5.ダンス攻防戦
(助かった……)
それが正直な感想。
コイツがいてくれて、本当に助かった。
わたしの隣、わたしの腕を自身の腕に載せて立つ、義兄。
――ノエル・ストルーエンでございます。
わたしたちの登場を、さも珍しい獣のように、一目見ようと集まってくる人たち。
その人たちに、わたしは最初こそ名乗ったりしたけれど、その後の会話はすべて、この義兄が請け負ってくれている。
喋るの、苦手ではないんだけど、根掘り葉掘り色々訊かれると、どう答えるのが正解なのかわからなくて戸惑う。
その点、コイツがいてくれて助かった。
――義妹は、体が弱く、長く療養に出ておりまして。
訳)誘拐されて、下町で暮らしてまして。
――丈夫になって、こちらに戻ってきたものの、父が溺愛して、手放さなかったのです。
訳)発見されて戻ってきたものの、教養とかなかったから、家に留め置かれました。
――これからは、仲良くしてやってくださると幸いです。
訳)これからは、わたしの夫候補を見つけさせていただきます。
そんな訳を心の中で呟いてみたり。
緊張してるけど、そんなこと考えるだけの余裕がある。
(まあ、便利っちゃあ便利ね、この男)
にこやかに、良き兄を続ける男。
まあ、病弱とか療養とか。かなり捏造された過去を話してるけど。
――こんなにお可愛らしい令嬢なら、ストルーエン伯爵が手放したがらないのも納得ですな。
そんなふうに褒められたら、「フフン」って気分になる。
――お可愛らしい。
――亡きお母上によく似ていらっしゃる。
お母さまに似てるかどうかは、自分で実感ないけど。お母さまを知ってる人がそういうのなら、わたしはお母さま似なんだろう。
悪い気はしない。
――それで、アナタをエスコート役につけたのですな。
ん?
――兄君がごいっしょなら、令嬢に悪い虫はつきませんからな。
いやいや、待て待て。
悪い虫は勘弁だけど、夫候補には来てほしいんだって。
――いやいや、伯爵の溺愛ぶりがよくわかるようですな。ハッハッハ。
そういう意味で、コイツを呼び寄せたの? お父さまっ!
結婚相手を探すために舞踏会に参加させたのに。やっぱりノエルに男を近づけさせたくない! ってお思いになったの?
「踊るよ。ノエル」
一通りの挨拶というか、お喋りが終わって。
義兄が、わたしの手を取り直して言った。
「え? ちょっ、ダンスっ!?」
攫われるように、広間の真ん中に躍り出て慌てる。
わたしが? アンタと? ダンスっ!?
「最初の一曲は、同伴者と踊る。それがマナーだ」
あ、そうなんだ。
「まさか、踊れない……わけじゃないよな」
ムギ。
「踊れます!」
失礼な奴だな。
舞踏会のマナー云々は知らなかったけど、ダンスはちゃんと学んでます!
「それなら、問題ないか」
ふへ?
(って、ちょっとアンタ、どこ触ってるのよ!)
ダンスなんだから、それも男女一組になって踊るダンスなんだからっ!
わかっているけど、腰っ! 腰に手を当てないでよ!
「ほら、僕の肩に手を置いて」
ふぎゃああっ!
動けずにいたわたしの左手を、自分の肩に置かせて。右手も、シッカリ持たれてしまった。
自然と体が密着する。
ドレスがあっても、夜会服があっても。
布越しであっても義兄の熱が、香りがわたしに伝わる。
ダンスの練習はいっぱいした。
ダンス講師と踊ることもあったし、お父さま相手に踊ったこともあった。けど。
「――いくよ」
短い言葉と同時に動き出した義兄。
奏でられる音楽に合わせて。
同じように踊る人達の間をすり抜けるように。滑るように。軽やかに。
――とっても華麗に。
回る体。
わずかに遅れて、広がりついてくるドレスのスカート。
右へ左へ。
それは大輪の花が咲くようでもあり、周囲から感嘆の声が上がる。
(コイツ、こんなに踊れるんだ)
ダンス教師も真っ青なぐらい、巧みな足さばき。
音楽にもピッタリで。コイツが踊るために音楽が奏でられてるんじゃないかってぐらい。
そして。
「顔、上げて」
俯いたら、短く指摘された。
「足なら、踏んでも構わないから」
いや、ステップが気になってとか、そういうので俯いたわけじゃないの!
身長の差から、義兄の喉元を見る形になったわたし。
踊るたび、動くたび。
かかる吐息というか。降りてくる眼差しというか。軽く上下する喉骨というか。
そういうのに目が行くのが嫌で、俯いただけですけど!
踊ってるからか、動いてるからか。胸がものすごくドキドキしてくるし!
(いいわよ。こうなったら!)
アンタの望み通り顔、上げてやるわよ!
ギッ!
ほら、視線、アンタに合わせてやるわよ! ――って。
フッ。
睨みつけてやったのに。
視線でケンカをふっかけてやったのに。
なぜか、笑みを浮かべた義兄。
柔らかく、優しく、温かくて。
動きすぎてドキドキしてる胸が、なぜかキューッと苦しくなった。
……この勝負、わたしの負けかも。
*
一曲目が終わると、わたしと義兄は拍手で迎えられた。
――素晴らしい。
――さすが、ストルーエン伯爵家のご子息、ご令嬢ですな。
――かつての伯爵たちのお姿を思い出しましたわ。
よかった。
とりあえず。
わたしのダンスは、お父さまたちの評判を落とすようなものではなかったらしい。ダンスを、家族以外に見せるのは初めてだから、その称賛はとてもうれしかった。
そして。
――次は、私と踊ってくださいませんか、レディ。
――いや、次はこの僕と。
わたしとのダンスを求める紳士たち。
若いのも年よりのもいるけど、とりあえず、そうやって申し込まれて悪い気はしない。
「いいよ、踊っておいで」
二曲目は自由らしく、わたしを紳士たちの輪に送り出した義兄。
優しい?
いや。
(あれは、自分が令嬢と踊りたいからよね)
わたし以上に、たくさんの取り巻きに囲まれた義兄。
一曲だけ踊って、義妹への責務は果たした。お父さまへの義理も果たした。
後は自由に。自分も好きに令嬢と踊るから。
だから、厄介な義妹を、「踊っておいで」と送り出した。
そういうことだ。
優しさとか、寛容とか。そういうものとは無縁な魂胆。
(ま、どうでもいいわよ)
わたしも好きにするから、そっちも好きにしたら?
それならそれで、当初の目標、「未来の旦那様探し」をさせてもらうだけですから!
適当に。よさそうな紳士を見つけて。
いざいざゆかん! 見定めワルツ!




