第88話『Unyielding Radiance(不屈の輝き)』 B Part
ジェリド・アルベェラータ率いる本隊の進撃。ラオ守備隊に後れを取った形。追い着くべく、決死の思いで砦内部を進み征く。
何しろラオから駆け付けた海の民がよもやな崖降りの攻勢を活かして砦の背後を強襲──騎馬で飛び込んだ自分達だけで血路を切り拓いてしまった。
ジェリド達に取ってこれは自分達の居場所を取り戻す戦争──ジェリド本隊がすべき手柄を外の連中に持って征かれた。これ以上の恥は許容し難いのだ。
けれども待ち受ける敵方も彼等に大半の兵を割いた必然。等しき白の鎧同士が苛烈に激突。然も互いに『裏切り者』と罵倒響かせ合う哀しき争い。
「今さら怯むな! 殺らなくては先に殺られるは此方だ!」
最後尾からジェリド隊長──苛立ち募る声を荒げた指揮を送る。
敵の方が砦の内情に明るい上、死ぬのを恐れず迎え撃つのだ。
ジェリドの脳裏に浮かんだ嘗ての師匠カーヴァリアレ・カルベロッソの教えが行き届いている様に思えた陰鬱な気分が頭を擡げた。
それでなくともフォルデノ王国の侘しき御旗──赤い竜を掲げているのは敵方。
云わば自分達こそ不忠の輩だ。決して揺るがぬ強固な信念を此方も掲げなくては返り討ちの底辺に堕ち逝く。
「数で取り囲み押し切れ! 子供でも判る理屈だ! ええぃッ! 俺が前に出る!」
此方も所詮100名程度の未だ争いに不慣れな烏合の衆。
ついこの間、ラファンの石塁に於ける戦いが初陣だった者も数多い。
──此処にガロウやルシアが居てくれたなら……。
偉丈夫な彼らしくないジェリドの弱気、正規兵より余程優れた民衆軍を頼る己の心に暗い影を落とす。自身が纏う薄汚れた白き鎧がやけに虚しく思えた。
振り払うべく、ジェリド自身の獲物──巨大な斧を砦の床に叩き壊した革命の決意を示し、覚悟の足りない味方を促す。
民の勇気を束ねた軍に在るのは己の自由と正義を貫く強靭な意志。
旗ひとつで傾く脆弱な味方の兵達を導かねば惨めな敗北を晒す。
そんな軟弱なる気分に揺れた自分の意識を真っ先に叱咤激励せねばならなかった。
──雨か……二人共、どうか無事でいてくれ。
破砕された砦内部に響いた豪雨の足音。
進撃の手を緩める訳にはゆかぬジェリドだが、ちょっと早めな初老の取り越し苦労がふと雨の匂いに滲んだ。
砦の外にて妖しい異能の兄妹を抑え込んでいるベランドナとファグナレン──本作戦の連れに於いて最も心許した若者達の安寧を気遣う事も忘れなかった。
◇◇
「──豪雨? 馬の脚が取られやしまいか気になるねえ」
大層降り響いた雨粒、苛立つ思いを敵に包み隠さず嫌気差す顔で吐いたプリドール・ラオ・ロッソ。
自らが逆落としの勢いにて穿った砦の横穴を僅かに見やる。
──激しい雨音……やはり降って来たか。
馬上槍使い相手に白い刃の両手剣を構え相対するカーヴァリアレ。外の護りを預けた子供達の安堵を気に掛ける。
目前の強敵に意識を傾けながらも、的中した己の嫌な予感がまるで呼び込んだ言霊──暗澹たる父性に馳せた。
されどカーヴァリアレ、即時に気持ちを切り替え、敵との対応に細心の注意を払う。大本命ジェリドとの前座を楽しむ。
人生とはどれだけ達観しようが思い描いた様に転ばぬもの。『ジェリドの相手は私。邪魔は決して赦さない』
然しその本命が混ざる敵陣に味方の過半を送り込んだのは、他の誰でもないカーヴァリアレ自身なのだ。
無論、あの弟子が自力で這い上がって来られぬのならそれ迄の事。さりとて既に亡き妻や、子供達への愛情を差し置いても剣を交えたき焦がれた相手。
男とは身勝手な生き物──生涯を預ける鞘と実を結ぶ生物の本能とは別の愛人をこよなく探し求めねば己に課した哲学を見失うのだ。
ガッ! ガガッ!
赤い鯱プリドール・ラオ・ロッソ、全身を武器に成す勇敢な女騎士が敵の大将相手に衝突し合う轟音が火花を散らした。
騎馬の利をギリギリ迄活かしきる上方から繰り出す馬上槍に依る執拗なる攻め。
例え間合いを詰められても槍の握る位置を巧みに変えながら棒術の様に回転させ敵の剣を封じた。
加えて肘に装着した鉄製のバックラー──馬重を載せた肘打ちを次は狙う。
重ねて馬の鼻面を護る赤い馬具を織り交ぜ踊る多彩な連撃。
続けて情熱の赤に染めたマントを翻した闘牛士の如き勇気と女性の品性を同居させ、敵を才美と戦華の狭間に堕とす演舞を披露した。
「や、やはり赤い鯱の異名は伊達や酔狂ではありませんね。それにしてもなんと流麗極めた槍の動き、まるで戦場に咲いた一凛の薔薇だ」
対するカーヴァリアレが勝る唯一の装備、白き竜の牙を柄の上から生やした見た目通りの両手剣『竜之牙』
それ以外鎧はおろか盾や兜も被らぬ剣に全てを託した純度100%の剣士。よくぞ重騎士の攻勢に持ち堪えていられるものだ。
「まさかアンタ、あたいを口説くつもりかい? 薔薇ねえ……薔薇は薔薇でもあたいは棘だらけの茨さ」
互いの剣と槍を交えながら舌戦にも至らぬ気軽な口調を以て言葉も同時に交わす両雄。
まるで武術の稽古か試合でも楽しむ両者。されど実の処、プリドールには微塵たりとも余剰はなかった。重騎士がこれ程起動を活かせば消耗著しい。
軽妙なカーヴァリアレ、腰を少し沈めた全身をバネに転じた端正な受け流し、未だ肩で息をしていないのだ。戦の乙女思わすプリドール相手に楽しき会話を用い時を稼ぐ。
「槍の扱いに長けたロッソ姓──プリドール殿、戦の天秤と名高きシアン・ノイン・ロッソを御存じか?」
剣で語るを地でゆくカーヴァリアレの質問。嘗てこの地で功名を馳せた気高き女戦士と目前の赤い鯱を重ね合わせた。
「ア”ア”ンッ!? 戦場での焦らしは要らねぇな。──シアン? 知らないねぇ。私に限らずラオの槍使いは皆、エトラ・アメティスタ婆やの習いさ」
話題ばかりを振り撒くカーヴァリアレに半ば夢冷めたプリドール。彼女は寡黙な好い男を欲した。
ラオの兵士達はやたらと槍を使いたがる。
故郷が海と密接な暮らし──槍に似た銛を普段扱う漁師達が槍に持ち替え、船を馬に乗り換えたのが発祥。
さらにエトラ・アメティスタという槍に秀でた老婆が伝承を果たしたとプリドールは返した次第。
これで無駄話は終い、馬上の圧力を用いてカーヴァリアレを壁際に追いやった。
──さぁどうする? それじゃあ攻撃を後ろへ受け流す事も出来まい。
小煩い男を漸く袋小路に追い詰めたと確信したプリドール。
己の方が余程、敗北の瀬戸際だった底辺をこの直後に思い知るのだ。それは150年前、エトラ婆が戦場で犯した誤りに限りなく似通っていた。




