第88話『Unyielding Radiance(不屈の輝き)』 A Part
全世界の最先端技術を独占し切ったForteza市のHOTELを仮宿に生活を送る英傑一家──ローダ・ロットレン家族。
夢見の異能が頂点──可能性の扉を拓いたローダと、彼に心底惚れた鍵の女性ルシアの間に生まれた新人類。心の扉を開けっ放しにしたヒビキが大好きなベランドナ、命の危機を嗅ぎつけた。
バタンッ!
「パッパ! ベランドナさんが!」
自部屋を飛び出しダイニング代わりにしている部屋に血相変えて飛び込んで来たヒビキの訴え。母譲りの長い金髪を揺らし、緑色の瞳を見開き涙を溜めた憂い。
お節介焼きなのと周りを見ない向こう見ずは明らかに父譲り──ベランドナが元ヴァロウズのレイ相手に苦戦した時よりも余程強い心痛を感じたらしい。
「ヒビキ、一体如何したの?」
「……ベランドナがまた悪戦苦闘している訳か」
ブレザー姿の愛娘が震わす両手を慌ただしくも優しさ込め握ったルシアがヒビキの顔を覗き込む母性溢れた様子。
一方、父ローダ。静かに目を閉じ己も悠久を湛えたベランドナの現状をヒビキ程でないにせよ探り当てた。
「ヒビキ……俺にもっと彼女の戦況を見せてくれ」
真剣な眼差しを以て娘ヒビキに近寄るローダが妻ルシアの心配を穏やかに制し、手を握る相手を変わって欲しい仕草を態度に示す。
涙滲ませながらも力強く頷いたヒビキがママの手を離してパッパのゴツゴツした男の掌に上、自身の手をゆっくり置いた。
「……」
ヒビキがみつけたベランドナの戦況、映像で観るより確実な現状がローダの脳裏に手を通して雪崩れ込んだ。自分を含む家族全身を落ち着かせるべく、先ずは深い息を吐いた。
「成程……幻術の使い手。確かにかなり手強い。……だが」
「パッパ……?」
4大精霊を自由に扱えるハイエルフの彼女が子供相手の夢幻に振り回された異常事態。本来なら幻を見せる側が押されているのだ。離れた自分さえ吐きそうな気味の悪さを覚えた。
されど悟ったローダの声音が意外なほど落ち着き払っている。一驚したヒビキを他所に窓から見える曇天の空を見上げた。
「安心していいヒビキ。これしきの相手に彼女は決して負けやしないさ」
「え……」
父ローダ、普段通りのボソッとした呟き声。然しだからこそ彼をよく知る妻ルシアと娘ヒビキの心音が落ち着きを取り戻してゆく。
ヒビキへ視線を手向けず、今にも泣き出しそうな暗転の空を瞬きひとつせず見つめ続けた。まるで漆黒の雲浮かぶ空中に正答が潜んでいるが如き様相を見る者達に抱かせた。
◇◇
ヴァデリ・カルベロッソの異能をより具体化させている原因を意識持ってゆかれそうな危い感覚を頼みに探索を続けるベランドナの苦行。
だがカルベロッソ兄妹が見せて聴かせる奈落がさらにファグナレンとベランドナを追い詰めて往く。
剣や鈍器で殴られるよりも脳神経を犯され続ければ、例え癒しの術式を受けた処で廃人に堕ち、二度と正常へ戻る機会を失うものだ。
「──も、もぅ止めてくれぇッ!」
最早枯れ果てた涙の代わりに血涙が溢れ始めたファグナレン地獄の叫び。嫌気がさす夥しき錆の臭みが脳裏を回り彼の鼻孔へ届けられる怨嗟。
過去に救えなかった自国の民達。そして共に自国を護るべきであった嘗ての仲間達と血で血を洗う争いが改めて魂へ刻み込まれる最凶。
「ぐぅッ! アァァッ!」
本来なら絹糸より煌めいた金色の髪を流せるベランドナも絶え間なく押し寄せ伝わり往く幻に全身を搔きむしり、長い髪を暴れ狂う獅子の様に回し続けた。
彼女が魅せられた脅威、それは普段なら自分の手足の様に扱う精霊達が反旗を翻した幻。
風の精霊が嵐を以て彼女の全身を斬り裂く。水の精霊はベランドナの肺に押し入り呼吸を乱し尽くす。
地の精霊が彼女の足元に絡みつき、取り囲んだ火の精霊が一斉に火の息を吐き出す灼熱地獄を浴びせ続けた。
「キャハハァァッ! 嗚呼、もぅ最ッ高!」
「……」
幼きヴァデリ・カルベロッソが大人二人を手玉に取れた現状に堪え切れず、腹を抱え絶え間なく吹き出す抱腹絶倒。
特に人形すら超える綺麗な耳長族が苦しみ悶える姿を赤い瞳に片時も離さず捉え続ける。永久に思える高揚感の波打ち際を感じた。
相反する蒼き瞳を湛えた兄スペキュラが妹の誇大な嗤い声に思わず退く。最も強固な絆であるべき血の繋がりが、枯れ果て破れた枯葉の様な薄氷へ堕ちた。
「ウラァァァァッ!! いっけぇぇッ!」
パリンッ──!
突如鼓膜を震わした現実の猿叫と砕け散った音が、あわや黄泉に片足突っ込んでいたファグナレンとベランドナを呼び覚ました。
「「ロイドッ!?」」
「無事ですか御二人共? 遅くなってすいません!」
割れてただの塵に堕ちた鏡面と共に地面へ降り立つ15歳の少年。安らぎを捨てた覚悟の魂が今、ここぞとばかりに燃え盛る。
つい先日戦友の契りを交したばかりの密度が薄い三名。
瞠目しながら思わずその名を呼んだ紳士淑女。
地べたを這う心の傷に抗いながらも、自分の道を信じた二人の不屈が呼んだ奇跡。
両手に握り締めた覚悟の形。カルベロッソ兄妹の異能の前、戦に長けた大人二人の足を自分は引っ張ると思い、息を潜めていたロイド。
なれど第三者目線──外から幻術の囲みを見ていたロイドには、カルベロッソ兄妹が仕掛けた異能の本質が他の誰より理解出来た。
後は揺るぎない決意のみ。半壊した砦の入口によじ登り気合一閃、先の尖った杖を振り上げ、スペキュラが張り巡らせた鏡面を根性だけで打ち払った。
ロイドが起こす更なる激震──。
地面を踏みしめ、鉾先に重みを載せた杖を天に思い切り投げつける。
ハンマー投げの要領──回転しながら鏡面の罠を打ち砕く快進撃。価値を見失った単なる硝子に戻してみせた。
「よ、よくも僕の恐面幻下を割りやがったなぁ! このクソ餓鬼ィッ!」
「えッ!? う、嘘……!」
怒髪天を衝く怒りに冷静な口ぶりを喪失、自分より年上の敵を『クソ餓鬼』呼ばわりした兄スペキュラ。阿修羅の冷面が瞬時に憤怒の形相へ転じた。
そしてひたすら嗤いの能面を被り続けた妹ヴァデリの表情が一瞬にして凍りついた。
カルベロッソ兄妹とベランドナ達の圧倒的な差──それは命ある限り、決して揺るぐ事なき正義の精神が産み落とした破れぬ絆と生命の輝きであった。
ポツ、ポツポツ……ポツポツポツポツポツ……ザァァァァッ……!
「あ、雨ぇッ!?」
ロイドの覚醒が更なる奇跡を天から降らせた。
これぞローダ・ロットレンが曇天を見上げ予言の様に言い放った真実の答え。
そしてスペキュラとヴァデリの父カーヴァリアレ・カルベロッソが湿り気帯びた空気に感じた嫌な予感の結実。
コリッ、コリッ……。
「ロイド、よくやってくれた。もう武器があるまい? 後は俺達に任せてくれ。お仕置きの時間だ」
「全く……子供相手にそんな露骨。大人げないです」
豪雨がスペキュラの張った恐面に当たり散らして映像をぼやかす。
さらに地面に降り積もる終わりなき雨音。ヴァデリが響かす怨響を蹴散らした。
ファグナレンが『やれやれ』と云った面構えで首を左右に振り鳴らした宣言。もうロイドを『少年』呼ばわりするのは止めた。
隣で寄り添うベランドナ──子供相手に本気をみせるファグナレンに呆れながらも、本気を見せるのに同意の笑顔を見せた。




