第89話『Running To Horizon(決死を”賭けた”地平線)』 B Part
激しく打ち付ける豪雨の最中、最高峰の人工知性を持ち得た異端者マーダに見初められ、自分達も異端な能力を発導成せた兄スペキュラ・カルベロッソと妹ヴァデリ・カルベロッソ。
鏡面に映る幻覚は雨が当たり散らす理由でほぼ消え失せ、立体音響を拠り所にした幻覚すらも地面を叩く雨音にて半ば掻き消された両者の異能。
それでもこの二人は悠久を湛えた美の戦士べランドナと、フォルデノ王国騎士団が誇る短剣の達人ファグナレン相手に一歩も退かなかった。
否、正確には若干異なる──退くと云う行為自体を知らなかったのだ。
一方、実際の年齢300歳越えのベランドナと20代前半のファグナレン。何れも大人の枠組みに住まう両者。
カルベロッソ兄妹を倒す為に必須なのは幼き生命を絶つ覚悟のみかに思えた──がっ、此方も実際には少し違った。
決意だけでは届かぬ決死の子供達が襲い掛かった。手を抜けば足元を掬われかねないのだ。
最早、何が正しき道筋なのか雲行き怪しくなってきた大人達。冷静な思考よりもがむしゃらな結果を追い求め、自分達も駆け抜けるより他ないと知れた。
自分で造った鏡を蹴り飛ばして跳ねながらファグナレンに迫るスペキュラの素早き攻勢。『悪足搔きは止めろ』と吼えたき背の低い男を嘲笑う。
鏡面を盾にしてベランドナへ肉薄して征く妹ヴァデリの巧みな動き。『無茶は止して』やはり止めたいハイエルフの哀愁に付け込む。
カルベロッソ兄妹、自分達とて勝利の軌跡は全く以て見える気がしないのだ。弱肉強食──驚異的な肉食獣相手に一矢報いたい、そこに理屈は要らなかった。
べランドナがヴァデリの『怨響現界』を防ぐ為、初めに繰り出した精霊術。音の波風を防ごうと試みた音の精霊が足を引っ張る元凶に陥る。
大粒の雨降りしきる最中、カルベロッソ兄妹の動きを鼓膜で追いたい両者の邪魔と化したのだ。
ガシィッ!
「うぐッ!?」
「へっへぇ……綺麗で可愛いお人形さん捕まえたッ! 私と一緒にあ・そ・ぼ!」
信じ難き現実──ヴァデリの細足が遂にべランドナの首に絡み付いた。首を両脚を用いて羽交い締めの刑に処したヴァデリ。無論、これは終焉でなく最悪の序章なのだ。
ヴァァァインッ!
「カハァッ!? もっ……や、止めてぇぇッ!」
「ふふッ……好い声、最ッ高! もっともぉぉっと好い声で鳴きなさいッ! ソレもっと頂戴ぃッ!」
べランドナを捉えたヴァデリが直に震わす骨伝導が見せる奈落の底。短く切られた勿体無き金髪に脚が触れた。
またもやエルフ族の可愛い長耳震わす立体音響の地獄へ誘い始める。
ヴァデリの腿が奏でる文字面通りの骨伝導、少女の中に暗躍する大人女性に対する嫉妬と憧憬が複雑に絡まり躍動した。
「ぐッ! ただの鏡に此処まで翻弄されるとはッ!」
雨が鏡像を揺らすが故、スペキュラの恐面はヴァデリの怨響以上に役不足へ落ちるかに思えた。
なれどファグナレンが得意の短剣を用いてスペキュラを斬殺する動きを見せるや否や、己の姿が鏡に映え、攻撃の手が一瞬止まってしまうファグナレンの苛立ちが募り往くのだ。
仮に自分の姿形を割った処で硝子が弾け飛ぶ大層嫌な残響に悩まされるだけ。
そしてファグナレンの背後に巧い事回れたスペキュラのか細き剣が針を刺すが如くファグナレンの体力を削り取る。刺し所に依っては致命傷に至るのだ。
だが攻め手に乗じ続けているカルベロッソ兄妹の顔色も苦々しい。
本来なら離れた場所から然も最短時間にて敵を仕留めるべき両者の異能。使い過ぎ──体力も知力とて終局寸前。自分達が一番よく知れていた。
従って何時、何方が終わりの鐘を打ち鳴らすのか? 終着点近しき狂った膠着状態に置かれた4名の戦人達……そう4人。
「──ウラァァッ!」
「えッ!? グハッ!」
そうなのだ──見事昇格果たせた5人目を決して忘れてはいけなかった。
得物を全て失ったロイド、気合しかない一閃。肘を折曲げ、女の子相手に情け無用の腕振りをぶちかます。
完璧にロイドの存在を喪失していたヴァデリ──茫然自失の顔を晒して吹き飛ばされた。
『忘れた頃のロイド』再び降臨。膠着したかに思えた戦場を大いに掻き回すのに一役買った。
◇◇
一方砦内部、100mの崖上から先陣切れた筈であったラオの団長。青い鯱、ランチア・ラオ・ポルテガ。
奇跡の逆落とし二番手に甘んじた副団長プリドール・ラオ・ロッソが発現成し得た紅色の異能とド派手極めた突貫に先を越された形。
ワイヤー付きの投槍を砦に刺すアンカーの役割を担わせた常識人。
砦侵入時、騎馬を降りて自らの脚を頼る極一般的な動きをみせた。
彼も敵の親玉と何よりこれ以上、決して失いたくない団員達を探し求めるも、見つからず焦りを募らせていた。
ガンッ!
「クソォッ! ウチの連中は何処行きやがったァッ!?」
砦の石壁を肘で殴った青い鯱が怒りに牙剥く。
独りで暗躍するなど馴れていないランチアがキレた癇癪を叩き出した。彼が最も道標を欲した。
ガシャン! キンッ!
「デカい音ッ!? そっちか? 今直ぐ行くから待ってろォォッ!」
赤い鯱と敵の首領格が馬上槍と竜之牙をぶつけ合い奏でた戦場の音劇。
焦燥していたランチアの聴覚を響かす注意喚起。地元の真っ青な海を思わす鎧の音を響かせ『待ってろ俺様の元カノ』とばかりに必死で駆けた。
そのランチアが追い求める両者──プリドールと、マーダ様の宣教師カーヴァリアレ・カルベロッソの争いは終幕の一歩手前を迎えていた。
馬上の攻めに拘る重騎士プリドールがカーヴァリアレを壁際に追い詰めた。勝負ありに思えた瞬間の刻。
ガツンッ! ガラガラ……。
「なッ! は、外れたァッ!?」
プリドールが馬上槍で突いた先、敵の首領格ではなく最早、護りの役目を終えた砦の石壁。それを突き崩した音──プリドールの望みでない嫌な手応え。
そして全身を一気に駆け巡った苦痛と火薬が弾けた様な限界、声にならない悲鳴を上げた。
ズガンッ!
「グアッ!? な、何故?」
面前に居た筈の敵から脊髄の辺りを殴られた痛みに狼狽えたプリドール。恐らく両手剣の柄で叩かれたらしい。
「惜しかった、実に惜しかっ……ぐッ!?」
「へ、へへ……情けねぇ…な」
竜之牙の刃でなく、柄を用いてプリドールを殴り倒した情けをかけたカーヴァリアレ勝利の微笑み──されど瞬時に生じた痛みに言葉を濁した。
プリドール、敗北確定でもただでは負けぬ手段を講じた。隠し持っていた火薬仕込みの投擲向けナイフを射出。
ランチア団長から譲り受けた護身用。重騎士がよもやな自身の手を汚す事無き冗談めいた奥の手に頼る以外になかった慚愧に堪えない気分に駆られた。
気を失いつつあるプリドール的に『鼬の最後っ屁』頼る事柄自体が心痛を伴う。
それでも勝ちに気持ち緩んだカーヴァリアレの膝裏を僅かに斬る一矢を報いた後、馬上で気絶した。
「おぃッ!? て、手前……絶対赦せねぇッ!」
漸くプリドールとカーヴァリアレの一戦を青い瞳におさめたランチア。海の青と、負けた昔の女が残した無念の焦熱が入り混じり、完全燃焼の炎に転じた。




