4.舞踏会には、同伴者が必要です
(いいじゃない)
アイツがいなくたって。
(むしろ、せいせいするってところじゃない?)
お父さまと親子水入らずで、今まで通り暮らせるんだし。
学校から戻ってきただけで。学校の代わりに、王宮にいるだけで。
この家にいないのは同じ。
わたしとお父さまの二人の暮らしは変わらない。
(それで……いいじゃないの)
何が不満なのよ。何を納得してないのよ。
家のことだって。
アイツは自分は家督を継がないって、宣言したわ。
お父さまは、ちょっと寂しそうだったけれど。
本人がそう言ってるんだし。本人がそれで納得しているのなら。
でも。
「あ~~っ! もうっ!」
なんだか、スッキリしない。
お父さまの室を出て。アイツと別れて、自分の室に戻っても。
なんだか、気分がスッキリしない。ずっとモヤモヤしてる。
何が気に入らない?
何が不満?
何に納得できてないの?
わたしを宥めようとしているのか、それとも気持ちを整理したいのか。
わたしがわたしに問いかける。
何をしたいの?
どうなったら納得するの?
(訊かれたってわかんないわよ!)
わかったら、こんな声を上げたりしない。
(落ち着け自分。落ち着け)
考えなくちゃいけないのはそっちじゃないわ。
(結婚よ、結婚!)
わたしも十八。
そろそろそういうことも考えなきゃいけない歳になった。
誘拐されて。下町で育って。
伯爵家の令嬢としての教育は、他の人と比べても、だいぶと出遅れた。
今でこそ、それなりに令嬢らしくなったけれど、社交界とかそういう場にはデビューしていない。
そんなわたしが、婚約? 結婚? 夫とともに家督を継ぐ?
お父さまが元通りに元気になられたとして。
家の事業はお父さまが行われるとしても。家督を継ぐ云々は置いといたとしても。
遅かれ早かれ、わたしは結婚しなくちゃいけない。結婚して、子を産まなくては。
お父さまは、大切なノエルだから、ずっとそばにいてほしいとか、独身でも構わないとか言い出しそうだけど。
(ま、やってみて、どうなるか。それはその時に決める!)
何事も挑戦!
* * * *
――って、覚悟を決めて臨んだ舞踏会。
なんだけど。
(なんでアンタがいるのよぉぉぉっ!)
サウラに用意してもらったドレスを着て。それらしく髪を結ってくれたサウラのセンスはちょっと古臭く感じたけれど、でも悪いってこともなくて。
鏡で見る限り、わたしに似合っていて、その上落ち着いて見えたので、それで良しとした。
(よっしゃ、がんばるぞ!)
初めての舞踏会なんだから。そこで夫を絶対何が何でも見つける! なんて気概はない。
とりあえず、舞踏会に参加して。いろんな男性を見て、自分の目を養って。
それから、夫候補を選んでいけばいい。
ついでに、そういうことを相談できる、同性の友達なんかできたらいいな。――ぐらいだった。
それなのに。
夕方。
舞踏会に出かけようとした、わたしの前に現れたのは、アイツ。
なんで?
なんでアイツがここに来たの?
そして、なんでアイツも夜会服なんか着こんじゃってるの?
「――君をエスコートするように、父上に命じられたんだ」
――へ? エスコート?
お父さまが頼んだ?
「お前まさか、舞踏会に一人で参加するつもりだったのか?」
あの。え~っと……。
戸惑うわたしに、深くため息を漏らした義兄。
「舞踏会というのは、それに参加する令嬢は、誰か身内の男性にエスコートされて出席するものだ」
そうなの?
驚きふり返ると、わたしに着いてきてくれていたサウラと、老執事が「ウン」と頷いた。
「舞踏会の会場では、僕じゃなくても、他の誰とでも踊って構わない。だが、一人で参加するなど礼儀知らずなこと、この家の恥だ」
カチン。
(悪かったわね、礼儀知らずで!)
わたし、ダンスは知ってるけど、そういう常識らしいことは疎いのよ!
でも、わざと知らなかったわけじゃないんだから、そんな言い方しなくてもいいじゃない!
本当は。
本当は、ここでクルリと向きを変えて、お父さまを誘いに行きたい。親族の誰かのエスコートが必要なら、お父さまにこそその役をやってほしい。こんな義兄じゃなくて、お父さまに。
でも。
お父さまは病身。
わたしが夫選びに舞踏会に参加するのも、お父さまがお倒れになったからなんだし。誘えるわけがない。
あのお父さまなら、誘ったら、それこそ這ってでもついてきてくれそうだけど。具合のよろしくないお父さまにそんな迷惑をかけられない。
お父さまも、そのつもりでコイツを呼び寄せたんだと思うし。
(いいわ。こうなったら)
グッと、飲み込みたくもない息を飲みこみ覚悟を決める。
「では、よろしくお願いいたしますわ、お義兄さま」
そっと、右手を義兄に差し出す。
エスコートするってのなら、この手、取りなさいよ。
お父さまをこれ以上心配させたくないから、「嫌」って言わないであげるわよ。
「ああ。では行こうか、ノエル」
しなやかな山羊革製の手袋。その上に、わたしの絹の長手袋をはめた手が重なる。
流れるように、洗練された動きで、わたしを馬車へと導く手。
その動きは、まるで騎士のようで、王子様のようで、貴公子のようで。
(なんか腹立つ!)
胸の内に起きたよくわからないモヤモヤを、そういうことにしておく。




