった感謝する」
終えた闘争にファグナレン思わず深い溜息。そして強さ認めたロイドに礼を述べた。
「こ……この二人、一体ど、どうすれば……」
自らの胸にてあどけなさ残る寝顔をみせるスペキュラを覗き込み、独り途方に暮れたベランドナの切なさ。
カルベロッソ兄妹、全身を隈なく使い切った。
仮にこのまま寝かしつけたとして、永久の眠りに堕ちるやも知れぬのだ。『捩じ切れた玩具』とは比喩に非ず──哀しき現実を示していた。
然しながら、もし回復したとしても、まともに戻るか危いものだ。
「──ならばいっそ貴女が楽にしてあげますか?」
背後から不意に声を掛けられ哀しみに濡れた琥珀色の瞳を見開くべランドナ。ロイドからのよもやな煽りを受け、肩が震え始めた。
「で、出来る訳ないッ、馬鹿云わないでぇッ!」
悲鳴に似たベランドナの号泣。どれだけ可愛い子供であろうが自分達の命を削る脅威を与え続けた敵。
ならば着実に打ち取るべき──目覚めた瞬間、再び二重の幻術に苛まれるかも知れないのだ。
「わ、私には出来ない……で、でも何が正解なのかも……」
戦いに疲れた顔をひたすら振り続け、浮かべた涙を散らしたベランドナの苦悩。負ければ奈落の底、例え勝利でも煉獄に沈む底辺を感じた。
「ごめんなさい、生意気な事を言いました。僕も同じ気持ちですよ。──良いじゃないですか、取り敢えずそっとしておきましょう」
「ロイド……うん、そうだね」
男の涙こそ流さぬロイド──ベランドナを煽った理由。自身の迷いを他へ託そうとしたエゴだと認めた。ありきたりだが時間が解決してくれる想いを天へ馳せた。
ロイドの本心を受け留めたべランドナ。涙を拭い僅かに微笑む。自分は未だ足りない存在──大人忘れた少女の様な返事を寄越した。




