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第87話『Phantom Beyond the Boundary(境戒の幻影)』 B Part

 ベランドナとファグナレン──。ジェリド・アルベェラータ直属の中でも最強(おぼ)しき二人の男女。

 未だ子供らしさが残りうるスペキュラ・カルベロッソとヴァデリ・カルベロッソが()()した異能に振り回された裏側。


 砦の主人、カーヴァリアレ・カルベロッソが片手に楽々握る竜之牙(ザナデルドラ)

 相対したラオ守備隊の副団長、赤い(シャチ)()()()()()に転じたプリドール・ラオ・ロッソ。


 騎士の出だが暗黒神マーダの先導者の面持(おもも)ち、屋内であり騎士だが馬は降りてるカーヴァリアレ。

 一方重騎士の誇り、騎乗からの赤に燃えた(にら)みを敢えて効かしたプリドール。

 熱き争い望んだ二人の気分(嗤い)が絡み合う静かな立ち上がり。


 当人すら知らぬ間に赤い(シャチ)の熱気を具現化(ぐげんか)し始めたプリドールの(にじ)ます本気。

 加えて馬上槍(ランス)と赤一色の全身鎧(フルメイル)。彼女の方が優勢に(おぼ)しき絵面(えづら)

 然し()()、えも言われぬカーヴァリアレの気配に(よろい)の下、不快(ふかい)な汗を流していたのはプリドールの方であった。


 ゴクリッ……。


「来ないのか? では此方から失礼する」


 後の先(ごのせん)狙いに()え切れず息飲むプリドールが(もく)した戦慄(せんりつ)

 対するカーヴァリアレはあくまで紳士(しんし)気取(きど)女性優先(レディファースト)を重んじていた。

 決して(こら)え切れなかった訳に(あら)ず。舞踏会にて狙った貴婦人に近寄り踊りに誘う気軽さを持ち寄り距離を詰めた。


 砦内部にカーヴァリアレが軽く蹴った足音が反響した先手。間合い(リーチ)の長いプリドールの馬上槍(ランス)


 カーヴァリアレの握る両手剣(ザナデルドラ)がどれだけ長かろうが先に射程範囲へ届くのはプリドールである必然。だから故、このまま黙って手をこまねいている訳にはゆかない。


 絶対初手を打つべき赤い鯱(プリドール)。徒歩で迫るカーヴァリアレを何故か黙認、自らの懐に入るのを敢えて許可した。


 カーヴァリアレも腕の立つ騎士だ。無駄口を(つつし)みプリドールの騎馬を狙う基本に忠実(ちゅうじつ)な攻め入り。


 ブォンッ!

 馬の機動(きどう)を削ぎ落すべく足元に狙いを定めたカーヴァリアレの剣が(すさ)まじき風音(かざおと)と共に馬の脚力を以て避けられた。


 まるで超軽量級の拳闘士(ボクサー)最重量(ヘビー)級に避けられた様な不気味。

 然もプリドールが避けられた後、(おの)ずと生じる(好機)を突かず、またもや騎馬の上で護りの構えのみで応じた。


「ほぅ……(あざ)やかな馬(さば)き。嫌がらぬ様、愛馬に任せた(ひね)りとは。然も屋内で(なん)なく(こな)すか」


 重騎士の総重量は馬や鎧等を含めおよそ600kg程度と云われる。

 鍛え上げられた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)(からだ)といえ70kgにも満たぬ()()()な騎士カーヴァリアレが思わず(うな)った称賛(しょうさん)


 馬が嫌悪(けんお)を示さぬ程度、手綱(たづな)を無理に引かないプリドールの素晴らしき馬術。

 砦の中でも好きに動ける様、御丁寧(ごていねい)にも自らの周囲を壊しておき身動き取れる空間を事前に確保していた。


()()……が()()。騎士が最も目指すべき高見(たかみ)に貴女はいる。その赤い熱気(異能)が成している? 私は、そうは思わない。これはプリドール・ラオ・ロッソ天性の力だ」


 攻撃が届かないのに(たの)しみがより増したカーヴァリアレの微笑み。

 G(重量)(たく)みに移動し速度へ載せた赤い鯱(プリドール)。100mを()()した命懸(いのちが)けの崖降(がけくだ)りにて手にした異能の使い道など未だよく判らぬのだ。


「ハンッ……よく言う。アンタこそ、その両手剣(ザナデルドラ)。ナイフの様な手軽さで扱う。あたいはこれでも(きも)を冷やした守備固め(表示)なのさ」


 プリドール、苦虫(つぶ)した顔を隠さず返す刀の文句を告げた。ラオ()()()の副団長は伊達(だて)じゃないのだ。


 そして『守備固め』などと軽口叩いた割に実の処、騎馬の(ひね)りを活かした重量をぶつける轢殺(ひきさつ)を狙っていたのだ。


「ラオの団長、ランチア・ラオ・ポルテガ殿は投槍(ジャベリン)槍斧(ハルバード)の達人。云わば中量級の騎士。()()()が最重量を(あず)かるとは……ハハッ、これは手強(てごわ)い」 


 緩みながら竜之牙(ザナデルドラ)(つか)を握る手に力を入れたカーヴァリアレの歓喜(かんき)

 この女騎士は彼に取っての()()ではないのだ。知らぬ強者とやれる喜びに武者震い。


 ギュッ!

 ギリィ……。


「そうか……では」

「嗚呼……()()()()


 馬上槍(ランス)竜之牙(グレートソード)を握り直す音が、この争いを見守る事以外叶わぬラオの連中の背筋(せすじ)に緊張を(うなが)す。互いに『本気で()()()()を交した。


 ズガンッ!

 ガキンッ!


 正真正銘(しょうしんしょうめい)の本気を出した馬の(ひづめ)()()()()砦の石床を踏み(くず)す。大事な足場を自分で壊した理屈抜きの()()殺意。


 一方、黒い牧師の(ごと)き出で立ちの男が振るった()()()()

 馬上から圧倒的重力を用いて振り下ろした馬上槍(ランス)の一撃を変わらぬ笑顔で受け切った()()浮かべた騎士(狂気)


 やはり周囲に与えた迫力だけならプリドールの赤い殺意が上に思えた。されど彼女はあくまで重騎士──体力を削り取る長期戦にこの本気は持ち込めないのだ。


 だがカーヴァリアレにも鬱屈(うっくつ)した気分はあった。

 暗雲立ち込めた湿(しめ)り気帯びた空気──一度は今生(こんじょう)の別れを自分の(スペキュラ)子供等に(とヴァデリに)告げた覚悟。一縷(いちる)の願いが()たれた嫌気(いやけ)を感じた。


 ◇◇

 

 カーヴァリアレ・カルベロッソが敵の豪傑(ごうけつ)プリドールと本気の果たし合いを始めた頃。

 父が想いを()せた兄妹の幻術に依って振り回されたファグナレンとベランドナ。


 されどスペキュラとヴァデリ、例え子供とはいえ余りにも自分達の力を過信(かしん)しすぎた。

 特にファグナレン過去の罪──見捨てた女の子が映り込んだ空の鏡面を兄スペキュラが自ら割った行動は馬脚(ばきゃく)を現したと云えた。


 スペキュラは自分で(くだ)き散らせた(わな)の一部。その付近に小さなレイピアを以て新たな鏡を描いて()()めたのである。


 スペキュラの異能『恐面幻下(きょうめんげんか)』を成す為の鏡はこうして仕掛けた。自ら魔術の根源(こんげん)を明かした(おろ)かしくも子供じみた行動。


 そしてヴァデリの立体音響(ASMR)骨伝導(こつでんどう)が兄の異能に合わせて()()()地獄絵図。


 (まゆ)(しか)め掛けられた幻術に苦しみ藻掻(もが)きながらもベランドナは正答に限りなく近しい想像図を手繰(たぐ)り寄せる。


 ヴァデリ・カルベロッソが初めから()()──『怨響現界(おんきょうげんかい)』を振るう為のタクト(武器)が見当たらない懸念(けねん)だ。


 音も地面(ふる)わす伝導とて何の道具もなしに成せるとは到底(とうてい)思えなかった。

 何より兄スペキュラが鏡を描く得物(えもの)を扱う動きが明白(めいはく)物語(ものがた)る。ベランドナは琥珀色(こはくいろ)の瞳の内にそんな確実を(とら)えたのだ。


 ──ぜ、絶対何処かに……在る…筈。


 地面に(ひざ)落として金色に輝く頭を抱えながらもヴァデリの異能を()()()()であろう()()()をベランドナは必死に探した。

 苦痛に(あえ)ぎながら焦点(しょうてん)の定まらぬ瞳孔(どうこう)をぐるりと回した。


 そんなベランドナの苦悩を数100km単位も離れた場所で感じ取った独りの少女とその父親。

 音()の字を名前に(きざ)んだ娘と創造の扉を拓いた男が着実に(とら)えた──ベランドナ達の勝利を。

挿絵(By みてみん)

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