第86話『Astonishing Hidden Resolve(驚倒秘めた覚悟)』 B Part
元フォルデノ王国の聖騎士ジェリド・アルベェラータが後ろ髪を引かれる思いで嘗ての師が首領格である砦へ率いる者共と攻め込む。
妖しい異能者スペキュラ・カルベロッソとヴァデリ・カルベロッソの抑え役。
決して失いたくない優秀な若者ファグナレンと、愛娘リイナの友達ベランドナに託した。
然もカルベロッソ家はとうに死に絶えたものと聞き及んでいたのだ。例えファグナレンとベランドナがこの中で最も一任出来る人物とて不安な思いが尾を引く。
彼の気分を表すかの様な空の色──曇りゆく暗雲が立ち込め始めた。
──無事でいてくれ。どうか頼むぞ。
戦の女神が司祭の卵リタを引き連れ、最後に砦へ押し入る殿を望んだジェリド。突入する際まで振り返り二人の安堵を天に祈った。
シャッ、シャ──。
ファグナレンが己の命運預けた短剣を抜刀、カルベロッソ兄妹を強かに再び睨む。
「随分小っちゃい武器だな。まるで子供の玩具だ」
「子供のお前さんがそれを云うのか?」
兄スペキュラが『自分の獲物』とばかりに短剣を抜いたファグナレンを冷静な顔立ちを以て小馬鹿にし続ける。
売り言葉に買い言葉、ファグナレンはスペキュラが腰に差したレイピアらしきか細い剣を視線で指差す。
「子供って馬鹿にするけどさ、背丈なら僕とたいして変わらないんじゃないかな?」
「それはいよいよ以てけしからん話だ」
身長160cm台のファグナレン相手に挙げた掌を翳してさらに煽った少年スペキュラ。声変わりすら怪しい男の子の威勢と牽制。
子供相手の挑発には流石に動じぬファグナレンだが『仕置きがいる』云わんばかりな身構えに力を注いだ。
ビュッ!
──矢の音!
妹ヴァデリの能力を推し量る思いで琥珀色の瞳を流し目してたベランドナの血色が途端に沈む。敵を目前にしながら背後を見やればならない不覚に及んだ。
──な、何もない……?
ベランドナの長耳が風の精霊達を斬り裂く弓矢の音を聞き違える道理がないにも関わらず、実際には何もなかった背中の景色。
ズギュゥンッ!
慌てて前を向き直そうと思いきや、次は右から銃声が脳内に轟いた。
「くぅッ!」
偽りの痛みに酷く喘いだベランドナが浮かべた苦悶。
銃弾が己のこめかみを撃ち抜いたかの如き衝撃、端整な顔立ちに皺を刻んだ。
「ふふっ…… 凄く可愛いなぁ。エルフって初めてみたけど想像以上! 私のコレクションにしてあ・げ・る」
如何にも少女な貪欲をベランドナに押しつけたヴァデリの微笑と嘲笑。
ヴァデリの無邪気だが邪鬼だらけの頭の中には既に金色の髪を300年も保ち続けた大きな人形が飾り付けられていた。
物事はすべからく自分を中心に回り行く女の子の主張が人の子をあまり見知らぬハイエルフに突き刺さった。
──あの子のペースに乗せられては絶対いけ……な…い。
ベランドナ、気づいた時にはもう手遅れ──。
ありとあらゆる音響の地獄が鼓膜に留まらず彼女の全身を震い揺さぶり続けた。
人間より優れた聴覚と、普段友達にしている精霊達が過敏に反応──絶えることなき十万億土の奈落へ彼女を誘う。
ヴァデリの成した見えない牢獄がベランドナを取り囲み穢れ知らぬ膝を地面に崩し落ちゆくのだ。誇り高き彼女──ガクガク肩を震わせ白目を剥き曇天を仰いだ。
「──ベランドナ! どうした!?」
様も嬢とて捨てる呼称がいつの間にか板についたファグナレンが己の敵、スペキュラの相手を剝ぎ棄てベランドナの肩を激しく揺さぶる。
「他人の心配してる余裕あるのかな? 二人共とっくの昔に僕達が張った罠に堕ちているんだ」
未だ砦の入り口手前から一歩たりとも動じていないカルベロッソ兄妹。味方達を瞬く間に殉職させた異状の元凶は一体何処に?
──なっ?
ベランドナが苦しむ異能の種は音の類に決まっている。そう思い込んでたファグナレンの黒い瞳に在り得ぬ何かが映り込んだ。
◇◇
崖降りの勢いに乗じてカーヴァリアレ・カルベロッソが仕切る砦の内部を騎乗したまま散らし始めた赤い鯱プリドール・ラオ・ロッソ副団長と配下の者達。
挟撃成功の鍵は2本必要──その1本を見事開き成し得た海の民達。然しながら残りの1本は経った今、進撃を開始したばかりだ。
敵軍の動揺こそまんまと引き出せたプリドール達だが、自分等は余りにも速すぎた。
その敵軍、ジェリド達と等しき白い鎧にその身を包んだ困った者共。所詮は狭い砦内部、徒歩頼みの騎兵の方が小回りの利く必然。
それに執拗な話、砦で未来を捨てた籠城戦にて守りに徹する敵。一度は死んだと思われた文字通りの死兵。生きこそしているが死を乗り越えられる特別を受けた輩。
およそ100mの逆落としを成した最中、異名通りの異能を手にしたプリドール副団長は兎も角、他の連れは死の恐れ抱かない兵士相手に苦戦を強いられる。
「無理するんじゃないお前達、あたいに続きな!」
赤い気迫を全身に纏う副団長が自ら先陣を征く。『面倒』と云わんばかりに砦の通路を壁ごと破砕しながら押し進めた突貫。
──チィッ! やっぱり早過ぎた! 団長は何処さ?
独り心根だけで舌打つ副団長──。
一見凄まじき進軍、されど全く以て見知らぬ敵地を無理押ししながら目的求め彷徨う荒くれ者の集団に過ぎなかった。
ドガッ!
馬と異能に頼り、派手な見れくれだけの無双を成してたラオの騎兵隊。
突如、異能も騎馬にも頼らぬ黒い牧師な出で立ちの男がたった独り、プリドール達の面前に躍り出た。
プリドール副団長、慌ただしく騎馬の手綱を引き、進撃の波乱を凪いだ驚愕。
チャッ……。
「まさか背後の崖から強襲とは……。然も随分と派手に散らかしてくれたものです」
刃が純白に染まった不可思議なる得物を握った黒づくめの男。騎士らしからぬ衣装、掛けた眼鏡を直してから強敵とやれる喜びに口角上げた。
「……ッ! お前達は下がりな、無駄死は、あたいが赦しゃしないよッ!」
プリドール──先に引き当てたのはランチアではなかった無慈悲な結果に堕ちる女じみた哀愁は決して見せない。
騎兵の意地と誇り、大将首だと確信した敵相手に馬上からの威圧を敢えて滲ます。
「フフッ……ラオのプリドール・ラオ・ロッソ殿と御見受けした」
「ひゅぅ……こんな好い男があたいの名前を知ってるとは光栄じゃないか」
思わず下手な口笛鳴らして垂らした冷や汗を誤魔化すプリドール。彼女の見立てでは、38歳のジェリドより少し若そうな中年男性の色気を感じた。短い茶髪と眼鏡の下から緩んだ紫の瞳。
何より好い男の風格漂わす。仇相手に敬語を吹かした男の余裕。
但し武器以外漆黒に染まった格好だけはお気に召さないプリドール。自分達を全て滅する縁起の悪さを彷彿させた。
「強く美しき御婦人、折角だから名乗らせていただこうか。フォルデノ王国聖騎士団長……いえ違いますね。マーダ様の命を受けたカーヴァリアレ・カルベロッソ。この先を通りたくば死が代価です」
プリドール、恐るべき女の勘働き──大凶を引き当てた。
黒騎士マーダの意志を継いだ姿形──。
教えを無理矢理広める宣教師の出で立ちと笑みを湛えたカーヴァリアレ。
漆黒の神様から拝領した『竜之牙』を用い、敵を差した。




