8.贈り物はどうですか
「ハンカチなどいかがですか?」
父と違って、まともな提案をしてくれたのは、サウラだった。
「ハンカチなら、いくらあっても困りませんし。それに、お嬢様のお得意な刺繍も施せますよ」
なるほど。
確かに、ハンカチなら、そこまで趣味が云々ってこともなさそうだし、贈られてもかさばるものじゃないから邪魔にもならない。
刺繍を施せば、それこそ、この世に二つとない一品物になる。
わたしらしい、お礼の品じゃない?
「お嬢様の刺繍は、かなりの腕前ですものね」
そうなのかな。
幼い頃、命じられるままに刺繍していたけど、誰もその出来栄えを褒めてくれたりしなかった。出来が悪かったり、高く売れなかったら、ぶたれたり食事を抜きにされるだけで、「褒められる」なんてことはなかったから。
「じゃあ、ハンカチ。刺繍つきで贈るわ」
「はい。そうなさいませ。坊ちゃまもきっと喜ばれますよ」
そうなのかな。そうなのかな。
そうだといいな。そうならば。
贈るんだもの。喜んでほしいじゃない?
そう思って、用意してもらった白いハンカチに針を刺す。
大仰な意匠だと、使いにくいだろうから。わざと控えめに、義兄、セシュレイの頭文字と、それを彩る蔦の葉を刺した。
これぐらいなら、日常使いに問題ないだろう。
チク。チク。チク。チク。
焦らずに。落ち着いて。
糸の色を変え。丁寧に。
渡す時、なんて言ったらいいかな。
これを渡したらどんな顔するかな。
驚くかしら。喜ぶかしら。それとも――?
(ただのお礼!)
何度も自分に言い聞かせるのに。
想像するだけで、なぜか心が浮き立つ。
*
「――できたわ!」
枠を外し、ハンカチを広げて、全体のバランスを見る。――うん、悪くない。悪くないどころか、結構いいんじゃない? これ。
「お嬢様?」
「サウラ。悪いけど、馬車の用意、お願いできない? 王宮まで、ちょっと届けに行きたいの」
出来上がったハンカチ。
別に、渡すのはアイツが屋敷に帰ってきた時でもいいのかもしれないけど。アイツ、滅多に戻ってこないし、いつ帰ってくるかもわかんないし。
それぐらいなら、こっちから出向いて、渡した方がいいじゃない?
「承知いたしました。フフッ」
「なに?」
何で笑うの、サウラ。
「いえいえ。本当に、お嬢様は坊ちゃまがお好きなのだな、と」
「どっ! どこがっ! 誰がよっ!」
どこをどう見たら、わたしがアイツを好きに見えるわけっ⁉
わたし、ずっとアイツが嫌いだったし! 今も嫌いだしっ!
ハンカチを贈るのは、迷惑かけたから、そのお詫びだし!
王宮に行くのだって、ちょっとアイツの反応が知りたいなって思っただけで!
それ以上でも以下でもないんだってば!
「はいはい。承知いたしました」
全然承知してない態度のサウラ。
その後ろ姿に、ムウッと顔を赤くする。
だからわたし、アイツのことなんてなんとも思ってないからね!
*
「――よかったですわね、お嬢様」
乗り込んだ帰りの馬車。そこで、着いてきてくれた侍女が言う。
王宮へは、馬車さえあればいいと思ったのだけれど、令嬢にはお付きが必要だとかで、侍女が一人お供してくれていた。
わたしと同い年ぐらいの、うすくソバカスが残るあどけない顔の侍女。
「坊ちゃま、とても喜んでくださってたじゃありませんか」
「そうね」
あれ、喜んでくれてたのかな?
当の本人であるわたしには疑問なんだけど。周囲から見たら、あれは「喜んでいた」になるらしい。
王宮で。
門のところにいた衛兵に伝えて、義兄に、衛兵たちの詰め所まで出てきてもらう。
そこで、持ってきていたハンカチをプレゼントしたのだけど。
――これ、君が?
受け取ったアイツは、口も目も丸くしていた。
手にしたハンカチ。
リボンを解いて、刺繍を裏返して見たり、手でなぞったり。
喜んでいたかどうかは疑問だけど、少なくとも驚いてはいたわね。
そして。
――ありがとう。大切に使わせてもらう。
とは言っていた。
言って、懐にしまっていたけど。
(使ってくれたらいいな)
あんな義妹の贈り物なんて――ってこと言わずに、普段使いの一枚に加えてくれたら。
ガタン!
ヒヒーン、ブルルルッ!
「きゃあっ!」
馬車が大きく揺れ、走り出したその勢いを止める。
「大丈夫?」
「あ、はい。申し訳ありません」
その揺れに座ってられなくなった侍女の体を支える。わたしと違って、進行方向にお尻を向けて座っていた彼女は、その揺れに、座面から滑り落ちてしまっていたのだ。
「なにがあったの?」
王宮を出てそれほど進んでいない。
そんな場所でなにが。
「ノエル!」
――え?
「そこにいるのは、ノエルなんでしょ!」
まさか。
聞き覚えのある声。
八年過ぎても忘れられない声。
「オネーチャン?」
おそるおそる、馬車の扉を開ける。
「ノエル!」
近づいてきた女。ややしおれた花を入れたカゴを腕にかけた、それは、まさしくお姉ちゃん。
下町で、わたしといっしょに暮らしていたお姉ちゃん。
それが、どうしてここに――
「よかった! やっと会えたわ、わが妹!」
近づいてくるなり、わたしにしがみつくように、わたしを馬車から引きずり下ろしたお姉ちゃん。
「お嬢様!」
馭者が驚き声を上げる。
「やっと会えた! あたし、ずっとアンタのことを捜してたのよ!」
馭者の声なんて聞こえてない。
お姉ちゃんがわたしを見て笑う。
その笑みに、わたしは流れる血が足元で滞ったような、寒さに震えるような、そんな感覚に陥った。




