第85話 『The Roar of the Small Beast(小さき獣の咆哮)』B Part
海の民ランチア・ラオ・ポルテガが騎馬を操り渓谷の上を波乗りの如く優雅に駆ける。
共に乗るビアットの頬が当たる風で引き攣る。『ランチア兄ちゃんなら行ける』信じて疑わぬビアット少年だが魂が縮こまる気分。
つい思い縋る気分で背中から支えてくれる兄ちゃんの顔色をチラリッと窺う。
──笑ってやがる?
比喩でも少年が望んだ幻想でもない。ランチアは、この命削る滑走を明らかに楽しんでいた。
移り歩く笑顔、ビアットの視線が再び崖の軌跡を辿る事に集中し始める。
ただ変化も存在した。ビアットの目が自然と緩む。緊張の色合いが沸き立つ冒険心に入れ替わった。馬の蹄が弾き飛ばす石礫の音さえ軽やかに感じられた。
ビアット少年──心躍りゆく冒険の最中、ふと昔話が小さな頭を過った。
◇◇
Five years ago──。
ビアット少年が5歳の頃。凍てつく真冬、暖炉が包み込む暖かみだけが頼り。
何処にも遊びに行けぬ寂しき息子の心を察してか。父親が息子の頭を鷲掴みに撫でてから語り始める。
『ビアット……お前の名前はアルベェラータ家の誇り──。彼の名前を貰ったものだ』
父親がビアットの頭を動かした先。額に収まる陽に焼け古惚けた一枚の写真。己の体より大きな剣を握りニヤつく若い男性が映っていた。
『レアット・アルベェラータ。──まあ家系図すらない我が家だ、実際に同じ血筋か怪しいがな』
5歳の子供に伝わるか判らぬ話に苦笑を浮かべた父親。少年の顔を不器用な愛を以て覗き込みさらに続ける。
『だが俺は信じてる。彼が掘り当てたカノンの鉱石──。何より白い神と互角にやり合ったと云うその血脈がお前にも流れているってな……』
◇◇
──父ちゃん、おいらも信じる。この谷底の先に必ず在るってさ!
ランチア兄ちゃん達が敵と称する赤い竜の旗印たなびく砦の下。嘗て父が話してくれたその功績が眠っていた。
がめついフォルデノ王国はラファンからカノンへ移住した英雄が掘り当てた宝物を我が物にすべく蓋をしたのだ。
ビアットの野心──。
似た名前の先祖がみつけた宝をこの手に取り戻す。ただの冒険心と歳の離れた親友ランチアと笑顔を共にしたい純粋無垢な少年の遊び心だけではなかったのだ。
無謀に思えた馬に依る崖降りも過半を抜けた。目指す敵の砦が視界に大きく飛び込んでくる。同刻、砦の物見櫓から此方をみつけた敵兵の喧騒も自ずと見えた。
「此処だ! さぁ行け俺様の虎の子!」
バシュッ! バシュッ!
ランチアが発した威勢の良い声と共連れに火薬の匂い漂わせ発射した2本の投槍。
ワイヤーを付けた槍が飛び出し砦の石壁に突き刺さる。立て続けにワイヤーを機械式にて巻き取るランチアのしたり顔。
崖降りの重力すら超えた速度を以て敵地に肉薄し始めるランチア達を乗せた騎馬。次なる一手、騎馬の操舵はワイヤーに預け手投げの槍を見張り番の兵士へ投げ込む。
敵の砦の天井に辿り着いた一番槍の体現。100m上から見下ろす味方を見上げ「どうだァッ!」と勝利したかのように吼えた。
「いや、おっかしいだろうがァッ!!」
まるで赤い髪の毛が怒りで逆立ったかの様に映るプリドール・ラオ・ロッソの立腹。
当然なのだ、何しろワイヤー付き投槍はランチア団長のみ十八番。『どうだ!』と偉ぶられた処で納得往かぬのだ。同じ手が自分達は使えない。
「問題ねぇってばよォッ! 俺様が信じるお前等ならッ!」
敵地にてまるで聞える様に唸り声を上げ続けるランチアの雄姿。蒼き鎧の掌をやんちゃな笑顔で振り手招きした。
「クッソ! 頭きた! ア"ア"ア"ア"ッ! やってやらぁッ!」
紅色の髪と鎧を揺らす怒髪天なるプリドール副団長の苛立つ咆哮。
自分の愛馬に飛び乗り、若さに感けた結果を残し煽る団長相手に『目にモノ見せてやる』気概に燃ゆる二番手を征く気満々。
29歳の練達なる様をあの巫山戯た若者に焼き付ける気だ。
退く他の団員達──抑えの女房役が投身自殺を未遂に果たせば、いよいよ逃げ場を失う巻き添えを喰らうのだ。
「問題ないんだよ、特にお前さんはな」
崖降りで冷えた体温が垂らした鼻汁を啜り手で拭うランチアの苦笑。
彼は重々承知していた。真実の勇気に満ちたウチの副団長はやってくれると信じ抜いている。
バチンッ!
馬の尻に鞭くれ「女は度胸ッ!」ランチアより高々馬を舞わせて崖へ意気揚々と飛び込む。然も馬の脇に馬上槍構えた活きの良さ。
ズザァァァァッ!
然し滑走始めた途端、恐怖に歪むプリドール。恐れ抱き思わず手綱を引く悪手を用いてしまう。
ズルズル滑り落ちてく馬が上げる悲鳴に似た嘶き。ダウンヒルで腰砕け──最もやってはならぬのだ。
けれども先に成したランチア同様、悪い格好は決してみせたくない。「ふぅ……」1秒足りとも気が抜けない時間の流れ、敢えて胸膨らます深呼吸。肩の力を抜いた。
「むっ?」
自然、手綱を引く力も抜けたプリドールの馬が落ち着きを取り戻し始めた。
ランチアが築いた僅かな轍を愛馬が勝手に選び駆け始める動物の本能をそこにみた。
「あっ! お姉ちゃんが燃えてる?」
ランチア共々先に崖を降ったビアットが勇気降りたプリドールを見ながら指差す。
目を凝らしたランチア魂のざわつき。
赤一色の様相が魅せる見間違いでなく、実際赤い空気に包まれ、然もそれが濃くなり始め赤い海の虎の形を成す。
──さて、此処から如何する!? ……アレだッ!
プリドール、自身が燃え盛っている見た目などまるで知らぬ。
ワイヤージャベリンを持たない自分。文字通り自力だけで敵の砦へ突貫を果たさねばならない。近付く砦の目前、僅かに傾斜が緩んだ場所をみつけた。
「そこだァァッ! 飛べるッ!!」
馬の嘶きより多大なプリドールの気合一閃。緩んだ傾斜を愛馬が強かに蹴り跳ねた馬の飛翔。
なれど彼女の目前に在るのは砦の石壁。それでも怯まぬ騎兵の勇猛。馬上槍を両手に握りしめ砦自体にぶちかます特攻。
──す、凄ぇ!
紅色の放物線を宙に描き、砦へ飛び込む憧れの勇気をそこにみつけたランチアの驚異を呼び込む。
ドガガァァァンッ!!
赤い鯱の影絵が馬上槍構えた騎馬を牙に変えた突貫。驚心動魄の絵面──なんと石壁を突破し、そして破壊した。
自分の命を張ったプリドール・ラオ・ロッソ、異能開花の瞬間。命捨てた覚悟が彼女の新たな力を生み出す原動力に生まれ変わった。
「す、凄ぇ……ま、まさかこれ程とは思わなかったぜッ!」
実は未だ惚れてる女が描いた戦乱を咲かせた誉れの華に胸が熱くなったランチア、戦人の矜持。静かに、然し熱く拳を握り締めた。
「だ、団長と副団長に続けぇッ!」
ランチア団長の無謀に思えた一番槍と、プリドール副団長が繰り出した圧倒力。正直腰が引けてた他の団員達の命に焦がれる炎を吹き込む。声を荒げて続々と後に続いた。
◇◇
「──な、なんですかこの騒ぎはッ!?」
砦の主カーヴァリアレ・カルベロッソ──。
石壁をただの一撃で崩された決して在り得ぬ事象に普段冷淡な心が揺らいだ。何しろ砦そのものが地響き共々揺れ動いた。
砦正面に突如出現したジェリド・アルベェラータ率いる本隊ばかりに気を取られていた処へよもやな背後からの突き崩しを受け、流石に冷静でいられる道理がなかったのだ。




