6.落ち着かない心
(はあ。疲れた)
未来の夫捜しダンス。
二曲目、三曲目と、相手を変えて、次々踊ってみたのだけど。
(いいの、いない……)
顔がよくても、ダンスが下手。
優しくっても、ダンスが下手。
ステップを間違える。足を踏む。音楽に合わない。
やたらと腰を抱き寄せてくる。異様に顔を近づけてくる。
ハアハアとヘンな息をまき散らされた時には、「ダンスはおやめになって、少し休憩なさったら?」と言いたくなった。
未来の夫は捜してるけど、そういう目で見られるのはごめんなの!
(まあ、一回で見つかるなんて虫のいいこと考えてないけど)
今日がダメなら、次がある。次がダメでもその次が!
ってことで次よ、次!
そうとなったら、サッサと見切りをつけて帰りたいんだけど。
お父さまのことも気になるし――って。
(まだ踊ってるの?)
自分一人で帰っていいのなら帰るけど。そういうわけにもいかないわよね。
乗ってきた馬車は一台だけだし。ここで、わたしが帰っちゃたら、アイツは徒歩で帰ることになっちゃうし。
広間から続くバルコニー。
そっとガラス扉を開けつつ、広間の中央で踊る義兄を睨みつける。
まったく。義妹に待ちぼうけを喰らわす兄なんて碌なもんじゃないわね。
(鼻の下伸ばしちゃってさ)
うれしそうに。楽しそうに踊るアイツ。
もう何曲踊ってるのよって思うけど、その息が乱れてる感じも、疲れでダンスがおかしくなってる様子もない。
(なんか腹立つ)
どうせ。
どうせ、この後も、入れ替わり立ち代わりでダンスを求める令嬢たちと踊りまくるんでしょうよ。義妹の夫捜しにかこつけて、同伴者が必要だからとかなんとか言って着いてきて。自分はちゃっかり令嬢たちとのダンスを楽しむ。――疲れた義妹をほっぽって。
「――お嬢さん」
フンッとバルコニーの手すりに肘ついていたら、背後から声をかけられた。
「えっと。あの……」
誰だろう。
自分よりも年上。おそらくアイツと同世代ぐらいの若い紳士。
さっき踊った中にいたっけ、この人。
「一杯、いかがですか?」
手にしてたのは、会場で配られていたのと同じシャンパングラス。それが二つ。
わたしが、何も飲まずに外に出たことに気づいたの? あれだけ踊って喉も乾いてるだろうからって、気づいて持ってきてくれたの?
(優しいな)
気づかずに踊り続けてるアイツと違って。
「ありがとうございます」
差し出されたそれを、笑顔つきのお礼とともに受け取る。
喉は、まあ適度に乾いてたし。差し出されたものを受け取らないのも悪いかなってことで。
軽くグラスを持ち上げ、乾杯を示してから口をつける。
(あ、美味しい――)
暗くてハッキリしないけど、これ、果汁のジュース? おそらく、桃。
甘くて、それでいて爽やかで飲み心地がいい。
「疲れましたか?」
「ええ。ちょっと……」
初めての舞踏会。
何が何でもってほどじゃないけど、夫捜しに疲れはした。
今も、この外の空気が気持ちいいと思っている。
「そうですか」
この、「飲み物はいどうぞ」の人も、わたしの隣に並ぶようにして、手すりにもたれる。
まあ、二つグラスを持ってきたってことは、わたしに「はいどうぞ」するだけじゃなくて、「いっしょに飲みませんか」ってことなんだろうけど。
暗いバルコニーから、明るい窓の向こうの、舞踏会会場を、二人で眺める格好になる。
華やかな演奏。
お喋りさざめく人たち。
その中心で、衆目を集めながら、楽しそうに踊り続けるアイツ。
シャンデリアの灯りに煌めく、金の髪。背も高いし、スラッとして夜会服がとっても似合ってるし。そこで踊る人の中で誰よりも……。
(誰よりも?)
思って立ち止まる。
なんだろ。とっても、とぉぉぉっても、胸がモヤモヤする。
(えいっ!)
手にしたグラス。中身を一気に飲み干す。
「お嬢さん……」
「なんでもございませんわ。わたくし、とても喉が渇いておりましたの」
ホホホ。
一気に飲み干すなんて、無作法だったかしら?
でも、そんなマナー聞いたことないし。これでダメなら、別の男を探すまでよ。
男は、寄ってきたコイツだけじゃないんだしね。
甘くて美味しかったし、もう少し味わって飲めばよかったかな~って残念な気持ちはあるけど。ま、欲しかったら会場に戻ってもう一杯貰えばいいんだし。
(って、あれ?)
カクン。
膝が揺れる。
立って――られない。
「お嬢さん!」
隣にいた男が、とっさに腕を伸ばし、倒れそうになったわたしの体を支えてくれる。
「ありがとう……ございます」
なんだろ。クワンクワンする。
目がかすむ。
頭がクラクラする。
息も熱くて。
今のわたし、なんか、変。
「緊張が解けて、疲れが出たのでしょう」
男が言う。
そうなのかな。
疲れのせいで、こうなってるのかな。
「少しどこかで休まれた方がよろしいかと」
そうだね。
こんなクラクラしたままじゃ、何もできないもんね。
「わたくし、帰らせていただきますわ」
辛かったら馬車の中で寝たらいいんだし。
「いえいえ。その体で馬車など。幸い私はこの屋敷の主と懇意にしております。わけを話して、部屋をお借りすることにいたしましょう」
わたしの「辛いから帰る」案は、アッサリと却下された。
まあ、休めるものなら早く休みたい。
クラクラが、グラグラに変化して。支えられていても、もう立ってられな――
「ノエル!」
目の前のガラス扉が、バッと開く。
同時にバルコニーまで洪水のように押し寄せるダンスの音楽。
(あ、れ?)
大股で近づいてくる人物。アイツだ。
(なに、焦ったような顔してるのよぉ)
そうかぁ。
同伴してきたわたしがこんなのだから、慌てて出てきたってわけね。
同伴者としての責任を思い出して。わたしが倒れてちゃあ、お父さまに申し訳が立たないから。
(いいわよぉ。わたしはこの方に休めるところまで連れて行ってもらうから)
アンタは、好きなだけお好きな令嬢と踊っていなさいよぉ。
「――ページ卿。義妹をありがとうございます」
ん~~? ページ卿?
ああ、この男、ページ卿って言うんだ。
わたし、名前も知らない人といっしょにいたんだ。
「彼女は、大変疲れているようですので、これで失礼いたします」
ほえっ!?
のあっ!
グイッとやや強引に、ページ卿の腕からわたしを抱きとった義兄。
ちょっ、辞めてよ。今、すごいグワングワンしてるんだから。そんな急に体動かされると……。
「ぎもぢわるい……」
吐く。
思いっきり吐く。
「ノエル?」
ダメ。
吐きたくない。でも気持ち悪い。
誰か……。たすけ、て……。




