第85話 『The Roar of the Small Beast(小さき獣の咆哮)』A Part
己が護る砦の目前に突如降って湧いた蒼い光の柱──。
消え失せたかと思えば味方と同じ純白に統一された鎧の集団に取って変わったのをみつけたカーヴァリアレ・カルベロッソ。指揮官だけが黒い牧師の様な出で立ち。
双眼鏡を覗き魂の震えが納まりつかぬ様相。マーダ様から直々に拝領した愛刀『竜之牙』の柄を握りしめる。騒然する砦の中で独り武者震い。
「フフッ……遂にこの日が。まさに最良の刻!」
身体が完全を超えた最上の状態であるカーヴァリアレ。「敵の首領は私の獲物、邪魔をすれば共に斬ります」敬語を吐き冷静さを部下達に示す表裏。冷笑が漏れるのを止められなかった。
「御言葉ですが指令。あれ程の数を相手の籠城戦に勝ち目など……」
部下の1人が冷や汗を搔きながら司令官に崖っぷちの現状に対する打開策を求めた。元味方の兵達も驚異だが呼び込んだ耳長族の女が気掛かりでならない。
ギロリッ……眼鏡越しの凍りつかせる視線を返す司令官。
「勝ち目? 劣勢だと知れば戦場を捨てて逃げ出すのですか?」
カーヴァリアレに取って聞き捨てならない愚門。
敵が脅威ならば超越した狂気を奮え。出来なくば歓喜に満ちた死の一字あるのみ。戦人とは斯くあるべき。
──まあ、この者が思う言い逃れも判らなくもないが。特に耳長族の女と付き添いの短剣使いは捨て置けん。
スチャッ……。
カツンッ……。
揃いの小さな足音が砦の中に木霊した。いずれも12歳前後の子供。なれど熟練した他の騎士達を威圧する妖艶に満ちていた。
「パパ……。あの斧を持った騎士と本気で殺りたいんでしょ?」
「邪魔なエルフと背の低い黒髪の騎士は僕達が相手する。遠慮なく云って下さい」
先ず赤みを帯びた目の少女が半ば挑発めいた言い草で父親へ切り出す。
続いて蒼い瞳の少年は、冷静な口調で伺いを立てた。
体格も顔つきも同一の双子らしき兄妹。揃いの白いベレー帽を被る。
カーヴァリアレ相手に向かって左側が男の子の声。亡くした母親譲りな銀色の短髪。右側にて薄ら笑いを浮かべているのが女の子。兄と全く同じ色合いの髪を腰まで垂らした長髪。
白い洋装の下から見え隠れする黒のアンダーウェアが父親と同じく漆黒に溢れたマーダ様への忠義を密やかに示していた。
ガシッ!
「お前達……言ってる意味が本当に判っているのか?」
慌ててカーヴァリアレが矮小な戦士二人の肩を父親の無遠慮を用いて掴む。
自分と等しく敬愛するマーダ様のお陰にて拾われた命。なれど二人は命を張るべき騎士に非ず。
然し間違いなく周りで狼狽えている大人の騎士達より余程頼り甲斐ある血縁の子供達。
だが見てくれ通りな線の細い強さ。ひとたび戦いに繰り出せば最期。折角拾えた蜻蛉の如き命を落とす必要性を父カーヴァリアレは良しと云えぬのだ。
「当然です。僕達はその為にこれ迄生かされた」
「パパの望みが私達の天命よ。漸く巡って来た機会、だから御願い……私達に殺らせて?」
無邪気に嗤い『殺らせて?』と首を傾げる愛娘。
危い無表情を浮かべ『その為に生かされた』信念を決して曲げぬ息子の魂。そして自分達の異能は戦場以外、役には立たぬ。普通の子供には引き返せない運命。
強敵に勝利する前提と裏腹なる決死の覚悟を捧げる。
自分達の父親は、例え死せども争いを欲する誇り高き矜持を持ち得る。自分達も後を追う必然を平然と言ってのけた。
「済まない……頼む」
ただの一言、これが今生の別れとは他人に到底理解し難い手短過ぎるやり取り。
二人の子供達の瞳が余りに真っ直ぐ過ぎると感じ、それ以上何も言えなかったカーヴァリアレの苦悩が溢れて歪んだ顔を背けた。
相変わらずの冷徹な息子の顔と冷笑こそ真顔が如き娘。二人が父に背を向け堂々死地へ向かう。
父の顔を指揮官の仮面で隠したカーヴァリアレ、親子等しく強情な背中で送り出した。
◇◇
一方、ベランドナが行使した生命召喚の輝きをさらに背後から見届けたラオの連中。双眼鏡の中に見えたジェリド達に興奮冷めやらぬランチア団長。
「来たぜ来たぜあのおやっさん! よっしゃあッ! 此方もぶち噛ますぜぇッ!」
蒼い鎧の拳同士をバンッ! とぶつけ合い愛馬に駆け上がる青い鯱、馬をド派手に嘶かす。
「な、何をやらかすつもりさ団長! ま、まさか!?」
団長よりもだいぶ年上の赤い鯱が慌てふためいた声色を発する。
ランチアとそれなりに付き合いの長い彼女。この男の無茶苦茶な思考──至極嫌な想像は出来る。なれど今度ばかりは認められなかった。
「ア"ア"ッ!? 決まってんだろ挟み撃ちだ! ジェリドのおやっさん達が正面突破なら、俺達は背後から敵を叩く! 馬でこの崖を降るッ!」
吼えたランチアから飛び出した答え。プリドール的に満点の回答が跳ね返って来た。『外れて欲しかった……』プリドール──突貫を信条と成す赤い鯱が天を仰いだ。
「待った! ランチア兄ちゃん! おいらも一緒に連れてけッ!」
此処でさらなる破天荒が唸り、ランチアを背中から怒号を以て制す。案内役、地元出身の少年ビアットが誰よりも白熱増した声を上げた。
「馬鹿言えビアット! 手前死ぬ気か!?」
ランチアのなんとも矛盾極まる受け答え。ランチア自身、死ぬ腹など括ってはいないのだ。
「この崖を降りる鹿を見たって教えてやったのはおいらだ! 出来るって思ってんだろォ! なら最後迄連れてけぇッ!」
両拳を握りしめたビアット、過大なる少年の主張。『友達を置いて勝手に逝くな!』子供の行動原理とは、どれだけ大人が叩いた処で決して捻じ曲がらぬものである。
「ビアット……!? ──ったく……判ったァッ! 乗りなッ! 一蓮托生だァッ!」
己の無茶苦茶を充分承知しているランチアが敗北を認め蒼い頭を掻いた後『自分の前にしがみつけ!』馬の背を強かに叩く仕草。
勝利したビアット──満面の笑みを抱いて全力疾走。友人の愛馬に飛び込んだ。
「いいか手前等! 俺の降りる道筋をその目しっかり開いてよく焼き付けろォッ!」
唾が飛ぶ軌跡が見える程、青い鯱が怯み切った仲間達へ吼える。
「行くぜおらぁぁッ!!」
「いっけぇぇぇッ!!」
海の頂点に君臨する鯱が水を抱かぬ谷底へ放物線を描き、遂に飛び込む。ランチアの気合いとレアットが吐いた勢いを谷が飲み込んだ。
「あ、あの馬鹿本当に行きやがったァッ!?」
絶望視する副団長、谷が成した波間に乗るランチアの騎馬を絶叫と共に覗き込んだ。
──転がった石の動きとビアットの視線の先をなぞる事だけに集中しろ俺様ッ! こんなもの荒れた海に比べりゃクソだろランチアァァッ!
地元の海で波乗りに興じた気分のランチア、己を鼓舞し続ける。何より『あの女が見てる目の前での不様は出来ない』
ランチアの前に騎乗したビアットは、舌を噛む馬鹿をしないよう気をつけながらも、一心不乱に鹿が辿った刃先の如く危い道筋を探す事柄だけに全集中を傾けた。
もう決して引き返せない騎虎の勢い──漢ランチア・ラオ・ポルテガ。
虎を超えた鯱の体現、自分を乗せる天運を引き寄せる威勢が駆ける野性。
──フフッ……やっぱりアンタが団長だよ。
蒼い鯱が崖をなぞり波を描く波乱をみた気分に微笑みを浮かべてしまったプリドール副団長。
適当極めた団長に代わり普段は隊を指揮する役割を帯びた女房役。
谷底から吹き上げる風圧を清々しい波風に置き換え、赤一色の髪が揺れ流れる心地良さに思わず委ねた。




