第90話『Destiny Entwined in Spirals(螺旋”からめたさだめ”)』 A Part
カーヴァリアレ・カルベロッソが守護する砦に突入する折、ド派手に真っ赤な突貫を決めた赤い鯱プリドール・ラオ・ロッソに僅か後れを取った青い鯱。ランチア・ラオ・ポルテガよもやな不覚。
雨降りしきる最中、漸く見つけた副団長と敵の首領格に依る争い。
プリドールは、重騎士に定めれた哀しき軛──紅色に滾らす体力が持たぬ敗北を喫していた。命賭した崖降りにて手にした異能も燃え尽きた。
頼れる異性を仮にも倒したカーヴァリアレに燃やすランチアの蒼き対抗心。到底赦し難いのだ──拳握り締め、仇打ち燃やす野心解き放つ。
「手前ッ! 覚悟しやがれッ!」
得意の投槍を以て指差す怒りに燃えたランチアからの果たし状。
受けたカーヴァリアレ──実の処、少々ウンザリ気味であった。
──また槍使い……。私の本命はまだ来ないのか?
カーヴァリアレの本命とは、当然ジェリド・アルベェラータの事である。彼と争う前にこれ以上消耗したくない本音がカーヴァリアレの心に燻っていた。
「あ、悪ぃ……ちょっと待ってくれや」
「……?」
完全燃焼に滾る挑戦状を叩きつけた直後、掌を広げ『待った』言い逃れへ突如流れたランチアの情緒。波間の様な移ろい。
面食らったカーヴァリアレだが直ぐに知れた。
ランチアは、馬上で気絶し馬の背にその身を預けたプリドールを抱きかかえ、ゆるりと馬から降ろしたのだ。
「全く……無茶しやがって。お前らしくないぜ」
意識損ねたプリドール相手に穏やかな笑顔を手向けたランチア──好い漢の仕草。
周りで様子を見ていたラオの団員達、団長と副団長。そんなつまらぬ仕事だけの間柄ではなかった異性同士のやり取りを妄想した。
「悪かったな──さぁ、仕切り直しといこうか」
再び、好きだった女を倒した男相手に向き直したランチア心機一転。怒りを内に静め肩の力を抜いた。
眼鏡をかけ直すカーヴァリアレ、無理なく自然体を取り繕った若者相手に魅力を感じ始めた。
「赤い鯱殿の次は団長殿が御相手とは何ともはや贅沢の極み。──ですがラオのランチアと云えば本来槍斧の使い手だと風の噂で聞き及んでいます」
ジェリドと真っ先に勝負したい本性を隠し、天啓授けてくれたマーダ様への忠義は貫くカーヴァリアレ、如何にも騎士らしき体現。
拝領した竜之牙を翳しながら笑顔を崩さぬ。槍斧は、槍の鉾先が斧に近しい形状をした武器。
一方待ち焦がれているジェリドの得物は柄の長い両刃の斧。
カーヴァリアレ──『どうせやるなら貴方の本命を出せ』と煽動。対ジェリド前の模擬戦をランチアに望んだ。
「アッ!? アレは俺様のとっておきだ。手前が強えって思えたら見せてやる」
「……」
カーヴァリアレの耳に届いた『とっておき』──。
然し槍斧は長物。白布を巻いたそれらしき物。若者が背負っているのが見て取れた。
カーヴァリアレの胸中に渦巻く欲求──抜かせてみたいと感じた。
抜刀術とは抜いた途端に決めねば死刀に化けるもの──この若造が頼る切り札を切らせてみたい欲に駆られた。
バシュッ! バシュッ!
敵を小馬鹿にしながら己の術中に嵌める戦い方なら『自分が上』だと自称したランチアが、火薬仕込みのワイヤー投槍を取り敢えず2本撃ち出す。
ランチアが心底信頼しているプリドールを破った男だ。真から馬鹿になどしていない。だが売られた喧嘩は買わねば男が廃るのだ。
「ほぅ……張ったワイヤーの上から攻め立てる。立体的な戦いを強いるか。プリドール殿とは随分違った嗜好ですね」
重騎士プリドールと剣を交えた時と同様、冷静を気取る解説屋のカーヴァリアレ。
ランチアは増々面白くない顔。『気合を入れやがれ』と吐き捨てたい気分が、胸焼けの様に上がる嫌な思い。
ダンッ! ブンッ!
派手に崩れた砦の石床を踏み鳴らし宙に弧を描いた青い鯱の跳躍。器用にもワイヤーを交差させた箇所に飛び乗りさらに跳ねた。
海を離れた蒼き鯱の牙は空を爆ぜる。跳ねながらカーヴァリアレに向け投槍を鋭く投げ、描いた軌跡が青い稲妻を呼んだ。
「フフッ……」
中々如何して面白き若者──老兵は活きの良い若輩が醸し出す空気を時折糧にするものだ。赤い鯱とは一線隠したランチアの攻めにカーヴァリアレ思わず綻ぶ。
白い牙を彷彿させる竜之牙を振るい軽妙に飛び交う投槍を悠々弾き飛ばした。
バシュッ!
投槍はあくまで囮か──次なる火薬仕込みのワイヤー付きジャベリンを飛ばしたランチア。戦場に堂々張り巡らす蜘蛛の糸。敢えて魅せる罠を張るのだ。
カーヴァリアレ・カルベロッソ──余裕ではない喜悦の笑み。赤の後に続いた青の鯱。本命ではない寄り道でみつけた痛快さに心躍らせた。
◇◇
一方、砦の外──入口前にて争い続けるカルベロッソ兄妹とベランドナ達3名。
豪雨降りしきる最中、スペキュラの張り巡らせた鏡は雨に酷く打たれ、見せる幻の内容が半減。その上、キレたロイドが投げたメイスで破砕し尽くした。
加えて地面を叩きつける雨音がヴァデリの敷いた音の幻さえも掻き消したのだ。最早、この兄妹の異能はすべからく封じられたかに思えた。
されど兄スペキュラは、幻ではなく敵や自分を鏡に映す戦術に切り替え、意外な程に持ち堪えている。
妹ヴァデリも、背丈小さな軽量と、それに似合わぬ異常な迄の軽快さを武器にべランドナ相手に肉薄。両脚で首を羽交い締めにした挙句、直に幻を注ぎ込んだ。
メイスを投げ打ったロイドがよもやな腕を繰り出し、ヴァデリを吹き飛ばす粉砕を成してくれたお陰で一時的だが逃げおおせたべランドナであった。
──い、未だに頭が痛い。な、何とかしないと……!
ヴァデリの骨伝導による地獄絵図と、髄液に浮かんだ脳を直に激しく揺さぶられた最悪に悲鳴を上げた──未だ余韻引き摺るべランドナの危機的状況。
幻術と現実──両方に翻弄された。
折角掴めた反撃の糸口がスルリッとその手から逃れそうな危うさ。是が非でも如何にかしたい処。もう二度とあの地獄を見たくはなかった。
「ひ、光の精霊よ!」
苦し紛れの引き攣った表情でべランドナが呼んだ光の精霊。
ただ召喚したのみ、何も御願いが出来ていない片手落ち。いきなり呼び出し喰らって取り敢えず周囲を飛び交う。
「うッ!? ま、眩しいじゃないッ!」
べランドナに取って意外過ぎたヴァデリの大袈裟な動き。
高くスラリッと伸びた身長を振り回す要領を以て如何にか後方へ退き難を逃れた。
「くッ! わ、悪いお人形さんッ! 私の所に戻ってらっしゃいッ!」
「──ッ?」
文句を吐き捨てたまま未だ赤い瞳を伏せて暴れるヴァデリの我儘。
その誇張が過ぎる少女の態度に何かをみつけた怪訝な顔を浮かべたべランドナ。『もしや』な仮説が閃いた。
「……!」
べランドナの隣、スペキュラの相手取っていたファグナレンがベランドナとヴァデリの様子を流し見た。
例え若くとも戦慣れしてきた戦士の勘働き──300年生きたべランドナの左翼を担っているファグナレンが頭抜きの反射で動いた。
パァンッ!
「ぐぅッ!?」
寄せてきたスペキュラの面前、両手を思い切り合わせ弾いた猫だまし。
云わば自分の手を叩いたに過ぎない攻撃に非ずな珍妙なる一手。
それにも関わらずスペキュラは酷く嫌な顔を隠し切れず、攻撃の手を緩めてしまった。
ビシィッ!
「成程……! 異能が目覚める程に人の手が入った。その子供とは思えない動きの良さも同世代と比較にならん筋力が成せる技。──だがッ! 故に五感が異常に過敏なのだなッ!」
ファグナレン、猫だましの次は人差し指をスペキュラの鼻面に突き付けたまさに猫遊び。如何にも彼らしい外連味溢れた粋なる仕草。
蒼い瞳孔をファグナレンの指先へ思わず寄せたスペキュラの本質。腹立たしいくも躰が身勝手に反射した憐れなる種を明かした歯軋り。
見抜いた弱点を御丁寧にも晒したファグナレン。
マーダ様から妖しい改造手術を受けたカルベロッソ兄妹の憮然を引き出す。
さらに自分には不釣り合いに思えた美麗極まる連れ──ベランドナの琥珀色へ波紋の様に自然な流し目を送った。




