第86話『Astonishing Hidden Resolve(驚倒秘めた覚悟)』 A Part
ラオ守備隊の名を超えた行き過ぎの斥候、100mもの逆落とし。
桜陽の生まれ、我狼・中馬がもしこの場に居たのなら『源平の合戦を思わす』さぞや興奮したに相違あるまい。
別称青い鯱ランチア・ラオ・ポルテガが騎馬で崖を滑り降り、続いた副団長──赤い鯱プリドール・ラオ・ロッソが異名を本名へ変えた燃ゆる滑降を見事に遂げた。
まさしく己の生命と姓名を賭けた大ジャンプ。魂をBetした結果、引き換えに赤い鯱の矜恃を体現する真実を手中に収めたのだ。
後に続いた隊員達も副団長がまんまと穿った砦の穴へ続々と潜り込む。『挟撃を仕掛ける』と宣言した団長ランチア、想像の斜め上を征く帰結に興奮と一驚が折り重なった。
──ラオの連中には自由に動いて構わんと確かに伝えたがな……。
進撃軍の総司令、ジェリド・アルベェラータが仰天を以て覗きながら舌を巻く。自分達は経った今しがた敵地に着いたばかり。
「馬鹿な……!? あの崖を馬で飛ぶなど奴等正気か?」
「……!」
ジェリド本隊を此処まで手繰り寄せた英傑が独り、短剣使いのファグナレンが言葉を濁した果ての絶句。黒目を白黒させた。
自身の血で描いた陣を元手に生命召喚と云う大役を果たしたベランドナも唖然。
驚きの語彙すら奪い去られ、金色の髪が彼女の揺らぎを示すかの如く風に靡いた。
なれどファグナレンは所詮アドノス島の南、同じ島の北端に位置する先進の軍事都市Fortezaの傘下に胡坐を掻いた騎士なのだ。
Fortezaの東隣に位置するラオは兵に守備を冠する誇りが存在し得る。島国は自ずから海に面した護りを重視するもの。
ましてや北には旧シチリアを嘗て統治していたローマが座している。
仮にランチアがファグナレンの動揺を耳に入れたなら『正気ぃッ!? 甘え甘えよ。戦場でそんなチンタラしてたら勝機を逃す』煽り散らしたに違いあるまい。
また300余年の半生──人間に数えると伸び切った人生を送るハイエルフも命張った剣ヶ峰を滑り落ちる自殺に等しき彼等の美意識は理解し難い事だろう。
「こうしちゃ居れん──我々も敵の砦へ突入する! 急げぇッ!」
ジェリド司令、慌ただしく言い放つ号令。『何処から侵入すべきか?』そんな悠長な刻を喪失した。一刻も早く進撃しなくてはプリドール等の先攻が泡と消え逝くのだ。
怒号を挙げ武器を翳しながら敵地へ走行激を仕掛ける白い本隊。
味方になったラオの連中──その安否も気掛かりだが本音の処、自分等の寝床を取り戻す争いに遅れを取る大恥の決着も有り得るのだ。
そうした意味でも後塵を拝するのは赦し難いジェリド陣営。
だが血が滾り過ぎた危うき前進。戦は時の運──よく云われる話だが細心を廃した侵攻は時に酷く脆きもの也。
およそ30の騎兵達がカーヴァリアレ・カルベロッソが指揮する砦、正面門へ間もなく雪崩入る。
未だ生命召喚にて失った流血に依り動きが緩慢であった悠久の美女ベランドナが砦前──白い小さな気配を二人みつけた。
銀髪にベレー帽を被せた背格好が似通った双子の男女。
戦場におよそ似つかわしくない子供達だ。されど先を征く血走った男共を気がつけばベランドナは制したい不安に駆られ、白い手を伸ばした。
──瞬間……震撼が戦場を走り抜けた──。
「──ッ!?」
後方から指示を下したジェリド茫然自失。先行した味方陣営が断末魔の悲鳴すら挙げぬまま地面にのたうち倒れたのだ。
「い、一体何が? おぃっ、返事をしろ!」
倒れた仲間の独り、肩を掴み揺するファグナレンの絶望。
彼と同じ白の鎧を纏う輩──。
何故か両耳或いは両の瞳から血を垂れ流し恐怖に歪んだ表情で意識を喪失していた。
──まさかあの子供達が!?
此処に居合わせる人間達の誰よりも研ぎ澄まされた天性の感覚を持つベランドナでさえ起きた事象の経緯を認識出来てはいない。
云わばただの消去法──戦局を揺るがすとは到底思えぬこの二人が出現した途端、異変が巻き起こったのだ。
「死に絶える前に名前位教えておこうかな。僕は『スペキュラ・カルベロッソ』──僕の異能は『恐面幻下』」
ベランドナが最初にこの二人を見つけて以来、全くその場を動いた気配はない。左側に居続けた少年が無表情で告げた名乗りとまさかの異能者宣言。
「フフッ……いい大人が随分と不様ね。私は『ヴァデリ・カルベロッソ』──私のは『怨響現界』って云うの」
続けざまに嘲た嗤いを浮かべ同じ姓を名乗った右の少女。然も彼女まで堂々異能の名称を自ら晒した。
けれども所謂『中二病』の類ではないと結果が具現化した。
「カルベロッソ!? そう云ったのかあの子供達?」
偉丈夫を絵に描いたジェリドがその姓を聞いた瞬間、全身に稲妻を落とされ立ち尽くす静止へ堕ちる。
彼が決して忘れぬ事なき名前、されど二度と聞く筈が無き現実──フォルデノ王国のカルベロッソ姓。その血統は既に死に絶えていた。
──異能!? あの二人まさかローダさんやヒビキちゃんと同じ様な扉の能力を!
ベランドナが琥珀色の瞳を見開く瞠目──。
この世界に於ける異能とは己の意志と躰の中に住まう人工知性の意志が融合を果たした輩が望んだたったひとつの夢を扱える力の事だ。
ローダ・ロットレン──想像性を創造力に変える扉を拓いた無限の可能性を秘めた異能者。
そして彼の扉を見定めるべき存在──ローダに惚れ落ち扉を開閉する鍵の役目を捨てたルシア・ロットレン。
二人の間に生まれ落ちた新人類──他人同士の仲介をすべく自ら心の壁を捨てた生まれながらに自分の心の壁を知らぬヒビキ。
この双子の兄妹は近しい力の根源を秘めている可能性を自分で示唆したのだ。ベランドナの魂を揺さぶる震駭を引き起こした。
ザッ……。
「んっ? どうしたのお兄さん、随分怖い顔してさぁ……」
ファグナレンが冷や汗流す面持ちにてカルベロッソ兄妹の前に立ちはだかり睨みを効かす。
双子の兄スペキュラが巫山戯た態度をみせ流した。
──ファグナレン?
リタに施された癒しのお陰で傷こそ治ったが未だ体力の戻らぬベランドナ。此処に辿り着く迄互いの力を認め合えたと思えた男の後に続く構え。
「わぁ、可愛いお姉ちゃん。私達の御相手をしてくれるの?」
妹ヴァデリの棒読み加減──300歳を越えた女性を小馬鹿にした10歳前後に思える子供の煽動。
「よくもまぁ子供がそんな軽口を叩けたものだ。殺気がずっと此方に流れていた。初めから俺達と殺るつもりだったのだろ?」
20代のファグナレン、斜に構え声を濁した凄味をさらに匂わす。我ながら子供相手にやりたくはない強がりが滲んだ。
「ファグナレン、ベランドナ?」
後方から様子を窺っていたジェリド隊長。
常日頃から冷静さを頼りにするファグナレンとベランドナがこの場で最も妖気漂わす敵の面前にて『俺が止める』宣言を聞き及ぶ。
得体の知れない相手、若い二人組に任せてよいものか正直悩んだ。さりとて今は彼等を信じ、自分達は先を急ぐと決めた。




