3.八年ぶりの邂逅
「――お帰りなさいませ。お義兄さま」
開かれた玄関の扉。
両脇に並ぶメイド、従者。
その最奥に当たる場所で、習ったお辞儀を披露する。
背を曲げず、スカートの中で、左足を右足の後ろに。そのまま膝を軽く曲げて身を沈める。
(どうだ。驚いたか)
そんな気持ちはおくびにも出さず、完璧令嬢のフリをする。
「――キレイになったね、ノエル」
絞り出すような、かすれたセシュレイの声。
驚いてる? 見惚れてる?
とりあえず。あの時みたいに、わたしを鼻で笑った、あの顔はない。
大人になったってことかしら。
「ありがとうございます、お義兄さま」
褒められて。
少し照れたように、頬を赤く染めてはにかんで見せて。
「お父様がお待ちですわ。こちらへ」
義妹らしく、慎ましやかな令嬢らしく、義兄を誘導する。
本当は、自身も出迎えたかっただろうお父さま。
病床にいて、立つのも辛いお父さまのために、娘のわたしが義兄をお連れする。
(完璧だわ)
よい令嬢らしくなってるじゃない、わたし。
コイツをお父さまに会わせたい――なんて、これっぽっちも考えてないけど。お父さまはわたしのお父さまよ!――なんて、言いたいところだけど。当のお父さまがセシュレイに会いたがってるのだから、わたしの気持ちは我慢、ガマン。
コイツから「キレイ」って称賛をもぎ取っただけで、ヨシとするわ。
コンコン。
軽い叩扉。
それから、セシュレイを伴っての入室。
「お父さま。参りましたわ」
「おお」
北の窓から日差しの差し込む寝室。
大きく据えられた寝台の上。背もたれ用のクッションをふんだんに使って身を起こしていたお父さま。
「大きく……、立派になったな、セシュレイ」
目を細めて。手招きで彼を呼び寄せる。
「おかげさまを持ちまして」
少し堅苦しい、ぎこちないけど、セシュレイがお父さまの抱擁を受ける。
「大きくなった……」
万感の想いが詰まったような、お父さまの声。
(うれしいんだろうな)
わたしがいない間。
お父さまは、コイツを我が子として育てておられた。
わたしに、ベタ甘、溺愛しすぎなぐらい、愛情深すぎお父さまだもの。一度我が子としたセシュレイを勉学のためとはいえ、手放すことは不本意だったんじゃないかな。
だから、自分の病という、本来なら悲しむべき事象であっても、息子が戻ってきてくれたことは、とてもうれしいんじゃないかな。
(コイツったら、滅多に帰ってこなかったからなぁ)
勉強が忙しい。
帰る余裕がない。
この八年間、ずっとそうだった。
学校が休暇に入っても、なんだかんだでここに帰ってくることはなかった。
お父さまと手紙のやり取りだけは続けていたけど、顔を見せるとかは一切なかった。
(もう少し帰ってきてあげなさいよ、放蕩息子!)
コイツが帰ってこないことで、「親子水入らず。ルン」って思ってた自分は、一旦置いといて。
お父さま、口に出して仰らなかったけど、寂しかったんだなってその抱擁を見て思う。
まあ、わたしはコイツが嫌いだけど、お父さまは好きなんだから? これからいっしょに暮らすことになるだろう。
お父さまの事業を継ぐことにもなるし。この屋敷で暮らすのが正解なんだろうな。――嫌だけど。
「父上」
抱擁を解いて、少し距離を置いたアイツが言う。
「僕は、この先、王宮に入ろうと思います」
「――え?」
その言葉に、思わず驚きの声が出た。
「家督は、すべてノエルと将来の夫に継がせてあげてください」
ニッコリと、こっちを見て笑うアイツ。
「いや、しかし、それは……」
驚きはお父さまも同じだったようで。こちらに身を乗り出してきている。
「以前から、王太子殿下にお誘いいただいてたんです。殿下のもとで書記官を務めないかと」
「書記官……」
離れていこうとする息子を掴もうと、わずかに手を伸ばしていたお父様が動きを止めた。
王太子殿下つきの書記官。
それは、伯爵家の子として、貴族の子として、とても名誉な職じゃないか。――ただし、それは継ぐ家督もない、次男以下の男子に限る。
長男は、家督を継いで、家を盛り立てるのが普通。外で働くのは次男以下のする仕事。
「この家は、本来ノエルのもの。僕は、外で働くことにいたします」
女子だから家督を継げない――ということはない。女子でも誰かと結婚すれば、夫とともにであれば、家督は継げる。
「ノエルも十八。結婚して家督を継ぐこともできるでしょう」
それはそう。
十八にもなれば、結婚できる。
普通なら、もう婚約者がいてもおかしくない年齢。
コイツが家を継がないというのなら、わたしの結婚相手を探して、わたしに家督を継がせたらいい。
それだけのこと。
でも。
「それでいいのですか?」
言葉が出なくなったお父さまの代わりに、わたしが問う。
それでいいの?
この家に養子に入って。学校でもずっと首席だったって聞いている。
それなのに。
伯爵位を継がなくて、本当に、いいの?
「うん。いいよ」
また笑顔を見せた。
それも、目を細める、とっても最上級の笑顔。
「父上からの手紙で聞いている。君が令嬢らしく、勉学に励んでいたって」
「それは……」
間違ってない――と思いたい。
頑張っていたし、努力していた。
けど。
「この伯爵家は、本来君が継ぐべきものだ。無知な君なら任せられなかったかもしれないけど、今は違う。今の君になら、安心して任せられると思うよ」
そう……なのかな。
自分で自分のことなのに、ものすごく不安になる。
「さっきのお辞儀も、今の姿も。目が覚めるほど美しいし、とっても立派だった。母上に似てるんだね。君なら、きっと君に相応しい、この家を盛り立てていける夫を迎えられると思うよ」
そうなのかな。そうなのかな?
わたしにそんなステキな旦那さま、現れるのかな?
「僕は、君の義兄として。陰ながら、この家と君のことを応援することにするよ」
なぜだろう。
その見せられる笑顔に。
その一歩引いたような姿勢に。
わけもわからず、涙が出そうになった。




