第5話『White Berserker(白い狂戦士)』 B Part
白い謎の剣士──ローダ・ファルムーンの後頭部へ、黒騎士マーダ操る両手剣の柄が叩き込まれた絶望。
ルシア・ロットレンの固い意志、それでも揺るぎはしない。
彼がルシアの知り得る存在ならば、あんな攻撃だけで断じて落ちたりしないのだ。
バキューンッ!
「ククッ……逝った──カッ!?」
疑いようのない勝利を確信してたマーダの脇腹に風穴が空く。マーダ、この身体に於ける自らの血を初めて触れた。
「な、ないだぁッ!?」
「ま、マーダ様ッ!」
何もかも在り得ない様子にガロウとフォウが同時に驚愕の声上げる。
敬愛なる黒騎士がやられる様、謎の男が左手で作った指鉄砲が火を噴く異常。
ズダダッ! ズダダダッ!!
謎の男が先程火を噴いた銃撃は、リボルバーに似通った単発の音。
続いて同じ指先でありながら、自動小銃的な連射音に変わり往く。
全身を撃ち抜かれたマーダ、躰撃たれる度に弾けて揺れる。噴出する出血、遂にマーダが砂地へ伏せて地面を赤く染め上げる。
「フゥゥ……」
相も変わらず怪しげな息を吐く謎の男。
明らかに平凡とは言い難い。例え敵の首領格が倒れた処で全く以って油断ならない。次は寧ろ彼が敵へ回る地獄の番が自分達へ降り掛かる様に思えてならぬ。
砂地へ伏せたマーダに泣き縋る黒の女魔導士。
戦慄走るも身体がまるでいうこと利かない蛇に睨まれた蛙の如しなガロウ。
「……フォウ、僕がこれしきで死んだりするものか」
「──ッ!?」
慟哭するフォウの背中を血に塗れた手でマーダが擦る。されど台詞回しが別人過ぎる。普段が高飛車である神気取りな男が一人称『僕』を使う様をフォウは聞き覚えがないのだ。
──ハッ!
ルシアの目がカッと見開く。
別人に生まれ変わった様なマーダに対し、ローダへ向けてた視線と同じ物を送る異様。気が付けばマーダであった筈の男の瞳孔すら赤く煌めく。
──な、そ、そんな二人共? ひょっとして共鳴してる?
ローダ・ファルムーンの危う過ぎる赤い瞳。
フォウを支えに血反吐吐きつつ妖しい微笑で見やるマーダも赤い目の揃いぶみ。
然も乱れた黒髪同士で顔立ちさえもこの両者、似た者同士な雰囲気感ずるルシア。
──……間違える訳ない、私はアナタ達に取ってのResistanceなのだから。
スッ。
満身創痍な体のマーダに、なおも追い打ちを掛けようと間を詰めるローダとの間合い。ルシアが決意に満ちた顔で静かに割り込む不可思議。
──成程、彼女が鍵か。
──だって私は鍵なのだから。
ルシア突然の介入、なおさら笑み零れる黒騎士。
心中だけ偶然マーダと同じ想いを用いて覚悟を決めたルシア。さも武術家らしく両の拳を挙げ戦意を謎の男へ届ける余裕。
「……ローダ・ファルムーン。そんな赤い目なんか赦されないわ──今は落ち着くのよ」
ルシア、ローダの危うき気分を宥める言い草。総てを知り尽くしたかの様な台詞。
「る、ルシアッ!? な、ないをするつもりじゃッ!」
アドノス島全土を恐怖の坩堝に叩き込んだ黒い剣士を偶然の折り重なりとはいえ、倒す間際にある取り合えずな正義の味方であるローダの存在。
そんなローダを止めに入るルシア・ロットレン。それ処か未だ生きてるマーダすらも相手取り特異点に至りそうな働き。
人間離れした黒騎士を超越するやも知れぬ男を相手取ろうとするルシアである。止めに入るガロウ、ルシアの翠眼に何が見えているのか全く以って腑に落ちない。
ズダダッ! ズダダダッ!!
またもや銃撃繰り出すローダ、然も今度はルシアを狙い撃ち。
今度は彼女が血みどろと化す──誰もがそう思えた次の瞬間。ルシアが巻き起こす驚天動地、広げた掌で銃弾を全て弾き飛ばした。然も涼し気な顔立ちなのだ。
「効かないよ、そんな小細工。もっと本気を出しなさい」
防御に使った掌を再び拳へ返し、手招きでルシアがローダを煽る。
「ば、馬鹿な? あ、在り得ないわ」
「フフッ……やるじゃないか」
己が敬愛する神すら撃ち抜いた銃弾を掌だけで弾いた異常に、琥珀色の目を白黒させずにいられぬフォウ。
一方増々以って面白きと目を細めるマーダの様子。実の処、銃痕から噴き出た血は既に止まっていた。その気になれば動ける黒騎士、なれど暫くこの女戦士の闘う様子を見学したくなる。
「ウガァァッ!!」
再び片手剣を握り締め、ルシアへ襲い掛かるローダ。その動きたるや、先程マーダへ繰り出した分より速さを感じる。
ブンッ!
ローダが放った突きより迅速に動くルシアの風切る音が木霊する。
突かれた剣の右脇へ身体を動かし刃の鈍な横っ面を拳で殴るルシアの冴え渡る行動。
「い、一体ないがどげんなっちょっとよ……」
ガロウは完全に語彙力を失っていた。
恐るべきルシア、未だ本気でないのをガロウは知り得る。得意の精霊術を行使していないのだ。
黒騎士マーダ、謎の剣士。──加えて現状のルシアの三つ巴。
人間離れし過ぎた三人、最早何を信じれば良いのかガロウの理解が及ばなかった。