第7話『Crazy for you』(理屈は要らない。アナタに捧ぐ) A Part
謎の剣士ローダ・ファルムーンVs鍵の女武術家ルシア・ロットレンと共闘する計3人の構図。
そう思われた闘争の行方。
ローダ・ファルムーンVsアドノス島を戦乱の渦へ貶めたマーダの図式で事は進む。
赤い輝き帯びた両手の手刀のみならず、足に寄る攻撃も織り交ぜたローダの仕掛け。
意にも介せず振り払うマーダの余裕。
実の処、マーダとて決して愉悦の微笑みだけで事を成してる訳ではない。
ローダの手刀、それぞれ受け流す度、過度の緊張と全身の筋肉が悲鳴を上げる。グッと堪えているに過ぎない。それ程敵の攻撃は壮絶を極めていた。
されどそれは一見攻め手の様で攻め倦ねてるローダとて同様。
否──此処へ上陸以来、ずっと全身に負荷を掛け続けてる彼の方が遥かに過大。
マーダの魔法剣、輝く真空の刃をその目に焼き付けた直後。
自分で説明出来ない溢れ返った赤い力。例え無意識であれ黒騎士と対等に渡り合えている。
謎の剣士の異端なる力の正体──。
両手剣の柄で頭を殴打されても掠り傷一つ負わない異常体質。
未だ騎士見習いの実力で在りながら、急激に発達した筋力が剣技の拙さを補う。
異常発達した全身へ神経伝達物質を過剰に流す脳細胞。痛覚を置き去りにする脳内麻薬の大量発生。
平凡なただの剣士が如何にして常軌を逸した能力に目覚めたのか定かでない。
但し身体自体はあくまで人間の男。意識下に置けない力に振り回されたまま戦えば消耗著しいのは自然の摂理。
当人の意識が飛んだから故、動けているに過ぎない。
されども身体は嘘をつけない。こんな化物じみた力を行使し続けたら、五体満足を喪失するのは時間の問題。
ではこんな異端者を上回る鍵の女性は、何故涼しい顔でいられるのか?
加えてローダと同質の赤い目を帯びながら、意識下に置いていられるマーダも大概と言える。
赤い瞳のマーダが狙う台本は至極単純。
ローダの身体が耐久力負けするのをひたすら待つだけ。マーダ自身は出来るだけ過剰な力を使わず相手が根負けする流れに乗せれば良い話。
仮にローダと言う男が英雄的力を突如具現化出来た処で物理法則から逃れる術など在り得ない。
早い話、ローダの自爆は決定事項。
扉の鍵を握る女性。彼女はあくまで候補者達に対し中立でなければならない。
なれど奇跡を渇望し始める。
この愚鈍なる男性は、己の技量を振り払いエドナ村の窮地を救うべく天から舞い降りた存在。
アドノス島に住む人々を困窮させる黒騎士より傾倒したくなるのが必然。
トクンッ……。
──ううん……そんなんじゃないの、この胸の高鳴り? 何だろ? 抑え切れない、抑えたくない!
ルシア・ロットレンがこれ迄感じた事のない理屈にならぬ胸高鳴りと切なる想い。
苦しい胸を押える白い手、でも何処か心地良い鼓動。
彼に何かを伝えたい、それが何かはまだ判らない。
だけど……頭でなく身体が求めているのだ。自分らしさをぶつけたい想いに駆られた。
カッ!
「勇気の精霊よ、私に貴方の勇気を! そして風の精霊達よ、私に真実なる自由の翼を!」
ルシア、曇り無き緑の瞳を開く。自然な赤に染まる唇が勝手に詠唱を叫ぶ。
ローダの無事を願う心音が躰中の細胞達に熱き血潮と為りて、全身を隈なく駆け巡る。
加えて手加減抜きな風の精霊術で自由に空を舞うべく、自分に課した枷を取り除き夜空を駆ける。
金色の髪が漆黒の闇へ満天の煌めきを降り注ぐのだ。
「炎の精霊達よ、私の総てに宿れ!」
「何ぃ?」
格上過ぎるマーダへ足掻くローダの更なる高みから舞い落ちる炎の流星。
ルシアの飛び蹴りが熱く!
より熱く燃え盛る!
箒星が如く闇を薙ぎ払らわんと落ちる軌跡を夜空に描く!
マーダに取って暗天の霹靂、流石に反応及ばない。彼はこの状況に胡坐を掻き過ぎていた。
流星の奇跡をまともに浴びる。マーダの肩口をルシアの呼んだ流星が突き抜ける!
「グゥッ!? よ、よくもッ!!」
「マーダ様ァァッ!!」
紅色の蜃気楼を握っていた右腕が千切れ宙で独楽の様に回転。この剣の真なる力を解放すれば、こんな醜態を晒す羽目には至らなかった。
「うっしゃァァッ!!」
この光景を絶頂な気分で歓喜したのはガロウである。
これ迄数多な仲間達の命を奪い去った男がやられる何とも痛快な絵面。
例え己が成した事でなくとも叫ばずにいられなかった。
流星を描いた張本人、鍵の女性が気を失ったローダを両腕で抱え宙で静止。黒騎士を見下す理不尽な光景を敢えて寄越すのだ。
──鍵が扉を選んだ瞬間の刻……訪れる──
「……ふぉ、フォウ。す、済まない。城へ撤退する。(魔法で)送ってくれるかい?」
右肩を喪失したマーダ、それでも戦う力まで失った訳ではない。
されど鍵の女に見下され、己も理由が湧かない失望感に支配された往く。
戦意を逸した暗黒神が、人間の女でしかないフォウの膝上に縋る。敗北したのに奇妙な温かみを感じた。
「ま、マーダ様! 仰せのままに! 必ずやこのフォウがッ!」
自分の膝上で弱気を見せてくれた己が神へ慟哭の涙と共に贈る悦び。
フォウ・クワットロが夜空に今夜最後の流れ星を呼び起こした。